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オウムの教祖が死んだ 一つの時代が終わったか
オウムの教祖が死んだ
20世紀の最後に起こった地下鉄サリン事件を
今はもう知る人も少なく
中には誰それっていう反応もある
それはそうだ30歳ぐらいまでの人は
もう彼がだれなのかまるでわからないだろう
時の流れというのはすごい力があるもの
被害にあって、また迷惑をもうむった人にとっては
何か区切りとなれればと願う
その一方最近はあまり聞かなくなったが
だから宗教はとか
狂信者はとか
宗教だけでなくて
他のことでも熱心な人に対する
一部の極端な人の行動ゆえ
なにかのレッテルをはるのはどうかとは思う
どんな社会に属していても
それでどうのというより
属している人の心の持ちようが問われるべき
これからは謙虚に現実をみていかないといけない時代
そして現実は本当は何なのかというのも考えないといけない時代になる
単に毎日の日常が現実ではなく
現実は一人ひとりが主観的な概念によって構築した
本当のところ何か根拠があるものでなくなって
現実同士の対立も多い
それはすべて現実が事実と思ってしまうところからきているのだと思う
だから本当の意味での現実というもの
それが持ってしまう特徴をみていかないとならないのだろう
それがこれから要求されることで
私がいっている妄想から解放されることでもあると考えられる




