幸せにも二通りある
幸せといってもどこか不透明な概念ではある
そもそも幸せなど人の数ほどあるとか
そういう風に言う人もいるだろうしね
ただそれは幸せの感じる対象がなんであるのか
という絵でいったら題材みたいなもの
絵でいうと共通して言える絵には紙が
必要とか筆が必要とかそういう部分では
幸せの数は限られてくるのだと思う
私が考えたいのが幸せの観点が
大きく二つになるってこと
現実的な何かのための幸せと
そうでない心の奥底の魂の幸せ
最初のものは肉の幸せといってもいいかも
まあ聖書だけど肉の思いと霊の思いというのが
あるのでそのたとえを使うとだけど
ちなみに聖書には
肉の思いは死であるっていう
記述もあって
すると肉の幸せは論理的に
死になってしまう
うーん
聖書って倫理基準が高すぎるね
それはさておいて
幸せには二通りある
最近自分は知った
それは大きな幸せと小さな幸せという
よく聞く問題でもなく
幸せをどこかに探していたけど
結局足元にあったというものでもない
自分は人間は二つの世界に生きていると
思っている
その違う世界での幸せ
まあ理想と現実の世界の幸せといってもいい
人が本来求めるのは魂の幸せもしくは
霊の幸せということになるんだろうね
だとすると現実的なことを求めすぎるのは
確かに死につながるかもしれないが
それも大事っていう部分もあるだろう
極端になると他を忘れてしまうということは
あるそれがいけないということなんだろうね
思想の世界でも同じかもしれない
といって八方美人になっても意味ないしね
なんか難しいな




