北へ行こうランララン
会談の予定日から数えて前日。
会談が行われる都市の近くの村までドラグーンで移動したボクたちは、王国の迎えの人達と合流し、のんびりとした馬車の旅を過ごしている。
この世界に来て、落ち着いた旅というものをしたことがないボクはつい馬車の窓から見える風景にはしゃいでしまったけれど、流石にただ平原が続く見慣れた光景に飽きて今は大人しく座っている。
どこに王国の人の耳があるか分からないため、馬車に乗り換えてからは一切会談に関しての話はしていない。
また、極力エルフの里についても情報を漏らしたくないため、必然的に口数も少なくなる。
そんなところに、御者のダミ声で淀んだ空気を払うような情報が告げられる。
「皆さま、お疲れの所失礼致します! 北の大都市、ノーザンにもうすぐ着きます!」
そんな飽き飽きとした馬車での旅は、ようやく終わりを告げられたのだった。
北の大都市、ノーザン。
王都の北、北方連合の国境と王都の丁度中間あたりに位置するその都市は、王国北部の商業の中心でもあり、王国の中でも有数の大都市に数えられる。
南にちょうど大森林との間を遮るような大山脈が存在し、王都からの交通の便はけしてよい物ではない。
それゆえに王国北部の流通が一度集中するため、大都市と呼ばれるほどになっている。
また北方連合に近いため外交の窓口としての役割も持っており、ある種独自の裁量で運営を行っている特殊な都市であるともいえる。
その王国有数の大都市でありながら、完全に王国に従属しているわけでもないという立ち位置から、今回の王国とエルフの里の会談の開催場所に選ばれた、という経緯である。
エルアリアさんから聞いていた情報を思い出しているうちに、ボクたちの乗った馬車はそのまま外壁を通り抜け、都市の中へと進んでいく。
「あれ、降りなくても良かったの?」
つい疑問をそのまま口に出してしまう。
「んんっ! ゴホン!」
「……エルアリア、私たちは馬車を降りなくて宜しかったのかしら?」
きれいな言葉遣いしてるだろ? ボクなんだぜ、それ。
……うん、一応箔をつけるということで、ボクは成人して数百年のハイエルフという事にされてしまった。
まぁ、実際にハイエルフならそれくらいは余裕で生きるのだろうけれど、実際の所ボクはまだ生まれて十数年の男の子だったわけで……。
正直、「私」とか「かしら」とか口にするたびにぞわぞわっとする。
あぁ、無理やり言葉遣いを矯正されるこの地獄の猛レッスン、もう思い出したくない……。
「ユーリ様、我々はエルフです。 市民が暴走して万が一でもあれば、それこそ会談は決裂ですからね。
基本的に会談以外の場で姿をさらすことはないようにします」
「……それでは、町を見て回るということは?」
「ありませんね。 今回は視察のスケジュールは組まれておりませんし。
良い機会ですので、大人しくしているのはいかがですか?」
エルアリアさんのその視線は、どうもボクが普段仕事を押し付けてフラフラしているのを責めているようだ。
といっても、本気で王になったつもりはないし、そもそもあれはエルアリアさんが進んでやっていたことである。
多分、今回のレッスンでボクを王に育て上げるという情熱が湧いてしまったのだろう。
「ハハッ、まぁ歩けば事件に巻き込まれるこのチビが大人しくしてるはずがないっての!」
「リリアナ殿、貴女も王に対する言葉遣いというものをですね……」
「あー、無理無理。 アタイのようなガサツな女にそんなの期待するもんじゃない。
大丈夫、ちゃんと黙って口を閉じてるからさ」
リリーはいつも通りだ。
でも、きちんとおめかしして言葉遣いを改めれば、どこかの令嬢に見えるくらいの美人だと思うんだけどな。
ところで、さっきからアリスが静かすぎる。
里を出発してから、どうも様子がおかしいようなんだけど……。
「アリス、先ほどから静かですが、何か気分でも悪くなったのかしら?」
ボクが声をかけると、アリスはボクの方を向くものの、どうも視線が泳いでいる。
怪しい。 普段無表情のアリスが明らかに動揺している。
……というか、アリスの反応ってもう明らかにAIの域超えてるよね。
「んんっ! 失礼。 マスター、私は何も問題ございません」
「本当かしら? 先ほどから、目が泳いでおりますわよ?」
ボクの言葉を聞いて、ギュルッ! と音がする勢いで首をひねったアリスは、横を向いて口鼻を手で覆った。
「否。 何も問題ございません」
アリスの口元を覆った手のひらから何か赤い物が見える。
あ、鼻血……?
どうやら本当に調子が悪いらしい。
といって、無理に問い詰めてもアリスは絶対に認めないはずだ。
ここは、何もなかったかのようにして少しでも休んでもらった方がいいだろう。
「……なら、よろしいですわ。 でも、無理はなさらないでね?」
「是。 ……反則です。 食べてしまいたい」
「何かおっしゃって?」
一瞬寒気がした。
もしかして、アリスの体調不良が移ったのだろうか?
これから本番なので、体調管理気を付けないと……。
「否。 ところでエルアリア様。 私はいつまでこの服装をしている必要があるのでしょうか?
防御性能に不安がありますし、近接戦闘の際に行動が阻害されてしまいます」
ハンカチで鼻血をふきながらアリスが言った。
というのも、アリスは普段の服装ではなく、メイド服を着ているのだ。
特にそのロングスカートが邪魔らしく、端をつまんで持ち上げている。
「アリス様、はしたないですよ。 ユーリ様の従者として同行しているのですから、我慢下さいませ」
何があるかわからないから当然アリスは着いてきてもらっているが、アリス自身はエルフではない。
リリーは護衛ということにしているが、その代り会談の会場までは同席出来ない。
なので、常にボクの身の回りの世話をする従者という身分としているのだ。
ちなみに、まだ一度も口を開いていないがイアンも同行している。
イアンは人間嫌いの為、すごく不機嫌そうな顔をしてむっつりとしている。
人間嫌いなのになぜここに、というと里でも腕が立つ方であるうえに、わざわざ自分からボクに同行すると言い出したらしい。
以前のサリーナとの痴話げんかの際間を取り持ったのをかなり恩に着ているようだ。
ちなみに、サリーナとは順調に交際を続けているらしい。
チッ、このリア充め!
そうこうしているうちに、どうやら馬車が目的地にたどり着いたようだ。
馬車のドアが開き、アリスに手を引かれて降りると目の前には立派な屋敷が現れていた
「明日からの会談に備え、本日はこちらの迎賓館にて過ごす予定です。
では、ユーリ様。 参りましょう」
「そうね。 エルアリア、案内を」
内心で緊張しながら、気圧される様子のないエルアリアさんに従って建物の中へ入っていく。
とはいえ、既にここは敵地の中。
いくら王都の比べ影響が少ないとはいえ、それでも王国の影響下にある都市である。
ボクは、こっそりと気合を入れ直して建物の中へと続いていった。
貴賓館はさすが各国の要人を迎える施設だけあって、その内装はずいぶんと豪勢なものだった。
玄関の吹き抜けにあるシャンデリアなんて、まだガラス製造技術が発達していないこの世界においてはとんでもなく貴重だろう。
これが日本だったら、税金の無駄遣いとかいって叩かれるところだな。
「ユーリ様、あのシャンデリアが気になりますか?
あれは、実はエルフの里で製造して納めたものでございますよ?」
「そうなの……。 王国と通商を行っていたのね」
「えぇ、塩など里では手に入りにくいですから。
といっても、ドラグーン関連の技術は一切流出させておりませんが」
里にいるドワーフたちの技術なら、あの精緻さも納得だろう。
なにしろあの連中、3日あればたいていのものを作ってしまうので。
「さて、本日のスケジュールですが、ご存知のとおり夜に歓迎の舞踏会が予定されております。
まだ少し時間がございますが、身支度の時間も必要でしょう。 部屋にてご準備を」
来たよ、とうとう。
実際、本番の会談よりこっちの方が不安でしょうがない。
とはいえ、逃げも隠れも出来ないのでここはひとつ気合を入れることにする。
「では、マスター。 早速お召し物をお脱ぎになってください。 夜会用のドレスに着替えます」
「ん、わかった。 んしょ……」
割り当てられたまるでスイートルームのような豪勢な部屋で落ち着く間もなく、舞踏会の準備に入った。
早速ボクは移動の時に来ていたドレスを脱ごうとする。
「否! マスター、私がお脱がせしますので!
それにマスター、言葉遣いは常に気をつけて下さい!」
「え……? 自分で出来るし。
それに、ここ誰もいないじゃん。 気持ち悪いでしょ、ボクが女言葉とか」
「否! 断じて否です! 今私はマスターの専属メイドなのです。
そしてマスターはエルフの王。 もはやここは敵地なのですよ?
決して気を抜かないよう」
アリスがやたら食いついてきた。
どうやら、メイドの役に成りきっているらしい。
まぁ、アリスのいう事にも一理あるし、ここは従っておくべきか。
「……わかりましたわ。 アリス、着替えを手伝いなさい」
「是。 失礼致します」
アリスがボクのドレスをゆっくりと脱がすと、次いでドロワーズにも手を伸ばす。
「んんっ! アリス、それは私が自分で……」
「否。 貴族というものは、こういった事はご自分でなさらないものです。
どうぞ私にお任せを」
「いえ、そうではなく。 恥ずかしいでしょう……?」
「否。 こちらの世界に来る際、マスターの身体を作り上げたのは私です。
隅から隅まであますところなく熟知しておりますので、今更恥ずかしがることはありません」
「それはそうかもしれないですけど……。 うう、わかりましたわ」
「では、失礼します」
ボクの許可を得て、生き生きとアリスがボクの下着を脱がせていく。
そして、あっというまに一糸纏わぬ姿にされてしまった。
ううむ、この身体になってもはや見慣れているし別に裸だからといってどうという事もないし、カレンさんやエステルとお風呂に入っていたから人に見られるのもどうということはないのだけれど。
どうもアリスに見られると思うと、気恥ずかしい感じがする。
フリフリのショーツとガーターベルト、コルセットを順に装着されていく。
ガーターベルトって、パンツより先につけるんだね。
知りたくもないトリビアがどんどん増えていっている気がする。
「うぐあぁ……! タップタップ、ちょ、アリスストップ! コルセットきつすぎ!」
「マスター、地が出ております。 もう少し我慢なさって下さい」
「無理です、胃が口から飛び出てきますわ!」
その後も、化粧だとかヘアメイクだとかで余裕があると思っていた時間は流れるように過ぎて。
ようやく準備が整った時にには、開始時間までそれほど余裕のない時間になっていた。
「マスター、よろしいですよ。 どうぞ鏡をご覧になって下さい」
「これが……私。 ずいぶんと化けましたわね」
「否。 元が宜しいのです。 お美しいですよ、マスター。 ……食べてしまいたいくらいに」
「ありがとう、アリス」
そんなアリスも大変だったのか、若干ハァハァと息切れをおこしている。
まだ体調不良が続いているのだろうか、あまり無理はさせないようにしないとな。
いずれにせよ、準備は整った。
今日はこれからが本番である。
「さて、それでは……いきますわよ、アリス!」
「是。 参りましょう、マスター」
気合を入れてボクたちは部屋を後にした。
舞踏会まで、あと少し。




