第二話 同行者
自分がしたことの重大性にあとから気付くって経験はありませんか。
どうやら、私が召喚の儀式に成功した、あの日――異世界から勇者が降臨した――ということで国中が大騒ぎになっていたそうです。城内では勇者降臨を祝した盛大な宴が催され、城下町の方でも飲めや歌えやのお祭り騒ぎだったそうで。結局、その国をあげての大騒動は夜が明けるまで続いていたのだとか。
勿論、超一流の宮廷魔術師である私も城内の宴に招待を受けていました。そもそも、勇者召喚の儀式を行った当人なのですから、勇者降臨を祝した宴に私が参加するのは至極当然の流れでありましょう。でも、その日の私は生憎と疲れ果てて寝ていた為、宴会への参加は叶いませんでした。
いやはや。これには抜群の美少女である私を目当てにしていた、宴会の参加者達もさぞかし残念であったに違いありません。いやーホント。疲れ果てて寝てさえいなければ、すこぶる面倒だとは思いながらも、私も宴会へ参加するのは吝かではなかったのですが――まあ、疲れ果てて寝ていたのですから仕方ないですよね。
と、そんなこんなで召喚の儀式を行ってから、二日が経過した今日――何やら私は王様から突然の呼び出しを食らい、現在、謁見の間へと急いでいる次第で御座います。呼び出しを食らった理由は判りません。とにかく――大至急、謁見の間へ来るように――と、王様専属の侍女から言付かったのみです。
まったく。勇者召喚の依頼に続いて、今度は一体、私になんの用事があるというのか。私は魔術の研究と開発で忙しいというのに。
謁見の間というのは文字通り、王様と謁見する為に利用される縦に長広い部屋のことでして。常ならば、左右の壁際には近衛兵達がずらりと並び、正面の玉座には王様が鎮座して、王様の右隣には大臣が控えている――というのがお決まりの顔ぶれとなっています。でも、どうやら今回に限っては例外が発生したようで。
王様の眼前――赤い絨毯の上で恭しく跪いている、異世界人の姿がありました。遠目なのでハッキリとは視認出来ませんが、姿格好から察するにあの異世界人の彼で間違いありません。いやはや。彼とはもう二度と会うこともないだろう、と思っていたのですが、これはまた意外な再会でしたね。
いやいや。意外な再会に驚いている場合ではありません。これは一体、どういう状況なのでしょうか。どうして彼がここにいるのか、その理由がまったくと見当がつきません。もしかして、私が王様から呼び出しを食らったのと何か関係が。
まさか――勝手にこちらの世界へ召喚されたことに、激しい憤りを覚えた彼が、いま正に王様へ怒りの抗議をしている真最中とか。それで――俺をこんなところに呼び出した張本人を呼べ!――なんて、そんな話になっているとか。えっ。何それ、凄く怖いんですけど。
「ふむ、ようやく来たか。勇者殿、あそこにいる彼女こそが、我が国で随一の魔術の使い手にして、この度、勇者殿をサポートする旅の同行者となる者だ――名をクリスティーナと言う」
「ああ、誰かと思えば、あの時のちょっと変な子じゃん。てか、クリスティーナって。なんだろう、物凄く助手っぽい響きの名前。なあなあ王様、あの子って、そんな凄い子だったん? なんか見た感じ、そんな凄そうには思えないんだけど」
「うむ。クリスティーナはああ見えてな、若くして宮廷魔術師を務めるほど、魔術の才能にかけては右に出る者がいない逸材なのだ。故に国王である私が保証しよう――必ずや、彼女は勇者殿の手助けになる筈だ。そして、勇者殿にはどうか……彼女と力を合わせて、この世界を魔族の手から救って貰いたい」
「はいはい。魔族の親玉さんを倒せば、ゲームクリアなんだっけ。判ってますって。俺にお任せあれ。てか、異世界転移で勇者とか――おまけに美少女な同行者付きとか――マジで夢に見たシチュエーションだし! やべえ……俺の人生、遂に始まったな」
なんでしょう。私の意思を完全に無視して、勝手に話が進んでいるのですが。と言うか、私が魔術の才能に恵まれた、若き天才美少女である――という点に関してはまだしも、それ以外の話が意味不明過ぎて、いまいち理解に及ぶことが出来ません。何やら、旅の同行者がどうとか、力を合わせて世界を救うだとか、そんな謎のフレーズが出てきていましたが。はて。王様は一体、何を言っているのでしょうね。私にはなんのことだかさっぱり判りません。判りたくもありません。
嗚呼――私、なんだかもう、自分の部屋に帰りたいんですけど。
「これ、クリスティーナ殿。国王陛下の御前であるぞ。いつまで、そのようなところで突っ立っておられるか。早くこちらに来て、勇者殿に自己紹介をせぬか、まったく!」
「――は、はひっ! す、すす、すみません!」
大臣に叱られてしまいました。あの大臣は何かと言うと、直ぐに怒鳴るので嫌いです。もう少し、優しい言い方をしてくれれば良いのに。まったく。あんな感じだから、いつまで経っても独身なんですよ。同僚の魔術師も――大臣だけは死んでも絶対にあり得ないって、陰口を叩いていましたし。
それにしても。先程から私に突き刺さる視線が痛いです。王様を筆頭にして、大臣や近衛兵達、更には異世界人の彼が――みんなが私を見ています。この国で随一の美少女である私を。これは大変、困ったことになりました。こうも注目を集めてしまっては、私の目のやり場がどこにもありません。
もしも、この中の誰かと迂闊に目が合ってしまった日には――いま目が合った、きっと、あの子は俺のことが好きに違いない――などと酷い勘違いをされた挙げ句、執拗に付け狙われる恐れがありますからね。やれやれ。こんなことまで考慮して、周囲に気を配らなければいけないのが美少女の辛いところです。
「おい見ろよ、あれ。すんげえキョロキョロしてやがるぞ。完全にもう挙動不審者じゃねえか」
「ホント、あれさえなければ、普通に良い子な筈なんだがね。足取りもなんか、フラフラしてるし」
「ああ、ありゃあ――完璧にアガリまくってんな。うん。まあ、いつものことなんだけど」
「おいお前等、国王様の御前だぞ、私語は慎めよ。あとで大臣から叱られても、俺は知らんからな」
「そうは言ってもよお、あんな面白いものを前にして、黙ってろってのは酷な話じゃね? ツッコミどころが満載なんだよ?」
「まったくだ。おーい、ちゃんと前見て歩けよお。そんなキョロキョロしてたら、その内、スッ転ぶぞお……って、言った側から転びやがったよ、あの子」
おでこが。おでこが痛いです。顔面を思いっきり床にぶつけてしまいました。天才美少女である私としたことがなんたる失態。男性からのいやらしい視線を避けるあまり、ローブの丈を特注で長くし過ぎたのが良くなかったみたいです。
ああ、どうしましょう。とんだ失態を演じてしまった為か、先程よりも更に強く、みんなの視線が私に集中してしまいました。しかも近衛兵達に至っては最悪。何やらこちらを見て、ニヤニヤと薄気味悪い笑みを浮かべています。
これは恐らくですが――彼等はきっと、涙目で床にへたり込む美少女の姿を前にして、何かしらの倒錯的で邪な妄想を働かせているに違いありません。あの獲物をいたぶる野獣のような目がそれを裏付けています。やはり、男はみんなケダモノ。隙あらば、私を慰み者にすることしか考えていないのですね。
「おいあんた、クリスティーナだっけ。大丈夫かよ。なんかもう、漫画みたいなすげえ転び方してたけど」
「――えっ? あ、ああ……だ、だだだ、大丈夫です。お、お構いなく……」
「ほら、手を貸してやるから掴まれって。まったく。ドジっ娘属性とか、完全に俺得過ぎんだろ」
「あっ。やっ。その……本当に……本当に大丈夫ですから! お、お構いなく……」
異世界人の彼――もとい、勇者さんがこちらに手を差し伸べていますが、生憎と天才美少女である私に人の手助けは不要。ひとりで起き上がれます。しかし、その気持ちだけはありがたく頂戴しておきましょう。それが例え、美少女である私の手を握りたい、という邪な動機によるものだとしても。まったく。大臣や近衛兵達も勇者さんのこういうところを少しは見習えば良いのに。
「なあなあ王様……もしかして俺、なんか知らんけど、この子からすんげえ嫌われてる? 手を貸そうと思ったら、滅茶苦茶、全力で拒否られたんですけど。俺のガラスチックハートがチュクチュクしちゃうんですけど……」
「いや、その。気にすることはない。なんと言うか……クリスティーナはその、人付き合いが不得手な性質でな。誰に対してもそうなのだ。おまけに極度のアガリ症ときてる」
「はあ、要するに重度のコミュ障ってこと? 常時、ATフィールド展開中ってこと? おいおい待てよ。そんな子を旅の同行者にして大丈夫なん?」
「魔術の才能に関しては! 魔術の才能に関してだけはピカイチなのだ! ただ、その難儀な性格が玉に瑕というだけで」
「玉に瑕どころじゃないよ! 旅の同行者としては致命傷だよ!」
酷い。王様も勇者さんも酷いです。まるで私を駄目人間みたいに。これには流石に温厚で平和主義者な私も、ちょっぴりだけ怒りを禁じ得ませんよ。
私は人付き合いが苦手なのではなく、極力、他人と関わり合いにならないよう努めているだけです。何せ、私は絶世の美少女なものですから。私がその気になれば、王様を筆頭にして、この国の人間を次々と魅了しては手玉に取り、最終的には国を傾ける事態を引き起こすことだって可能なのですよ。でも、平和主義者な私はそれをせず、傾国の美少女とならぬよう、敢えて人目を憚ってひっそりと生きているのです。そこのところ、お間違いなきように。
「ほら見ろよ、王様。クリスティーナちゃんも、急に旅の同行者とか言われて、メッチャ困った顔でオロオロしてんじゃん」
「いや、しかしだな、勇者殿よ……」
「ふむ……陛下の御前で差し出がましい真似をするのは、いささか心苦しいのだが――勇者殿よ。この度、クリスティーナ殿が勇者殿に随伴しますのは、それが彼女にとって、より良くなる為の試練になるだろうと、陛下はそう踏んでいらっしゃるからなのだ」
「――試練?」
「左様。国王陛下いわく――勇者殿の旅に随伴し、厳しい外の世界で揉まれてくることによって、人として成長してくれるだろうと。とどのつまりは――このナメクジが腐ったような性格が少しは改善されるやもしれんとのことなのだ」
――な、ナメクジが腐ったような性格って。
「おいこら大臣。私の発言を捏造するでない。私はそのように辛辣な言葉を使った覚えはないぞ。確かにその……雨季時の天気のようにスッキリしない性格とは言ったが」
「言わんとするところは同じでありましょう。どちらもジメジメしておりますからな」
「ニュアンスの問題だ。流石にナメクジが腐ったは言い過ぎだろうて」
「失礼ながら進言させて頂きます。国王陛下、真実に過言もへったくれもありませぬ」
「私はオブラートに包めと言っているのだ、大臣!」
「はいはい、ちょっとタンマ! 王様も大臣もそれぐらいにしとけって! 泣いちゃうから! クリスティーナちゃん、マジで泣きそうだから! もうやめて! とっくにクリスティーナちゃんのライフはゼロよ!」
私は泣いてなんかいません。ええ。泣いてなんかいませんとも。
ただちょっと、王様や大臣がわけの判らないことを言うものだから、それが滑稽過ぎて笑いを堪えるあまり、目尻に涙が溜まってしまっているだけです。まったく。王様も大臣も本当に滑稽過ぎて、暫くは顔も見たくありませんね。