マスコミは檻に入れたがっている それは人間が脳で考えることという神話を信じさせようとしている
マスコミはひどい情報の垂れ流しや
思想操作のようなことばかりしているが
彼らの上げ足とりをしても何も解決しない
実はそれをすることでマスコミは我々を
どんどん檻に閉じ込めるように
認識をせまく小さくさえしてしまうのだ
人間の認識は人間自身ですら推し量れないぐらい
大きなものだろうと思える
ーーーーーー JD ダカラズの迷言
例えば人は脳の10%も使っていないという話は良く聞きます
能力開発セミナーなどで脳を開発すればいい残りの90%を
という話からもしかしたら来ているのかもしれません
なぜならそれは簡単にはうのみできない都市伝説的なもので
科学的根拠は提示できないようです
調べてみるともともとはアインシュタインの言葉で
人間は潜在能力の10%も引き出せていないという内容だったり
心理学の著名が学者ウィリアム・ジェームズがいった言葉から
きている部分といわれています
1890年代に彼は
「ほとんどの人は、精神的な潜在力に出会うことをしていない」
原文 most of us do not meet our mental potential
といいまた別のところでは
「人々は自らの知的潜在能力のごく一部しか経験していない」
といったとか
確かに精神的なものを活かしきれていないのは事実あるのですが
それは残り10%なのか20%なのか
はてはもしかしたら現在使えているのは1%なのかそれは何しろ
科学的にも計算できるわけでは全然ないようです
それでは完全に人間が潜在能力を活かしきているかと
考えるとそれは誰もがそうだとはいわないでしょう
アインシュタインも人間といったので自分も含めて
いっているのでしょうし
それに著名が科学者のニュートンも当時としては画期的な
何かをみつけたのだけど真理の大海は広いと言葉を残しています
私は、海辺で遊んでいる少年のようである。
ときおり、普通のものよりもなめらかな
小石やかわいい貝殻を見つけて夢中になっている。
その一方で真理の大海は、すべてが未発見のまま、
私の目の前に広がっているにも関わらず。
I was like a boy playing on the sea-shore, and diverting myself now and then finding a smoother pebble or a prettier shell than ordinary, whilst the great ocean of truth lay all undiscovered before me.
結局潜在力はあるはずだし、しかし脳も怠けているわけではないという
何か矛盾した内容しか見えてこなくなります
そのどちらも信用できないというか十分な根拠がない状態
これを俗に混沌状態といいます。
それではこの混沌を解く方法はどうにかしたいいのかというと
答えは簡単。どちらも正しいとするその正解になる認識を
人々がみつければいいのです
私ごときが何か見つけらるかわからないのでその詳細は
著名な天才的にでもお願いして何かヒントでも考えてみましょう
まず脳の機能について人間の脳の研究はかなり長いことされてきた
のですがその中で進化論がいうように、突然変異をして何か
変わったということは聞きません
もちろん微妙すぎる変化を人が感じられないのかもしれません。
とりあえずそれは期待しないでおくにして
脳は現在ある限りの能力を活用して毎日人の人たる存在のために
活動しているのは確かでしょう
その意味では脳は100%活動はしている。しかし潜在力は
持っているのも事実。人は可能性の10%も使えていないと
アインシュタインもニュートンも心理学の著名な学者ジェームスも
いっていますから
それに実はエジソンも似たようなことをいっていたりします
99%の努力と1%のひらめきがその言葉です
あれそれがなんで関係するのかと思われているならよく考えてみましょう
99%の努力は脳が精いっぱいに活動していることと類似していること
そして潜在力が1%のひらめきです
余談ですが彼はこの言葉は1%のひらめきをつかめなかったら残りの99%の
努力は無に帰してしまうということをいったとのことです
ちょっと普通にとらえられていることより今回述べている人の潜在能力に
タッチすることを逃していけないという内容と同じに彼のいうことは
なってくることでしょう
100%活動しているのにさらに可能性はあるそれは何を意味するのか
科学的な根拠までは提示できませんが
コンピューターとソフトの関係を見ればそこにヒントがあるように思えます
つまり脳の部分がコンピュータのハードとみるということです
今まで問題だったのは脳にすべての機能をつけすぎた前提でみていたこと
かもしれません。これは唯物論の影響だとも言えますが、
つまりマルクス主義は脳の産物(機能)である
精神(意識)に外界が反映することが認識であると主張
したとされていますので
脳から精神が作られたと考えてしまった前提が不十分であったと考えれば
この潜在能力説も解決の道がでてくると思われます
そもそもジェームスは人間は精神的な潜在的なものに出会えていないわけで
脳が機能していないとはいっていません。脳=精神としてとらえると確かに
脳のどこかにあると思えますが
脳と精神が別のものでどこかに精神という別のものが存在していると
仮定するなら別に問題はなくなるわけです
それでPCとソフトの関係を考えればMSDOSのときよりWINDOWになっただけでも
PCの潜在能力を高めたといえます。さらに今のOSやつけくわえるならアプリも
どれもこれも100%のものでなくどんどん改良もされていきます
人間は精神的なソフトに出会えていないというのが正しい認識で
脳の機能のどこにそれをさがしてみてもわからないのだろうと思います
もう100年は超える時間それを思ってやっていたけど答えも見つかりません
PCとソフトという現象があるところをみて
脳と精神は別の器官と考えると理屈があうように思えます
別に音も目には見えませんから精神という目に見えない器官があっても
おかしくないでしょうしね。
まあそこにたどり着いても精神の姿さえみえない現実を思うと
まだまだこれは出発でしかないのだろうと思いますけどね
その昔人々は土地やお金のために戦いをしていたがそれは今では
ソフトの改良がされてアップデートされそれらの行為は野蛮とされています
精神の姿はわからないでもソフトの改良を行うことが重要だと
思うことによって、より良く脳がいかされてそして人間の社会もよくなっていく
のだろうと思えます
ポテンシャルの意味
the possibility that something will develop in a particular way
ある種の使い道へと発展する可能性
可能性を見つけ出すものが本来人間のすべきことだと思うのに
最初の格言に戻りますが
マスコミは逆に可能性を狭めることをしてしまっているように思えます
認識とはこのソフトの言語みたいなもの
人の認識が変わればソフトは変わります




