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マリ

マリは魔女である。名前はマリア・フォルスター。ミドルネームは存在しない。


れっきとした、どこにでもいる魔女だ。3件となりの魔女、オキタさんとは3日に1度口げんかをする程度には仲がいい。

マリは昔、大魔女を目指して修行していたことがある有能な魔女であった。しかし、師匠のペットであるドラゴンを魔法で猫に変えて破門にされた。師匠の怒りはそれだけに留まらず、魔物が蠢く僻地に送られた悲しい過去を持つ。大量の餌を毎回買いに行かされる苦労を考えれば仕方がなかったと反省する気になれず、未だに破門は解かれない。周囲の魔物が強すぎるため、護衛なしでは街から出ることすら出来ない窮屈な生活を強いられることとなったのだ。涙なしには語れない話だ。泣かれない場合は、意地でも泣かす所存である。


先見と霊視に優れていたマリは生活費を稼ぐため、街で占い師をすることにした。それが思いのほか稼げて、おはようからおやすみまで笑いの止まらない毎日を過ごしている。

 マリの元に一通の手紙が届いた。

 義理の息子であるランドが旧友を連れ、明日占いの館へ来るらしい。。


 要件は会ってから話すという簡素な手紙のみ。育ての親に対する手紙とは思えないと、憤慨しながら手紙を飼っているヤギにくれてやる。

 急いで街で美味しい茶葉とお茶請けを買い、夜通しで部屋を掃除し、翌日の朝は化粧と髪をばっちり整え、そわそわしながらドアの周りをうろうろした。


 午前中、誰かがドアを叩いた。


 30秒間を置いて、いかにも今気づきましたよ感を出しながらゆっくりと扉を開く。



「久しぶりだな」


 爽やかな笑顔を浮かべた、義理の息子が立っていた。自然に緩む口角をなんとか耐えて、皮肉混じりに笑いかけた。


「あら、ランド。相変わらずうるさい筋肉ね…もうちょっと隠してきなさい」

「筋肉は話さないって何度も言ってるだろ姉貴」

「適切な表現が他にないのよ。で、隣がランドの旧友の方?」


 相変わらずけたたましい筋肉を携えて、ランドが物珍しそうに住居兼占いの館の内部の様子を見ている。

 5歳の頃から面倒を見ているが、年を重ねるごとにごつくなるのは物悲しい。何故会うたびに首が無くなっていくのだ。あんなに爽やかな顔をしているのに。力こそ全て、そんな教育方針が間違っていたのかもしれないと今頃になって考えてしまう。



 ランドを迎え入れるともう1人、細身の男も一緒に入ってきた。

 俯く男の頭からは霊体きのこがにょっきりと生えている。人が絶望の縁にいると生えてくる、謎の胞子体だ。一定以上の魔力が無いとみることが出来ないきのこ。ちなみに食べても美味しくないらしい。


 ぎりぎり人。そう占い師であるマリは判断した。


「旧友であり、国を救った勇者だ。予言したことがあるだろう、忘れたのか?」

「こんなにやつれてたっけ?笑えるわね」

「笑ってる場合じゃないんだ。なぁ姉貴、あんた霊体が見えるんだよな?」

「見えるけど、それが」

「じゃあ頼む!エミーの事見てくれないか?」

「は? なんで?」

 

 2人を座らせ、お茶を入れようとポットを持っていたマリは怪訝な表所をして振り返った。


「えっ」

「うん?」


お互いが首を傾げた。


「姉貴!あんなにエミーのこと可愛がってたじゃないか!忘れたのか!?」

「エミーちゃんって村の子でしょ?やたら元気がいい。もちろん可愛がってたわよ。だから、それがなんなの?」

「姉貴がそう言ったんだろ!」

「なにを?全然理解出来ない」

「あんたが…エミーがおとりになって死ぬって予言したんだろ!!」


大声を張り上げた勇者は、キノコを更に生やしながらマリを睨みつけた。

マリは夕飯はキノコのパスタにしようと思った。チーズをたっぷり入れて、胡椒で味を整えれば美味しい筈だ。折角だからきのこは記念に一本もぎっておこう。

 2人に気づかれないように取ったキノコは脇に置き、お湯に茶葉を入れ、湯呑に移す。


「そんなこと、一言も言ってない」

「は?」


クリスが顔を上げると、向かいでお茶をずずーと啜っているマリがいた。クリスとランドの分は無い。念を押すようにマリはもう一度言った。


「言ってないわ」


 クリスは口を噤んだ。そうだ、確かに占い師はこうしろああしろなどとは一言も言っていない。エミーの手紙にも、そうは書かれていなかった。


「言ってないとしても、そうとしかエミーには読み取れなかった。あんたには先見の力があるんだろう?だとしたら、それは死ぬと言ったも同然だろう!!」



 今にもマリの胸倉を掴みそうなクリス。ランドが咄嗟にクリスを制すように横に手を伸ばした。

マリはいやいや、とせんべいを持っていない手で風を仰ぐ。


「4歳で熊を素手で倒すような子が魔物なんかにやられる訳ないでしょう?どう考えても、あの子は死んでないわ。君は頭が切れるって聞いてたけど、馬鹿なのねぇ」


クリスは唾を呑み込んだ。

しっとりと、それでいて確かに、怒りの琴線に触れる占い師の言い回し。


「でも、予言で1人死ぬって言ったんだろう?」

「93歳のトイラーさんが老衰で死んだじゃない」

「は?戦争と関係ないだろうが!!」

「戦争中に1人亡くなるって言っただけよ。ランド、いつからあなた理屈っぽくなったの?」

「それは姉貴の方だろ!大体姉貴はいつもそうだ!」


 暖簾に腕押し、ランドがいくらくいついてもマリはしれっと流している。

 この光景を、似たことをクリスは体験したことがある。


『あなたのお母さん、家で差別されてるよ。このままだと心を壊して自殺するから、北の村に逃げなさい。そう、あなたのお父さんに伝えて。小さな頭でも、それくらいは出来るでしょう?』


脳裏に遠い記憶がよぎる、見下すような視線、小馬鹿にした口調、父への伝言――

はっ、と目を見開いたクリス。わなわなと震える指先を、マリに向けた。


「あの時のインチキ占い師かお前!」

「笑える」

「だから笑ってる場合じゃないって言ってるだろ姉貴!」



 マリの視界から、キノコが消えた。


***


館の一室、従業員の休憩所。


***


 冒険者ランドは、非常におろおろとしていた。

 対面でにやにやと笑う、育ての親である占い師マリ。自分の隣で険しい顔をした勇者クリス。

 放っておいては、会話が成立しないと判断し、ランドが今までの流れを説明しても、空気は一向によくならなかった。



「ふーん、そんなことになっていたのね」


 芋けんぴのぼりぼりと齧るマリ。ようやく事態が理解出来たと頷いた。

 勇者の責めるような視線は、全く気にならない。占い師などやっていればこういった不審の目には慣れっこだ。


「姉貴が中途半端な予言をするからこんなことになったんだぞ。頼むから反省してくれ」

「無茶言わないで。予言を解読するのは大変なのよ?自分のことは占えないし、水晶玉が無いと見ることが出来ないし。そんな状態で細かい所まで責任は持てないわ。大体、私は死ぬことが分かってる人の占いはまず断るわよ、後味悪いじゃない」

「そんなことは聞いてない」

「言ってないもの」

 底冷えしたクリスの言葉を即座に否定したマリ。

 2人は見つめ合う。ランドには何故かカーン!と鐘の合図が聞こえた気がした。


「言葉が足りないんじゃないか?」

「聞かれないことまで話すほど、お喋りじゃないの」

「必要なことを言わないのは只の怠慢だ」

「調べればすぐ分かる事だわ。エミーちゃんを見つけられないあなた達の怠惰を、私のせいにしないで」

 

 ランドには2人の目から、バチバチとした雷の幻覚が見える。


「えーと、あ!エミー、そのエミーはどこにいるんだ?」


 ランドに視線を向けたマリはため息をついた。


「知らないわ。人探しは専門外よ」

「使えない奴だな」

「崖の上で吠えることしか出来ない無能が、何か言ってるわねぇ」

「いい加減にしろ姉貴!しかし生きてるとしたらエミーはどうして、すぐに俺達の前に出てこなかったんだ?」

「酷い怪我をおったのか…?」


 マリは再びいやいや、と羊羹を持った手を横に振った。


「そこら辺の魔物じゃ傷1つ付けれないわよ」

「エミーは確かに強い、でも女だ」

「女だけど、規格外に強いわ。あの村で生まれて育った時点で見れば分かるでしょ?」

「?」

 クリスが顔をしかめた。

「なにがだ姉貴?」

 ランドも首を捻っている。

「え…、分かんないの?」


 きょとん、と目をまん丸にさせた成人男性と青年に、マリは苦々しい顔で舌打ちをした。


「だから村の住人は苦手なのよ。ランド、あなた子供の頃に疑問に思わなった?なんでお母さんが狩りに出て、知らない人が僕の面倒見るんだろうって」


ランドは頷いた。


「ある。別に姉貴を知らない人だとは思ってなかったけどな」

「理由は私が狩りに出れなかったからよ。というより、村の中ですらあまり出歩けなかったわ。あの村が危険だったからね」

「どこがだ?」

「?」


 クリスとランドが再びキョトンと同じ角度で首を傾げた。

 顔が整っている分、余計にマリをイライラとさせる。


「馬鹿なの?ところどころにある瘴気、3歩進めば出会う魔物、極めつけに崖を挟んで特A級の魔物の住処まである。私に出来ることなんて、家でランドの子守くらいだったわよ」

「そんな大げさな…」

「村にいた時は魔物に会ったことな 」


マリにギン!と鋭い眼光で睨みつけられたランドは開きかけた口をきゅっ、と閉じた。

このまま話せば、ありとあらゆる恐怖を味わわされるのを知っているからだ。


「見方を変えましょう。勇者、あなたは旅の仲間が弱いと思わなかった?」

「思った」

「あれは何も、王が意地悪で選んだ訳ではないのよ。純粋に“始まりの街”、王都で強い人間を選んだの。姫様だってそうよ、彼女はあの街では有名な魔法使いだった」

「何が言いたい」

「認識違い、というのが一番分かりやすいわね。あなたと旅の一行、そしてランド、埋めることの出来ない実力差があるのよ。王はそれを知らないし、あなたは自分が強すぎることに気づかなかった。勇者の周りには、強い人間がたくさんいたから」

「そういえば…。俺も冒険者になりたての頃、村から離れる度に魔物も人も弱くなって、酷くがっかりした記憶がある。」

「俺より強い奴がいないからって、10も年が下のエミーを“俺が考えた最強の女戦士”に育てようとするのはいかがなものかと思うけどね」

「結婚すれば、許されるかなって」

「わけないわ。気持ち悪いわね」


 クリスは無意識に、ランドにコブラツイストをかけながら黙り込んだ。

 ランドの悲痛な叫び声にマリはせせら笑った。


「始まりの街は強力な魔法で守られてるし、ホログの砦と村がある限り、最も安全な場所と言えるのは確かよ。勇者、あなたの母親が始まりの街出身だってことは知っていた?」

「いや、知らない」

「昔周りからのいじめに耐えかね、あなたを連れて実家に帰ろうとしていたことも?」

「・・・」

 

 それはつまり、マリアとクリスが初めて会った日のことを指している。

 マリは静かに笑った。


「あの日、あの時、あなたの母親が私の館に来なければ、あなたは心が病んだ母親と一緒にはじまりの街に帰っていたでしょうね。そこであなたは弱いまま成長し、長い時間をかけて、仲間と一緒に強くなっていったのよ。世界を救うために」


 小さいクリスに、母親が死ぬと言ったのは単なる脅しではない。

 数多ある未来、現実になったかもしれない。その後、失意にのまれた父親が魔王軍に従事する可能性だってあった。


「もし、俺が王都で育ったら。エミーの村はどうなった?」

「どうでしょうね。憶測でよければ…大体どこの街も、村も、滅んでいるんじゃないかしら?ランドはおそらく、生き残っているでしょうけどね」

 

 どんな状況でも生き残れるよう、そうマリが育てたからだ。


「そうか。あんたに聞きたいことがある」

「どうぞ?」


 クリスはぐっ、と拳を握った。


「あんたは何故、あのタイミングで手紙を送ったんだ。もっと早く、あと1日でも、早く送ることが…出来ただろう」

「私は占いに従っただけよ。早いも遅いもないわ」

「もっと早く村の事を知らせてくれれば、エミーにあんな思いさせずに済んだ!」

「未来が見えた時点で、早めに出したのだけれどね・・・普通便なのがいけなかったのかしら?」

「速達で頼めよ姉貴!!」

「3割増しは、財布に優しくないのよ」

「なんで変な所で財布の紐が堅いんだよ!」


 謝罪は済んだとマリは今度は練り梅に手を出した。

 食べかけていた羊羹は尚も喚くランドの口に突っ込む。


「話を戻すけど。エミーちゃんが出て来ないのって、単純に気まずいからじゃないの?」

「き」

「気まずい?」


 羊羹を口に入れたランドに頷いた。


「手紙読まれたことか?葬式までされたことか?そんなの、最初に顔を出せば済んだ話だ」

「これだから信心深くない、村のよそ者は駄目なのよねぇ。ランドも今なら分かるでしょ?」

「あ。木を、焼いたから・・・?」

「それがなんだ」


 ランドが気まずそうに首を振った。

 それで済まされる、話ではない。少なくとも


「村人にとって、あそこは神様、というよりご先祖様が眠っている大切な木なの。エミーちゃんだって悩んで、悩んで、自分の命を差し出す覚悟で燃やしたんじゃないかしら。そんな心づもりだったのに生き残って、村の皆に合わせる顔がなかったとは考えられない?」


『ああ、罰あたりなことして、きっとお母さんから物凄く怒られるんだろうな。

クリフ、帰ってきたら庇ってくれないかなぁ。』


 エミーの手紙が浮かんで。クリスは唇を噛みしめた。

 分からない、分かる訳がないだろう。


「じゃあ…エミーはどこにいるんだ」

「知らない」

「姉貴、どうにか探せないのか?」

「特定の人を探すことは無理よ。私がここで占うのは未来を予言すること、死者を見ることだけよ。逆に言えばエミーちゃんは見えないから、死んでいないって言えるのだけれどね」


 エミーは見付けられない。 

 でも生きてる、この世界のどこかに必ずいる!



 顔を上げたクリスはマリに頭を下げた。


「占い師」

「なにかしら?」

「ありがとう、ここに来てよかった。エミーが生きてる、それだけでも知れてよかった」

「どういたし、まして?急にかしこまって何なの?」

「姉貴」


 ランドのたしなめる声に、マリも流石に居座りを直した。

 クリスは早々に2人に背中を向ける。


「俺はもう行く。ランドは折角だからゆっくりしていけ」

「お、おい!」

「早く探したいんだ!」


 クリスがドアの取っ手を開けようとした。が、ドアノブが空回りして開くことが出来ない。

 押してもびくともしない扉。先ほどマリが開けた時はすんなり空いていた筈だ。


「おい占い師!開かないぞ!」

「そうでしょうとも。開けさせないようにしているんだもの」

「いい加減にしろ!そろそろ怒るぞ!」

「さっきからずっと怒ってる癖によく言うわね。私が言いたいのは1つ。占いの館に来ておいて、占い1つもしないで帰るとはどういう了見なのかって話よ」

「金ならやるから帰らせろ!!」

「あら嫌だ。私を金の亡者みたいに言って」

「いやそうだろ」


 マリは履いていたピンヒールでランドのつま先を踏みつけた。

 向かいから悲鳴が聞こえる。


「とはいっても、勇者は先見も霊視も興味無さそうね。そうね、だったら代わりに人形を使いましょう。これ、とっても可愛い人形でしょ?これはあなた自身なの。病める時も、健やかなる時もうんたらかんたら」


 マリが取り出したのは一つの人形だった。目の部分であるボタンが糸一本でギリギリ繋がっているような、歪な形をした人形。バランスも悪く、まっすぐ座ることは出来ないだろう。

 人形に紙を結び付け、マリが人形と自分の額を合わせた。呪詛のようにぶつぶつと呟きながら魔力を込める。


「呪いの人形か?」

「は?どこから見ても勇者でしょう?」

「キツイものがあるぞ、それ」

「そっくりでしょ、これ。代金はそうね、あなたが王から賜った報奨金の半分ってとこね」

「ぶざけるのをやめろ姉貴!」

「貰ってやるし、金も払うから早くここから出せ!蹴っても切っても開かないぞこの扉!」

「扉にドラゴンのウロコを使っているの。それじゃあ、はい。この人形は大事にしなさい、決して、傷つけないで。それはあなた自身。あなたの命そのものよ。お金は後でいいわ、早く行きなさい」


 無理やりクリスに人形を持たせ、マリは扉にかけた魔法を解いた。

 クリスは人形を抱えたまま外に飛び出す。それを見送ったマリはランドの隣に腰を落ち着けた。


「扉以外は脆いから壁でもなんでも壊せばよかったのに、勇者は馬鹿ね」

「真面目だからだ」

「そうとも言うわね」

「姉貴、あの人形は一体何なんだったんだ?」


 んー、と間を置いたマリは戸棚に隠していたパウンドケーキを取り出し、ランドと自分の前に置いた。今度の紅茶はランドにも出してやろうと思った。


「さっき言った通り、あのぬいぐるみは勇者自身よ」

「あれが?」

「ただし愛に生きる」

「あ?」

「恋愛にしか興味がない勇者よ」

「どういうことだ?いや、それぐらい分かれよって顔するな!分かる訳ないだろうが!」

「そう?分かりやすく言うと――」



 街の中を走り始めてしばらくすると、持っていた人形がカクカクとバランスの悪い足を動かし始めた。見た目で既に気持ち悪い物体が動き出したとなれば、流石のクリスも人形から手を放す。



「あの人形は私が作ったの。型紙から綿を詰めるまでね。勇者の頭に生えていたキノコを媒体に、私の魔力を混ぜることで人形が動くようになってるわ」

「あのキモいのが動くのか!?」


 落ちた人形はなんとか立ち上がると左右揃わない足を動かし、よろよろとどこかに向かう。綿で出来ている人形は3秒で10cm程しか進めていない。風が吹けば1秒で30cm程後退する。大事にしろといわれた手前、この人形を見捨ててはいけない。というより、あの占い師が作ったものだ、周りに危険が及ぶとも限らず、目が離せない。



「気持ち悪くないわよ失礼ね!あれはさっき言った通り、愛に生きてる。人形の行動基準は只1つ、自分の運命の恋人に会いに行くこと」


 3分程人形を見守っていたクリスは埒が開かないと意を決して人形を持ち上げた。尚ももごもごと動く人形は向かいたい先に顔を向け、宙に浮いた足を動かす。クリスは嫌々ながらも人形の向かいたい先に行くことにした。


「あれはクリス自身なんだろう?つまりは、クリスの運命の恋人に会いに行くってことか?」

「そういうこと。その相手がエミーちゃんがどうかは、知らないけどね。裁縫は苦手だし、あの人形が動いてる内に壊すと本人も死ぬし。遠距離でも不眠不休で歩いてこうとするから迷子になるし、占いの館ではいまいち使えないのよねぇ」

「呪いの人形であってたじゃないか!」

「愛の人形よ」

「もしクリスがあの人形を燃やしたりしたらどうするんだ!」

「笑うしかないわね」

「笑えない!それは全く笑えないからな!」


 クリスは気付けば2つの街を越えていた。人形が顔の向きを変えればクリスも方角を変え、人形の足並みが早くなればクリスも小走りをする。そうしてクリスは1つの宿に辿り着く。町の宿の中では安い方で、主に見習い冒険者がよく利用をしている宿だとクリスは記憶していた。クリスと同様に、人形も宿を見上げている。



「これでようやく、お師匠様から破門を解いて貰えるわ。うーん、ようやく肩の荷が下りた」

「急になんだよ姉貴」

「いやね。昔破門された時に、師匠に謝罪するか、前魔王の跡地を燃やせば破門を解いてもらえる約束だったのよ」

「どっちもやってないだろう。姉貴が人に謝るとは思えない」

「謝ってはいないわね。でも丘の上にある4本の木、全部燃えて灰になったじゃない。私の予言のお蔭で」

「は?」


 クリスが宿に踏み入れると同時に見習いや旅の商人達がワッ、とクリスに詰め寄ってきた。気持ちの悪い人形を持っているのに気付いて少し戸惑う者もいたが。宿の店主は、ことのほかクリスの来店を喜んだ。泊まってもらえば宿に箔がつくと。


「手紙、着くのが遅すぎても早すぎても駄目だったのよねぇ。遅すぎると魔物が村にやって来るから予言に合わないし、早すぎるとエミーは木を燃やさない」

「なにが…どうことだ?」

「あそこ、前魔王の死体が眠る場所なの。昔大樹だった4本の木だけが、しぶとく瘴気まみれで残っててね。このままだと、あそこから強い魔物が生まれる可能性があったのよ。早く燃やしたいのに信心深く、やたら強い村人があそこを聖地みたいな扱いしちゃうし。迂闊に近づくと死ぬし。だから魔女達も近くの街から様子を探ることしか出来なかったのよ」


 宿の店主に中の様子を見ていいかとクリスが聞けば、店主は泊まる場所の様子が見たのだと大喜びで了承した。わらわらと集まる宿泊者達もその場に留めておいてくれるらしい。


「だから、村人の中でも一番強いエミーにやらせたのか?」

「ええ」

「どこから、姉貴は皆を操作してた」

「あら心外。私は一言もあれをやれ、それをやれなんて言ったことないわ。でもそうね、しいていえば、勇者をあの村に送ったのはそういう意図があったのかもね」


 人形が見上げれば階段を上り、人形が左を向けは左を進み、ついにクリスは1つの部屋の前に辿り着いた。中に人の気配を感じる、誰かが宿泊しているようだ。



「姉貴、なんでそんな惨いことをっ」

「正しくはないけど、間違っていたとも思わないわ」

「無意味にクリスとエミーを傷つけただろ!」

「私が勇者をけしかけなければ、そもそもエミーと勇者は会っていないし。木を焼かなければ、いずれ村の人間、世界中の人間が全滅していたのに?」

「それでも最低だ。こんな人を騙すような真似…」

「エミーちゃんには、悪いことをしたと思ったから勇者を向かわせたの。罪滅ぼしではないけど、すべてを見届けるまではここにいようと思っていたし」

「勇者の運命の相手が、エミーって知ってたんだな」

「一応、息子の恋心に気を使ったのよ。ばれたから何の意味もないけどね」


 ノックをしても反応がない。

 寝ているのかもしれないとクリスは宿の店主に誰が泊まっているのかを聞こうと踵を返した。

 その時——





「ちゃんと反省しろよ」

「はいはい」

「姉貴のせいなんだから、人形代は勇者に請求するなよ」

「国を救ってくれたお礼として半額にしたのに?」

「姉貴!」

「…分かったわよ」

「姉貴が、俺を育てたのは 占いでそう出たからか?」

「否定はしないわ。死んだあなたの両親にも頼まれたし。でも、あなたが馬鹿で、どうしようもなかったから育てたの。お人好しで、頭は悪くて、人を疑うことを知らないから。」

「姉貴は村の人間に護衛さえ頼めばすぐにでも村を離れられたのに。俺の面倒を見るからと窮屈な思いして…俺を使えば、俺は姉貴が言うなら、木ぐらい燃やした」

「両親が死んで、私に捨てられないように必死なランドにそんな事はさせられないわ。だから無理やり旅に出させたのに、あなた帰ってくるし。ねぇランド、あなたは間違いなく、自慢の息子よ。優しくて、強くて、周りのことがきちんと見れる子になったわ。筋肉が少し、うるさいけどね」




ご指摘受けましたので一部セリフを変更致しました。

不愉快な思いをされた方は申し訳ありませんでした。

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