壊れかけのレディを
「ほら、ユーリ様! 背筋が曲がっています!
それに顎を引いて! ハイ、そこでターン!」
「ひゃいっ!」
今日も特設のレッスン場に怒声と泣き言が響いております。
本日もお日柄が良く、皆さまお健やかにお過ごしでしょうか?
ボクことユーリは、もう……ダメ……。
「エルアリアさん……無理無理無理!
ボクもうハイエルフやめる!」
「何をおっしゃるのですか。
ユーリ様が王でなくなれば、この里がどうなるとお思いですか!
ユーリ様にはハイエルフとして、王として今回の会談で立派な淑女としてデビューを飾る必要があるのですよ!」
「だーかーらー、ボクは王様になるなんて一言も言ってないし!」
リリーさんのもたらした、王都からの会談要請の一報から早くも1週間。
ボクは今、エルアリアさんのスパルタ教育による淑女マナーの勉強をしていた。
ボクはてっきり一報を受けてすぐ会談に向かうのかと思っていたのだけれど、実際には2週も先に予定が組まれていた。
国対国の会談ということでそんなに簡単に行われるものではないのだろう。
そして、予定の目算が大きく異なっていたのと同様、ボク自身の扱いについても甘く見すぎていたようだ。
こういった会談の場合、ただ話し合って終わりではなく連日パーティが開催されたり、視察という観光まがいのイベントがあったりが普通なのだそうだ。
我らがエルフの里は正式な国家とは見られておらず、一応王国領の一つという扱いらしいので多少規模は押さえられているものの、それでもパーティなどは予定が組まれているそうだ。
そこで問題となるのがボク。
なにしろ、一介の学生であり、かつ性別すら異なっていたボクが淑女マナーを諳んじているはずもなく。
エルフの里としては王という扱いであり、かつご指名であることから欠席をするわけにもいかず。
つまり、エルフの里を代表する者として最低限のマナーを身に着けて場に臨む必要がある、というわけだ。
そういうわけで、残された短い時間の中、ボクはエルアリアさんに寝る間を惜しんでマナーを教育されることとなり、冒頭の状態となっていたわけである。
「何をボーっとしているのですか! 会談までもう1週しかないのですよ!
会食のマナーから男性のあしらい方まで、まだまだお教えすることがあるのです!
さあさ、もう一回最初から行きますよ!」
「うう……アリスぅ、へるぷみー……」
ボクは潤んだ瞳でアリスに向かって上目遣いをする。
捨てられた子犬のようなこの目を見れば、アリスがきっと助けてくれるに違いない!
「っ……! ~~~! んんっ。
マスター、私は少々用事を思い出しました。
しっかりとお勉強なさってくださいませ」
あ、顔を背けて逃げた!
クソッ、アリスのはくじょーものめっ!
「……よろしいでしょう。 今日はここまでということで。
明日は朝からテーブルマナーを覚えて頂きますので、しっかりとお休み下さい」
「ふぁい……」
「返事はハイです!」
「ハイ! イエスマム!」
やれやれ、とため息をつきながら頭を振るエルアリアさんを横目に、ボクは解放とともに訪れた疲れでその場にへたり込みそうになる。
とはいえ、ここでぐだってしまうとまたエルアリアさんのお小言が飛んでくるので、姿勢を正したままそっと退出しようとしてふと声をかける。
「そういえば、今回の会談の主旨って何か分かりました?」
「いえ。 なにぶんエルフは目立ちますので諜報もうまくはいかず……。
現地に留まっておられるコルネリオ殿がギルド経由で動かれていますが、特に新しい情報はないとの事です」
「まぁ、会談自体が公式なものではないようですしね。
……ボクを指名している以上、騎士団絡みの話が出るのは間違いないと思いますけど」
実際僻地のココルネ村で暮らしていたボクと国との接点は、あの一連の事件くらいしかないはずである。
果たして、国として謝罪をするつもりなのか、あるいは……。
「そうですね。 しかしエルフの王族を奴隷としようとしていたなど、正直な所かなり交渉材料としては大きいです。
それに、王国としては対帝国として我らの技術、そしてユーリ様の戦力は何をおいても確保したいところでしょうし」
「その辺りをどう使うかはお任せしますよ。 ボクはまぁ、置物みたいなものということで。
……ただ、出来れば奴隷にされているエルフの人たちの安全を第一に考えてほしいですけど」
以前、イアンがボクに心の内をぶちまけた時の事を思い出す。
きっと、この里にはもっとたくさんの、同じ気持ちを抱えた人たちがいるのだろう。
ボクたち家族が助けて貰った恩もあるし、そういった人たちを救えるのならばこうしてスパルタで淑女マナーを叩きこまれる程度、いくらでも耐えられるってものだ。
「もちろんです。 それに以前からずっと要求している事ですからね。
まぁ、その辺りの交渉はお任せ下さい。
この婆、伊達に数百年の間に渡りユーリ様のお留守をお預かりしていたわけではありません。
そして、これまでと違いユーリ様という大きな交渉材料がございます。
えぇ、もはや我が同胞をこのままにさせたりはしませんとも!」
何気ないようにニッコリと笑ったエルアリアさんの表情を見て、何故か背筋が寒くなる。
20代のお姉さんにすら見えるこの人は、こう見えてボクの20倍以上も長く生きているのだ。
……明日からのマナー講習は、もう少し素直に受けるとしよう。
部屋に戻って休む前に、ドラグーンの整備を行っているグレアムさんの様子を覗いてみる事にした。
城を出て格納庫代わりに利用している広場へと向かうと、カンカンという金槌の音が聞こえてくる。
そろそろ日が暮れる所だけれど、まだグレアムさんは作業を続けているようだ。
「グレアムさん、整備の調子はどう?」
「おう、ユーリか。 あの婆のシゴキは終わったのか?
こっちの方は一応順調ってところじゃ。 だが、やはりお前さんが動けんと進まん部分がある。
早いとここっちを手伝ってくれると助かるんだがな?」
グレアムさんの目の前には装甲が剥がされて内部が露わとなった、飛行機の成れの果てのようなものが鎮座している。
この里の中心、世界樹の根元で眠っている乱華のドラグーンであるナイトメア。
その前身であるヴァルキリー系列の可変型ドラグーン、イベント配布されたヴァンパイアという機体である。
いざという時に備えてスパルタ教育の合間を縫って死蔵されていたドラグーンの整備を進めているものの、今の所王国との会談までに間に合いそうなのはこの1体だけである。
さすがに一からパーツをクラフトしてドラグーンを蘇らせるには、手持ちの資材では限界があったからだ。
といって素材集めをする時間もなく、取り急ぎ元々稼働出来ていたカランコエとフリティラリア、それにこのヴァンパイアの3台をオーバーホールするのが限界と見ている。
「正直時間を取る余裕はなさそうですね。
必要なパーツをリストアップしてアリスに伝えておいて貰えれば、なんとか作っておきますけど……」
「まぁ、そうじゃろうな。
どっちにしろ、コイツは並のドラグーンとは扱いが全然異なる。
まともに扱えるのは今の所お前さんくらいだろうし、慌てて調整してもしょうがないかもしれん」
まぁ、この世界に可変機なんて中々ないだろうし。
エステルなら練習すれば動かせてしまいそうだけれど……。
将来的にはともかく、今は自衛以外の戦いに巻き込むつもりはない。
「アリスを手伝いに回しますので、一応コイツまでは整備を終わらせましょう。
会談後どう転ぶかわかったもんじゃないですから、一機でも戦力は確保しておきたい」
「お前さんもずいぶんと運命の女神とやらに好かれとるようじゃしの。
なにせ、お前さんが里に来てからオークだ古竜だ、あげく王国だと大騒ぎじゃわい。
ここ数百年、たまにエルフの若いもんが人間に浚われる以外の問題はなかったのにのぅ」
「ボクだって好き好んで事件に巻き込まれてるわけじゃないですよ」
それは言われなくても自分自身で思っているところである。
なにせ、この世界に来てからというもの次から次へと大事件に巻き込まれているのだ。
なにかこう、呪われているとしか思えない。
「わかっとるわい!
じゃがな、王国との会談もすんなり終わるとはどうしても思えん。
こっちはやる事やっておいてやるから、お前さんも心構えをしておくんじゃぞ?」
「ご忠告、どうも。
……ホントに、何も起きない事を祈っているんですけどね」
フレームばかりのヴァンパイアから目を離し、空を見上げる。
ここに来たとき暮れかけていた空は既に日が落ち、星々が瞬き始めていた。
王国との会談まで後1週間。
果たしてその後も、このように落ち着いて空を見上げる時間が持てているだろうか?
……言いようのない不安と胸騒ぎが、どうしてもボクの胸から消えてはくれなかった。
結構機体が増えてどれがどれかわからなくなりそうなので一旦まとめておきます。
ユーリ:搭乗機セラサス・イェドエンシス
リリー(リリアナ):搭乗機ゲゼル⇒アシュケロン
コリー(コルネリオ):搭乗機セイメイ
サリーナ:搭乗機カランコエ ※ただし操縦できず
リタ:搭乗機フリティラリア
シュタイクバウアー:搭乗機カタフラクト(指揮官機)(レッドハース)⇒?
ベルファウス:搭乗機アロミリナ(隊長機)
少年:搭乗機?
乱華:搭乗機ナイトメア
1章章末に入れた設定資料集も設定変更したものとか残ってたりするので、どこかで手を入れて情報追記するようにします……




