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妄想から解き放たれる詩 イン  作者: きるけ
未来
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僕はせめて標ぐらいはみつけたいと思っている…

私は一度科学者になろうと思っていたんだけど

途中で哲学者にあこがれるようになった


そんなことをしているうちにいつのまにか

意味のわからない迷宮に陥ってしまったようだった


科学ということが何なのかある程度知ったら

その限界を感じて


哲学の世界に思索の世界に入ったのだがそこにも

実は限界を感じた


思索とは何なのか

人が考えることとは何なのか


そしてそれはなぜ必要なのか

そして人はよく考えると


考えることをほとんどしていない

自分もそこに気づくのにすごい時間がかかった。


それでは人は何をしているのか

人は迷っているのだろうか


人はどこにいこうとしようと思っても

その道さえ見えなくて苦しんでいるのは確かだった

自分も含めて


いや違う知らない間に道を見ようとすることを

あきらめざる終えない現実の重さに

つぶされているのが現実だろう


それではいけないと思いながら

人はその重さに耐えきれずにいるのだ


世界の中のどれだけの人が本当の意味で

その道を背負いきれているのだろうか

いや見えているのだろうか


覚者でもなければ無理かもしれないし

覚者でさえもその道半ばなのが現状ではないだろうか


だったら道は存在しないのか

いやそんなことはない


それだけは人は忘れようにも忘れられないものとして

心の奥底にしまっているのだ。


だったらどうすればいいのか

旅立てはそれでいいのかもしれないが

一体どこにいけばいいのかのその道を

知らずにいる


だから道を知るための努力が必要なのだ


安易なところにそれがないのも先駆者の

教えるところ


その道は険しく大変なのはわかる

だから皆で力を合わせて道を探すことを

しようと思うそういう社会をつくるのは

重要だと思われる


そういう場所をつくろうとしない何かは

本当に害毒でしかない


猜疑心を生み出したり

利己心を満足させたり


そういうものでは何もなせない


もちろん人は完全でないから

そういう過ちはあるかもしれない

それはお互いに許していけばいい

そうなれれば本当にいいのだろう


そしてそういう標をみつけることは

いつの日か自分一人だけでなくて


この世界や社会全体でみつけることも

可能だとは思う


そういうことができるために

僕は何か毎日しているのかもしれない

とても小さなことの積み重ねであっても




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