おじょうちゃんといっしょ
あれから数か月、ボクは異世界での田舎生活をエンジョイしまくっていた。
朝起きて、日が沈むまでお手伝いや村の中を駆け回って時間を過ごし、夜になるとカレンさんの寝物語を聞きながら就寝。
都会では味わえない自然と触れ合う毎日は、現代生活に慣れたボクにとって不便な所もありつつも、それ以上に発見と刺激にあふれた、楽しい毎日だった。
流石に最初は遠慮していたボクだけれど、次第に慣れてきてもうずっと昔から本当の家族だったかのように溶け込むことができた。
その……少し恥ずかしいけれど、カレンさんの事を今では「お母さん」と呼んでしまっていたり。
転生前のボクの母は、ボクが小さい時に亡くなったらしく、実はあまり覚えていない。
父も世界全土を出張で飛び回っていたので、むしろ家族よりお手伝いさんとの思い出の方が多いくらいだ。
だからなのか、あるいはこちらでの姿に精神が引きずられてしまっているのか。
ボクはこの世界で初めて母親の愛情というものを感じ、甘えまくりの毎日を送っているのだ。
「ユーリ! エステルと研ぎに出してた包丁貰ってきてー!」
「はーい! エステル、いこ!」
「ん!」
今日のおつかいはミランダさんのお店だ。
最近は、エステルに懐かれてしまい殆ど一緒に行動している。
この村には同じ年代の子がいないため、何をするにしてもエステルしか相手がいないのだ。
おかげで、ボクの幼児化は進む一方である。
……まぁ、年相応の振舞いを学ぶという点では役に立っている、のか?
(といいつつボクはエルフなので見た目通りの振舞いでなくてもおかしくはないのだけれど)
「あ~ら、ユーリちゃんにエステルちゃんじゃないのぉん! 今日は何の御用かしらぁん? ハッ、もしかして、わ・た・しが目当てなのねっ!」
「いいから研いだ包丁持ってこいや」
「あぁん、いけず~♪」
クネクネしながら、尻をフリフリしつつミランダさんが店の奥へ消えていく。
最初はこの濃すぎるキャラに押されまくっていたものの、この数か月の付き合いで、流石に慣れた。
まぁ、ミランダさんの人の好さがわかってきたというのもある。
「ほ~ら、もうピッカピカに研いであるわよ! あ、危ないからこの木のカバーつけとくからね?
やんやん、エステルちゃんそのお菓子欲しいの? しょうがないわねぇん、もってけどろぼぉん!」
「ミランダちゃん、ありがとー!」
こんな感じだ。
慣れれば、子供に優しい面倒見のよいおっさんである。
「あ、そういえばぁ……最近東の森の方が騒がしいの。 多分、帝国の砦の方で演習でもしてるんだろうけどねぇ……
危ない動物さんが増えてるから、森には近づいちゃダメよぉん?」
そういえば、ふんどし一丁の木こりさんたちが最近森の見回りを始めたっけ。
森といえば、西の森に放置してあるセラサスはどうなっているだろうか……
まぁ元々動かないし、運搬しようにもあの森の中だから仮に誰かに見つかったとしてどうしようもないだろうけど。
森が落ち着いたら、見に行けるといいんだけどなぁ……
「ん、分かった! お姉ちゃんも、森に行っちゃダメだからね!」
「はいはい……ミランダさん、お菓子ありがとうね。 よし、エステルかえろ!」
「またねぇん!」
貰ったお菓子を二人で分けて、ちびちび食べながら手を繋いでゆっくりと家に向かう。
途中の家の前で日向ぼっこをしている薬師の婆さんが全く身動きもしていなくてビビったが、声をかけると「ふぇっふぇっ……」と返事が返ってきたので生きているようだ。
「お母さん、ただいま! 包丁貰ってきたよ!」
「ユーリ、ありがとうね。 んー? エステル、そのお菓子どうしたの?」
カレンさんがワシャワシャとボクとエステルの頭を撫でる。
と、エステルが口に咥えているお菓子の残りに気が付いたようだ。
「ん、ミランダちゃんから貰った!」
「もぅ、子供に甘いんだから…… こんど何か御礼しなきゃねー?」
受け取った包丁の研ぎに満足したのだろう。
嬉しそうに刃先を見てからそのままカレンさんは台所へ向かっていった。
「お姉ちゃん、今日は何しよう……」
「森は危ないらしいからダメだよ?」
ミランダさんの言う事は、素直に聞いておくべきである。
というのも、どうもこの村の実質的なトップはカレンさんとミランダさんの二人らしいからだ。
ボケた村長に息子はロリコンという、村のトップがダメダメな状態でどうしてこの変人ばかりの村がまともに暮らせているかずっと疑問だったが、そういう理由であれば納得が行かない事もない。
どうやらミランダさんは、ただのおっさ……乙女ではなく、やはりそれなりの人物であるという事だ。
そして、我が家のおっとりしたお母さんも……
「お姉ちゃん、裏の川にいこ? 水浴びするのー」
「んー、そうだね。 浅い所だけだよ?」
「ん。 いこ?」
グイグイとエステルに引っ張られて、家の裏の方にある川に向かう。
子供だけでは危ないように思う人もいるかもしれないが、実際の所は常に村のおばちゃんズのだれかが川で洗濯をしており、そのついでで見守ってくれているためその辺は大丈夫なのである。
今ではでっぷりしたおばちゃんたちも、子供のころはみんなこの川で遊んでいたんだそうな。
川は透明に澄んで、小魚が泳いでいるのが見えるくらいだ。
転生前の街中の川なんて下水の匂いがした濁った水でしかなく、泳ぐどころか触れることすら嫌な感じだったのを思い出すと、こんな経験が出来るのって素敵だな、なんて考えてしまう。
ワンピースを近くの木にかけると、ドロワーズ一丁になって川へ入る。
穏やかな春のような気候だけれど、川の水はそれほど冷たくはなく気持ちがいい。
え? 上半身裸で恥ずかしくないのかって?
慣れたよ! お風呂入るたびに赤面なんてしてらんねーよ!
だいたい、最近はカレンさんも一緒に3人で風呂に入ってたりするのだ。
目の前で凶悪なスイカップがプルンプルンするのを見れば、自分のちっぱいなんて無いに等しいのだ。
おっぱいじゃないから、恥ずかしくないもん!
勿論流石に男に見られるのはちょっとどうかという格好ではあるけれど、この川は昔から若い女性の聖域であり、男子禁制の歴史があるのだ。
なので、基本的には安心して水遊びをする事ができる。
中身男でゴメンナサイ。
まぁ、大抵ボクたちが水浴びをする時は……
「は、離すでござる! それがしの夢が! エデンがそこにあるのでござるよ! あぁーーーー……」
遠くにふんどし一丁の木こりさんに首根っこをつかまれ、引きずられていく村長の息子が見える。
……奴も懲りないな。
と、バシャッ! と顔に水がぶっかけられる。
ニヤニヤしたエステルが、次弾の準備をしているのが見えた。
「エースーテールー!」
負けていられない。
こちらも両手で水をすくい、奴の顔目がけてぶっかけてやる!
「わぷっ!?」
クリーンヒットしたようだ。
驚いたような声を上げて顔を真っ赤にしているエステルがやたら可愛い。
そのまま水の掛け合いにシフトし、お互いに全力で相手目がけて水を飛ばし合う。
その日村の川では、夕日が沈むまで幼女たちのキャッキャッという楽しそうな声が
響いていたという……
思いっきり遊んで疲れたボクらは、晩御飯を食べるとすぐに眠くなってしまった。
カレンさんがテーブルで船を漕いでいるエステルを寝室に抱いて行き、ボクもその後ろについていく。
結局、ボクの部屋は用意してもらったものの実は利用していない。
最近は寝る時までエステルと一緒なのだ。
そういう意味では、もう一日の大半をエステルと過ごしていることになる。
別に変な感情を抱いているというつもりは全くなくて、どちらかというと年の離れた可愛い妹が急に出来てフィーバーしているような感じだ。
我ながら、家族というものにこんなに愛しさを感じるとは思ってもいなかった。
殆ど家族というものに触れなかった前世の影響なのかもしれないな……
すぅすぅ、という寝息を立てるエステルの横で、ボクも目を閉じる。
そういえば、あと1ヶ月もすれば商隊が巡ってくる時期らしい。
その商隊と一緒に、王都から派遣された魔術師が各地を回っているそうだ。
商隊の護衛をしつつ魔術の才能のある子供を探しているのだ。
今年はこの村で10歳になる子はいないけれど、願いでればボクの魔力の有無は確認してもらえると思う。
そして、せめて基礎的なところだけでも魔法を教えてもらうのだ。
今ボクが魔法を使えないのはこの世界での魔法がゲームと異なる使い方のせいだったとすれば、一つでも使い方が分かれば芋づる式にゲームで使えていた魔法が使えるようになる可能性が高い。
そうすれば、セラサスだって動かせるかもしれない。
でも、この村に来た時に考えていたように魔法を使えるようになったとしてもこの村を出るつもりは今のボクにはない。
将来、エステルが大きくなって街に出てみたい、と言い出すまではきっとこの村で過ごすのだろう。
それくらいボクはちょっと変な、でも優しいこの村の事が好きになっていた。
夢を見ていた。
少し老けたお母さんと、成長して美人になったエステルと、今と変わらないボクがこの村でのんびりと過ごしていた。
場面は変わって、エステルそっくりの男の子と女の子を、やっぱり今と変わらないボクが見詰めて微笑んでる。
次の場面では、少し大人になった男の子と、旅をしていた。
おばあちゃんになったエステルと、お墓参りをしていた。
また、旅をしていた。 今度は精悍になった男の子と、美しくなった女の子と一緒だ。
そして、皆でこの村に帰ってくるんだ。
それは、本来あるべき可能性だったのだろうか。
あるいは、近づくと消えてしまう蜃気楼のようなものだろうか。
いずれにせよ、これから訪れる限りない未来の中で、たった一つだけは決まっていたのだ。
ユーリのその夢は、決して叶わないという事が。