ウェルカム、ニューカマー!
今日はカレンさんに案内をしてもらっている。
これからしばらくはお世話になるため、村の皆さんにも顔と名前を覚えて貰うのだ。
まぁ、この愛らしい幼女エルフの笑顔を忘れてしまえる人なんてきっといないはず!
「んぁー? お前さん、誰じゃったかいのー?」
……前言撤回。
「村長、昨日挨拶したじゃありませんか。 これからうちに住むことになったユーリですよ」
「おー、そうじゃったそうじゃった。 しかし、カレンよ。 いつの間にそんな子を産んどったかいのー?」
村長さん、あんたボケが始まってるんじゃ……
若干この村の行く末を不安に思いつつ、挨拶周りは続く。
「ユーリちゃん。 ここが村唯一の雑貨屋さんね。 おつかいをお願いする事もあると思うから、覚えておいてね?」
目の前にあるのは、少し……いや、かなりボロい店だ。
大きさも普通の民家と変わらず、看板が出ていなければお店と気付けない気がする。
まぁ、基本村の人間しか利用しないので全く問題はないのだろうけれど。
「こんにちはー、ミランダちゃん、いる?」
どうやら女性の店員さんがいるようだ。
意外と、この村には女性が多いのかも知れない。
店の中を覗くと、狭い店内に所狭しと雑貨が並べられている。
とはいっても、殆どが日用品で、野菜や果物はごくわずかなスペースに並んでいるのみのようだ。
カレンさんの話だと魔法を使える人がいないということなので、生ものは長期間の保存が出来ないからだろうな。
ところで、ミランダさんという店員さんの姿が見えない。
商品置いたままで無用心な気もするが、このような辺境の村ではそれでも問題は起きないのだろう。
なにしろ、周りは皆顔見知りなので悪いことなんて出来ないだろうし。
と、店の奥のドアが開いて、人影が姿を現す。
「あ~ら、いらっしゃい♪ 今日はなんの御用かしら? 石鹸? お鍋? それとも わ・た・し?」
妙に艶のある、艶かしい声が店の中に響き渡る。
ぜひ「わたし」を選んでみたいものだ……その声が、ドスの聞いた男の声じゃなければな!
そう、ボクの目の前に現れたのは、ムキムキの筋肉でピンクのエプロンがはちきれそうになっているゴツいおっさんだった。
頭はスキンヘッドで、右側頭部にはピンク色したハートマークのタトゥーが彫られている。
そして、(怖い)笑顔を浮かべ、バチッバチッ!とウィンクをしている。
……なんだこれ。
「ミランダって、男かよ!」
「や~ね、失礼しちゃう! わたし、心は乙女よん♪」
クネクネとしながらこっちに流し目を送ってくる。
やめろ、こっちみんな。
「……カレンさん、かえろ」
「こらっ、失礼でしょ? ああみえてミランダちゃん、すっごく良い人なのよ?」
いや、良い人か悪い人かは関係ないんだ。
男か、女かが問題なんだよ!
「ミランダちゃん、この子ユーリ。 これからうちに住むことになったの。 よろしくね?」
「あぁん、この子ったら震えちゃって、かーわいい! 人見知りなのねぇん? だーいじょうぶ、このミランダちゃんがしっかり面倒みてあげるからぁん!」
違います。 人見知りじゃなくてアンタがコワイんです。
「あらまぁ! この子ったら、エルフじゃないのぉん! ……カレン、わけありなの?」
「記憶喪失らしいの。 だから、ね?」
「わかった。 ……苦労したのね、ぐっすん。 よぉっし、なにかあったら、このミランダちゃんにまかせなさぁい!」
すみません、良い人っぽいのはわかりましたが任せたくありません……
どこからともなく取り出したフリル付きのハンカチを噛み締めながら、分厚い胸板をぶっとい腕がボコン!と叩く。
腰をフリフリしながらクネクネと近づいてきて、ボクを抱きしめようと近づいてくる。
……殺される!?
ハンカチをフリフリしながら見送られた後、なんとか恐怖の館から脱出したボクはカレンさんに聞いてみた。
「カレンさん……エルフで、わけありってどういう意味でしょうか?」
ミランダのおっさ……ミランダちゃんがボクの耳に気付いた時、少しだけ凄みのある表情をしていたのをボクは見逃してはいない。
変な人だけど、ミランダちゃんは只者じゃないような気がする……
そのミランダちゃんが言った「わけあり」という言葉が気になってしょうがないのだ。
「そうね……ユーリちゃんには辛い話になるかもしれないけど……」
カレンさんが言うには、現在エルフは隠れ里に篭っており、めったに見かけられなくなっているらしい。
特に、ボクの種族であるハイエルフはエルフの王族の血筋という事になり、王都の要職についている一部を除いて里から出ることはありえないそうだ。
里以外で見かけられるエルフの多くは、隠れ里を出ての狩りの途中で捕まり非合法的に奴隷にされてしまったものが多く、ボクもそれに近い何かに巻き込まれたという理由で記憶を失ったのでは、と考えている事を教えてくれた。
なるほど、それで「わけあり」か……
話を聞く限りでも厄介ごとの元にしかならなさそうなボクを受け入れてくれるカレンさんに、改めて感謝の念を送る。
と同時に、記憶喪失という嘘をついている事に対する罪悪感でズーン、と落ち込んでしまいそうになる。
ゴメンね、カレンさん……
小さい村だから回るのにはそれほど時間はかからなかったものの、やたら疲れる顔合わせがようやく終わった。
あの後も、ふんどし一丁でポージングしながら木を切る木こりさんに、「ふぇっふぇっふぇ……」としか喋らない薬師のお婆ちゃん。
「オレの後ろに立つな……」と言いながらこちらに背を向ける狩人さんなど、一癖どころか何癖あるんだよ! という変人のオンパレード。
この村でお世話になるという判断は誤りだったかもしれない……
でも、みんなすごく良い人達であることはすぐにわかった。
この村なら、きっと毎日が楽しいに違いない……疲れそうだけど。
家に帰ると、お留守番していたエステルがドロワーズ一丁でお昼寝をしていた。
上半身は裸だけど、なにぶんまだ胸も出ていないので色気どころじゃない。
流石にボクも疲れたようで、そんなエステルの横に座ると急に眠気が襲ってきた。
そのまま横になって、意識がブラックアウトする……
ゆっくりと閉じる瞼の下に、穏やかな笑みを浮かべてこちらを見るカレンさんの姿が、とても綺麗に見えた。