エイミー
姫との婚姻を断り、不敬罪だと牢に入れられたクリス。国を救った勇者を捕まえるとは何事かと、父親や街の当主が苦言を呈したことで。翌週にはクリスは釈放された。
クリスの父が騎士として働く街は、魔物を食い止める防波堤の役割を担っている。
その苦言を無視することは、王であろうと親の我儘だけではまかり通らなかっただけの話。
クリスは旅の一行と一言も話すことなく、冒険者の後を追う様に村に戻った。
エイミーの両親は心労からか、老けたように思えた。
それでも無理して笑う2人に、到底エイミーの話題は出せなかった。
懐かしい思い出にするには時間は少なく、エイミーも若かった。
何もしなかった、出来なかった。
日がな一日、丘の上から村を見下ろした。
褒章として、金だけは十分にあった。
そんなある日、毎日を丘の上で過ごすクリスのもとに冒険者が表れた。
何も語らないクリスの横に座った冒険者は、クリスの返事を求めることなく勝手に語り始めた。
曰く、冒険者は元々村の住人だったらしい。
クリスと入れ違いで村を出て、冒険者になるため旅立ったと。
村に帰ってきたのは、エイミーを娶るため。
流石に聞き捨てならず冒険者を見つめると、随分と冒険者も前よりやつれて隣に座っていた。
エイミーが死んで以来、クリスは初めて人を見た気がした。
目があうと、冒険者は苦く笑った。
クリスには勝てないと分かり、早々に諦めたと告げた。
寝取られ小説を渡した事は、ちょっとした憂さ晴らしだったと。
姫と結婚するなら、渡さないつもりだっと告げられ、一通の手紙を渡された。
確かに渡したと冒険者は丘を下り、早々に姿を消した。本当の目的はこの手紙だったようだ。
宛名のない封筒から便箋を取り出そうとすると、懐かしい匂いが鼻をかすめた。
柔らかくて、少し香る薬草の匂い。
エイミーの匂いがした。
クリスは宛先のない封筒を、おそるおそる開いた。
5枚、手紙が入っていた。青い便箋が4枚、村のお知らせの紙が一枚。お知らせの紙には裏に走り書きのようなものが書いてあった。かなり気合を入れないと読めないような汚い字で、これは後にしようと。まずクリスは青い便箋を開いた。
***
久しぶりクリフ。
まず最初に。私の名前、エイミーじゃなくてエミーだから。十何年も一緒にいて知らないってどういうこと?一緒にいた割には、クリフは私のこと何にも知らないんだ。好きの言葉も信じていいか怪しくなったきたよ、ってのは冗談だけど。
手紙を出す気にはなれないけど、書く気はあるから一応書いておきます。どうでもいけどクリフのサイン達筆すぎて読めない、あと苗字長いね。
書くといっても、クリフと違って村で毎日変わり映えのしないことしかしてないから、暇だし私の過去を語っていきたいと思うの。あとついでに、私がクリフの知ってることも話すよ、私はクリフと違って幼馴染のことをよく知っていると証明できるように頑張る。
私、エミーには幼馴染がいる。
名前はクリフ。性格は勝気だけど全体的な色素は薄くて、線も細いクリフは絵本から出てきた女の子そのものに見えた。だって髪は薄茶で目が青なんだよ?
本名はクリフトファーなんちゃら。賑やかな街で生まれ、父親と母親に連れられて5歳の頃に私の村にきた。理由は病弱な妻の療養のため、よくある話だと思った。うちの村は自然が豊かな割に都会から程よく近くて、ギルドや店もそれなりに揃っているから、そういう人がよくやって来る。そう言う人は短期間が多く、長期間は珍しかった。
同年代の友達がいなかった私は喜んだ。しかも女の子の友達が出来たと大喜び。
私の周りに女の子は私しかいなかった。だから全部の女の子の基準は私だった。
だからクリフをそこらじゅう連れまわして、遊び倒して、いじり倒した。親にも忠告されたけど。へっちゃらだと思ってた、だって私が大丈夫だったから。
田舎生まれの野生児だった私と、都会生まれの負けん気だけは強いクリフ、同じ5歳でも体力が違うことに気づけなくて、ある日クリフはバタンと倒れた。場所は見晴しのいい丘に、4本の枝のない木があるところ。子供だったから来るのに1時間30分くらいかかった。
寝る以外に長時間目を瞑るのは死以外は有り得ないと思っていた私は、起きないクリフをすぐに死んだと判断した。「クリフが死んだ!」私はその場で叫んだ記憶がある。
そして丁度悪いことに、あの原っぱは死んだ住民達の墓として使われていた。
その日は御先祖様に、友達であるクリフを紹介しに来たのだ。
村では4本の木の中心に遺体を寝かせて祝詞を唱え、それから丘に死体を埋める。
一日一回、家族全員で祝詞を唱えることは習慣になっていたから、5歳の私にも祝詞は言える。言い方は悪いけれど、しかるべき状況が整っていた。
ここに埋めようか、クリフの両親に報告してから埋めようか悩んだ。埋めるための道具が大人用だという事に気づき、小さな私では持つのが大変だと思った。それで、一応クリフの両親には報告しようとクリフをおんぶしてまた村に戻った。軽いからそこまで苦ではなかったけど、2時間くらいかかったかな?
あと、なんと途中でクリフが起きた。
擦れた声が背中から聞こえてきて、私はゾンビを背負ってると思って大泣きした。
ごめん、成仏して、死んだらもう遊べないんだよ。この3点を重点的に背中のクリフに向かって言った。今思えば背中から降ろせばよかったんだと思う。
髪をぐしゃぐしゃにされて、おそるおそる背中を見ると。疲れた顔をしたクリフが怒っていた。遊ぶのをやめる必要はないとかなんとか言ってた気がする。ゾンビは言葉を話せないと思ってたから、クリフは生きてると確信した。なんだか今更になって当時の私の思い込みが怖くなってきた。
死とは、人にとって最も身近にあるもの、死んでもまた生まれ変わり生を繰り返す。だから恐れる必要はない。そう教えられてきたけど、クリフがいないと私の日々は退屈すぎる。だから、生きていてよかったと思った。
今だから言える、死んだと思って埋めようとして本当にごめんね。ちなみに窒息死って凄く苦しいらしいよ。溺死が一番辛いって、どこかで聞いたことがあります。
その後は結論から言うと
ものすっっっっごく怒られた。
クリフを家に送り届け。おやすみを言い、家に帰ると
「あんた何やってるのよ!!!」
とピシャァン!!と雷を受けた方がまだましなぐらいの怒声と共に頭に大きなタンコブが出来た。
いつもは怪我をしても寝れば治るのに、タンコブは次の日になってもぷっくりと膨らんだまま。あれは痛かったなぁ。
結局、水筒を持っていくこと、クリフに無理をさせないという約束をさせられ、話は落ち着いた。
最初に口で言うだけでいいんじゃ?と当時は思っていたけど、今なら分かる。
私は言っただけで聞くような子供じゃなかった。お母さんごめんねって感じです。
翌日、元気なクリフを見て嬉しくなった私はやっぱり何も反省していなくて。
おはようを言う前に、今日はどこに行く?と聞いてしまった。
しまった、と思ったけどクリフが満足そうにまた丘に行きたいと言ったから、私はなんだか嬉しかったよ。友達ってこんな感じなんだって。
ああ、その後何年かして私はクリフが男の子だって知った。
驚いた、だって何かついてるんだもん。
私が「あ」っていってる間にクリフが股間に手を当てて「キャー!」って女の子のように叫んだことは、今でも大人達の飲み会のいい酒のつまみです。こういうのを鉄板ネタというらしいよ。お酒飲めるようになったら、クリフは覚悟した方がいいと思う。大体酒の席が盛り上がった頃、話を最初に始めるのはクリフのお父さんです。
それからクリフが変に私に優しくなって、気持ち悪っ!て思ってました。
私野生児だったから、野生の獣が人間の優しさに触れると警戒するでしょ?あれの気持ちがよくわかった。あの時期のクリフは凄く気持ち悪かった。
何をするにも危ないからってクリフが一番手にいくことになって、それも不満だった。
でもね、女の子扱いしてもらうと歯痒い気持ちになったけど、悪い気分でもなかったの。むしろ、後半からは嬉しいと思ってたよ。
私も、女なんだと感じました。お母さんに言ったら鼻で笑われたけど。
それと謝りたいことがもう一つあったことを思い出しました。
いつかに貰った凄く綺麗な石は3日後に無くしました。
クリフには言いずらいから今でも大切に保管してるって言ってたあれ。
一年ごとにクリフがどうしてるか聞いてくるから、罪悪感はかりが募ってしょうがなかった。ごめんね。
あ、そうそうその前にクリフが騎士になると言って街に戻った時期があったよね。
あの時期はすごく暇だったけど、近所に住んでたランドが帰ってきたからまだ暇はつぶせたの。でもランドと遠出して遊んだら、その日の内にランドの腰がやられた。おじさんに無理させたら駄目だよなって、山から下る最中。ランドをおんぶしながら思いました。
座って話すのも楽しかったけど、私はクリフと走り回って遊んだ方が楽しいと確信したよ。
あとね、クリフのおやすみがないのに違和感があって、寝付くまでに時間がかかることに気づいたの。
一度気づくと、余計寝付けなくなるもんだね。
なんだかんだしてる内にクリフが騎士を辞めて戻ってきたから
才能なくて辞めさせられたんだろうなぁって、しばらく一緒にいて気を使ってました。
クリフは気付いてたかな?どんまいクリフ、旅の一行の人に迷惑かけてない?
手紙では随分と強気なことを書いてあるけど私にまで無理して意地はんなくていいからね。
私の人生最大の転機は占い師様がきたことだと思ってる。
だってクリフが勇者に選ばれたんだもの。
村から1人とか、そう言うものじゃないのは後から気づいた。国からたった1人って凄いね。
対して私は、占いで村の危機を知ってしまったの。
月の無い暗闇の日、4つの火柱を灯すと魔物が集まる。それが予言だった。
何を言ってるか全然分かんなかったけど、占い師様もあくまで出た結果を言ってるだけで内容は分からないんだって。
あと、クリフが勇者をしてる間に出る村の犠牲者は1人だけって私だけが教えてもらった。
分からないなりに・・なんだか感づいてしまうね。
私はおとり。
クリフはお姫様と結ばれる。
世の中は理不尽なことばかりだ。
無事は祈ってるけど、クリフが将来禿げてお姫様に笑われることを祈っても、罰は当たらないよね?
祈るって言うのは半分冗談です。
ちなみにクリフのお父さんはふさふさだけど、クリフのお母さんの家系にはそれなりの人が多いらしいです。クリフの頭皮、お母さん似の細い髪で綺麗だね。さらさらで羨ましいです。
手が疲れてきたから今日はここまで。
4本の木って、丘の木のことだよね。
火をつけて、おびき出せばいい?
勇者が村に近づいているらしい。
多分、時間をかせげってことだ。
ランドは明かりと人間が1人でもいればそっちを優先するって言ってた。
村の人、なんて言って避難させよう。
手紙はメモのように使われている。
死へと向かう幼馴染の手紙を、これ以上読む気にはなれなかった。
そして残った最後の一枚。クリフはお知らせに目を向けた。
よく見れば、お知らせの紙はエイミーが消えた日付が書かれている。
出掛ける直前に、あわてて書かれたものだと分かった。
**
私はクリフと、どうにかなりたいと思ったことはなかったの。
毎日顔を合わせて、「おはよう」と「おやすみ」を言えればいいと思ってた。
子供のままでいたかった、そうはいかないと分かっていたけど。
旅立った後、クリフのお母さんに聞いたの。恋ってなにって?
そしたら、なんていったと思う?朝起きて、恋人の顔が目の前にあって耐えられるかどうかだって。耐えられるどころか嬉しいなら恋だし、無理なら恋じゃないって。
クリフのお母さんって心が読めるの?
一番欲しい言葉をくれたの、クリフみたいね。
想像して、嫌だとは思わなかったよ。クリフが隣で「おはよう」って言ってくれたら、私の一日は最高だろうなって口元がにやけた。だって朝起きて、顔を洗って、朝ごはんを食べなくても会えるんだよ?これで一番最後におやすみも隣で言ってもらえたら、いう事なしだなって思った。
まぁ、ありもしない事を言ってもしょうがないね。
手紙を書くのはこれが最後だと思います。
今日は月が無くなる日だから、私は行かなければいけません。
ああ、罰あたりなことして、きっとお母さんから物凄く怒られるんだろうな。
クリフ、帰ってきたら庇ってくれないかなぁ。
手がふるえて、まともな字がかけない。
ねぇクリフ、あなたがもしこの手紙を見てるなら。本当は見ないでほしいけど。もし見てるなら、祝詞はいらないし、隣にお姫様がいてもいい。怒っててもいいから、私の死体におやすみと言ってあげて。そしたら私、ぐっすり眠れる。短いけど、いい人生だったと思える。
クリフの親友、エイミーより。
手紙の最後に愛しのエイミーと書くのはやめて。恥ずかしいし、名前の間違えで腹が立つし。だから返事を送れないのよ!
クリスの手により、手紙がくしゃりと歪んだ。ぶるぶると震える手を堪え、なんとかもう一度、最後のエミーの言葉に視線を戻した。パタパタと落ちた水が水性インクに滲んで、文字が歪んでいく。
手紙、読んでたのか。
届いてないのかと思ってた。
「俺の名前、クリスだ馬鹿エイミー…っ!」
無意識に、空を見上げた。幽霊でもなんでもいいから、側にいないのか。
涙が邪魔で、快晴なのに雨が降ったような気になる。
おいエミー
なぁ、なぁ。
自分が死ぬ覚悟はしても、お前が死ぬ覚悟はしてなかったんだぞ
太陽の下で、あの村で笑ってると思ったから。
その笑顔を守りたいから、行きたくもない魔王退治に出たの知ってるのか?
知ってるわけないよな。
言ってないなら、分かる筈がないよな
虚しくて、やり場のないこの怒りをどうしてくれる
おやすみなんて、言える訳ないだろ
大体、お前の死体どこにあるんだよ
「ぜんぶ…っ、燃えちまってないだろうがぁっ!!」
エミーが、どこにもいない。
力を無くした体が膝をつき、ガクンと地面に落ちた。
灰が舞うだけで、エミーの骨1つすら見つけてやれない。
クリスは、吠えるように泣き叫んだ。
丘だけが変わらず、ただそこにあった。