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第三話 城下町

 どうしてこうなった。誰か私に教えて下さい。

 何故、宮廷魔術師である私が城を離れ、旅へ出なくてはならないのでしょうか。それも魔王を倒す為の危険極まりない旅に。

 私はこんなことがしたくて、宮廷魔術師になった覚えはないんですけど。確か――より良い環境での魔術の研究と開発、そして、城内の書庫に収められている、読みきれないほど沢山の魔術書が目当てだった筈なのに。それなのにどうしてこんな。


「やべえ……城下町の景観がやべえ。異世界に来た感が半端ねえよ。マジ奮えてきやがった。やっぱ、異世界って言ったら、中世ヨーロッパ風の町並みだよなあ。これだよこれ、こういうので良いんだよ、こういうので。あとはケモノ耳な女の子とか、エルフな女の子とかに遭遇すれば完璧!」


 まったく。人の気も知らず、勇者さんは何故か元気いっぱいですね。これから危険な旅へ赴くとは思えないほど。

 と言うか、止めて下さい。道行く人達が何事かと私達を訝しんで見ています。中には微笑ましいものを見るような目で笑っている人もいます。お願いだから、こんな人の往来が激しい大通りで大声を張り上げるのは止めて下さい。


 やれやれ。私には勇者さんの考えがさっぱりと判りませんよ。普通は旅へ出るにあたっての不安とか恐怖とか、あるいはこの理不尽な状況に対する憤りとか、そういうのがあってしかるべしでしょうに。勇者さんはどうして、こうも能天気に構えていられるのか。


 いまはまだ、城下町にいるから安全ですけど、ここから一歩でも外へ出たら――そこは凶悪な魔物達が跋扈する危険地帯。常に死と隣り合わせの世界が広がっているのです。

 無論、天才美少女である私がいれば、勇者さんの身の安全は確保されるでしょう。どれだけ沢山の魔物に取り囲まれたとしても、私の華麗なる魔術で一網打尽にすれば良いのですから。でも、それは決して十全とは言えません。世の中には万が一の可能性がありますからね。


 大体にして、王様は勝手過ぎるんですよ。私の意思なんて完全に無視じゃないですか。そりゃあ――可愛い子には旅をさせろ――なんて言葉はありますけど、そして、私は可憐な美少女ですけど。だからと言って、こんな仕打ちはあんまりです。

 そう。旅を通じて人としての成長を促したいならば、誰よりもまず、あのいつも偉そうにしている大臣が旅に同行すべき。あの大臣ほど人格に問題がある人物もいないですからね。


「なあなあクリスティーナちゃん。いい加減、機嫌直そうぜ。大臣はともかく、王様はメッチャ謝ってたじゃん。すまん、言い過ぎたって」


「……わ、私は別に怒ってなど」


「いやいや! メッチャ怒ってるからね! 態度に出まくりだからね! まあ……クリスティーナちゃんが怒る気持ちは判らなくもないけどさ。俺だって――さっさと職安に行け、このクソニート!――とか、面と向かって悪口を言われたら、すげえムカつくし」


「……ニート? あの……に、ニート、というのは一体?」


「ああ……こっちの人にニートって言っても通じねえか。うむ。ならば求めに応じて説明しよう! 何者にも束縛されず、何事にも囚われず、自由をひたすらに愛して、自由をどこまでも謳歌せし者――それを俺の世界ではニートと呼ぶ!」


「じ、自由を謳歌ですか……い、良いですね、それ。わ、私もその……ニートになりたいかも」


「何、ニートになるのに資格はいらないさ。求めれば与えられん。だがしかし……ニートであり続けるのは茨の道だぞ。何せ、周りが全て敵だらけだからな。漆黒の闇に堕ちた社畜の軍勢、機関によって洗脳を受けた家族達、そして、時には同族さえもみずからを棚に上げて、俺から自由を奪おうと牙を剥いてくる。故にニートに味方はおらず、故に……俺達ニートは常に孤軍奮闘を強いられているんだ!」


「は、はあ……? な、なんだか、大変なんですね、ニートって」


「まあね。自由と孤独はいつも抱き合わせだって、偉い人も言ってたし」


 なるほど。これは実に意外なことですが、どうやら私と勇者さんは少し似ているのかも知れません。私は魔術を極めんとする天才美少女であるが故に、勇者さんは自由を求めんとするニートであるが故に――孤高にならざるを得ないところが。

 唯一の違いがあるとすれば、私には自由がないことですね。現にいまだって、やりたくもないことを強制されていますし。ああ。こんなことならば、宮廷魔術師になんてなるんじゃなかった。私もいまからニートに転職したいです。

 あれ。でも、そう考えるとおかしいですね。勇者さんは自由を愛する者として、いまの現状に不満はないんでしょうか。勝手にこちらの世界へ召喚されて、勝手に勇者に祭り上げられて、その挙げ句、危険な旅の果てに魔王を倒さなければいけないなんて。これほど不自由で理不尽な話はないと思うんですが。あと、本当にお願いだから、大声を出すのは止めて下さい。


「そんなことより、ほら、俺のこの格好を見てくれ。こいつをどう思う?」


「――えっ? あ、ああ……えっと……その……」


「ジャージ姿からの華麗なるメイクアップ! 異世界転移者と言えば、やはりジャージ姿であると、俺の中のガイアが囁いてるわけだが――でも、折角と異世界に来たからには、こっちの服装ってヤツを堪能しないとね。なあなあどうよ、これでちっとは俺も勇者っぽい感じがしねえ?」


「あ、えっと……そ、そうですね。と、とても似合ってるかと」


「ウィーッス。露骨なリップサービス、ありがとサンクス。しっかし、あの王様もなかなかの太っ腹だよなあ。この服もそうだけど、旅の資金とか装備とか、かなり奮発してくれたし。ほら見てくれよ、この立派な剣……俺が思うにこいつはかなりの業物と見たね。まったく。どこぞのローなんとかって言う、国の王様にも是非とも見習って欲しいもんだな。五十ゴールドと銅の剣では、あの難易度マックスな世界は救えませんよ! 最低限、はかぶさの剣ぐらいは寄越して貰わないと!」


 それ、鋼鉄を加工した極普通の剣なんですけどね。城の兵士ならば誰もが携帯している、ただのなんでもない支給品なんですけどね。でもなんだか、あんな誇らしげにしているところを見ていると、指摘するのも気が引けるので敢えて黙っておきますが。


 それにしてもやはり、勇者さんはちょっとおかしい。いえ。かなりおかしな人ですね。この状況に不満や憤りをあらわにしないどころか、むしろ、楽しんでいる――喜んでいる節がありますから。何故、そうまで楽観的に笑っていられるのか、不思議でなりません。勇者さんって結構、楽天家なのでしょうか。

 それともまさか――ことの重大性がいまいち判っていらっしゃらないとか。うん。勇者さんは異世界人ですからね、こちらの世界がどれほど危険で溢れ返っているのか、判っていない可能性は高そうです。


「あ、あの。ゆ、勇者さんはその……嫌じゃないんですか?」


「嫌って……何が?」


「こ、これから……その……危険な旅へ出ることについて。下手したら、し、死んじゃうかも」


「ああ、なるほどね。まあ、現実には主人公補正なんて便利なもんはねえし、女神様からチート能力を授かったわけでもねえし、そりゃあ、確かに旅の途中であっさり死ぬ可能性は大かもなあ。うわ。そう考えると嫌だなあ、あっさり死にたくないなあ――まだハーレムも築いてないってのに」


「だ、だったらその……無理せず、元の世界へ帰った方が。お、王様には、私の方からお話をして――」


「はいストーップ! そこまでよ! 確かに死ぬのは嫌だけどさ、でも、そいつだけはもっと嫌だね。だって、元の世界に帰っても、俺の居場所なんてねえし。てか何、クリスティーナちゃんってば、俺に元の世界へ帰って欲しい系女子なの? 何それ、お兄さんは凄く悲しいです……」


「あっいや! そ、そういうわけでは……」


 はい。出来れば、帰って欲しいのです。そうすれば、私は危険な旅の同行者という役目から晴れて解放され、お城でまた、大好きな魔術の研究と開発に没頭出来るのですから。

 と言うか、勇者さんにしたって同じだと思うんですけどね。元の世界へ帰れば、またニートとなって自由な暮らしに戻れるわけですし。お互いにとって、これほどなんの過不足もない、平和的解決はない気がするんですが。そもそも――元の世界へ帰っても居場所がない――とは、どういうことなんでしょう。


 そう言えば、確か勇者さんは言っていましたね。ニートとは自由である代わりに孤独であると。周りは全て敵だらけであると。故に味方はいないと。

 もしかして――勇者さんの世界では、ニートって迫害の対象だったり。それで勇者さんは内心、自由の身ではあったものの、そんな孤独で寂しい人生にどこか、居た堪れなさや嫌気を感じていたとか。ああ。だからこそ、こちらの世界へ来たことで心機一転、誰からも敬われる勇者となって、そして――この世界で真に心安らげる、自分の居場所を見つけようと。


「ど、どしたの急に。なんでそんな、複雑そうな顔してんの?」


「――へっ? あ、ああいえ……な、なな、なんでもないです!」


「なんでもないって……いま、メッチャ動揺してた気がするんだけど」


「き、気のせいです。お、お構いなく……」


「ふうん……まあ良いけどさ。てか、これからどうするよ? 俺としてはまず、この町で旅の必需品を買い揃えたいところだけど。差し当たっては、この世界の地図とかね」


「は、はい。そ、そこは……ゆ、勇者さんの判断にお任せします」


「はいよ、任されました! ああ、でもあれだなあ、その前に腹拵えがしたいような、そんな気がしないでもないなあ。なんかもう、超お腹減ったし! てなわけでとりま、どっかで飯でも食わん?」


「え、ええ。べ、別に構いませんよ、それでも……」


「オッケー! そんじゃまあ、飛びっきり美味い飯でも食いながら、ついでにゆっくりと、今後の旅の方針でも話し合おうぜ。ああ、それと――お互いの自己紹介もね」


「――自己紹介?」


「そう、自己紹介。よく考えたら、ちゃんとしてなかったやん? てか、クリスティーナちゃんさあ、さっきから俺のこと、勇者さん勇者さん言うてるけども、俺には歴とした名前がちゃんとあるんだかんね。そこんとこ、よろしくメカドッグ!」

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