地球は青かった
「カレンさん、エステルちゃん。 心配かけてごめんね?」
笑顔を浮かべて、まずは挨拶から。
あれからボクは眠らずずっと考えた。
考えた結果……開き直った。
頭の中に浮かんだのだ。 あの名言を真似た声が。
「逆に考えるんだ、ハードモードになってもいいや、そう考えるんだ」
考えてみたら、正しくその通りだった。
この村に無事辿りつけた時点で基本的には食べ物に困る心配はないし、カレンさんの話を聞く限り村に居る限りはそれほど危険な事もない。
独りで森をさまよっていた時とは違うのだ、別にボクが命を賭けて戦う必要は全くなかった。
魔法に関しても慌てる必要なんてない。
少なくとも、1年に一回はその年10才になった子の魔法の才能を確認するためにこの村にだって魔術師がやってくるはず。
その時に、10才の子と一緒に確認してもらって、可能なら教えてもらえばいいのだ。
エルフという種族だけあって、さすがに才能なしということはないだろうし。
仮に次に来るのが1年後だとして、別にあせる必要はない。
この身体が本当にエルフならば、むしろ1年なんて一生のうちのほんの一瞬でしかないのだから。
つまり、チートがなかろうが、ハードモードだろうが、全く関係ない。 戦わなければいいだけだ。
気にかかるのはセラサス……ボクのドラグーンの事くらいだ。
まぁそれも、動かせるようになるのが数年後に伸びただけで、楽しみを後に取っておくと思えば我慢できないこともない。 きっと、多分。
まぁ、ずっとカレンさんのお世話になっているわけにもいかないのでその辺りはおいおい考えるとして、今はそれどころじゃない。
別の、もっと重要な、自分の尊厳にかかわる大問題が発生してしまった。
我慢の限界が近づいたボクは、笑顔を崩し脂汗を浮かべながら叫んでしまった……
「ごめん、トイレどこ!?」
「ユーリお姉ちゃん、お顔真っ赤だよ?」
「えっ!? あ、そ、ソウカナー?」
お花摘みを終えたボクは、さっきまで深刻に悩んでいたのが嘘のように、もうどうにでもな~れ♪ 的な投げやりな気持ちになっていた。
生理的欲求には勝てなかったよ!
ゲームの中ではともかく、リアルに性別変わるとこんな苦労をすることになるとは思っても見なかった。
ほら、アレですよ。 トイレをするには、下着を脱がないといけない。 いいね?
慣れない身体で初めてするんだから、ちゃんと出来ているか確認する必要がある。 これもいいね?
そうすると、下着を履いていないあの場所がどうしても目に入ってしまうのだ。 これ以上いけない。
次の機会があったら、イケメンマッチョなアバターにすることを心に刻みながら、手を洗う。
「それで、出来ればこの村にしばらく住みたいんですけど……」
「んー、それは私では判断できないわね……」
お昼ごはんの後、早速ボクはカレンさんに今後の事を相談してみた。
当然、快諾を貰えない可能性は考えていたが、やはりちょっとショックは隠しきれない。
見た目若いとはいえエルフ、実年齢がいくつかも判らない上素性も怪しく、記憶喪失と言って自分の事は語らない妖しい人物。
正直自分がカレンさんの立場だったらごめんなさいするところだろう。
ときどきカレンさんがこちらを探るような目をしていたのも、ボクの人物像を計っていたのだと思う。
といって、ボクの出せる交渉材料なんてものは殆どないので、最悪、魔術師が来るまでの間村長さんの家で住み込みの召使とか、どこかのお店で丁稚奉公とか考えていたのだけれど……
「なので、これから村長さんの家に行って許可貰いましょ!
さー、今日は大忙しよ! 夜までにユーリちゃんのお部屋作らないとね!」
カレンさんの中では、もうこの家にボクが住む事が決まっていたらしい。
話を持ちかけておいてなんだけど、あまりの事にこちらの方が戸惑ってしまう。
ただでさえ危ない所を救ってもらって、数日に渡って看病までして貰ったのにさらにこれからお世話になるとか……さすがにそこまで図々しくはなれない。
「ちょ、ちょっと! ダメですよ!? その、ボクお金ないし、働くにも非力だし……」
「そのお金のない、非力なユーリちゃんは、うちを出てどうやって暮らしていくの?」
「ぐっ……」
痛い所を突かれる。
しょうがないのでさっきの交渉プランを口に出してみたものの。
「召使? 丁稚奉公? 難しい言葉知ってるのねー。
でもダメダメ。 村長さんの息子さん、ロリコンだからユーリちゃんの身が危ないし、この村に丁稚奉公できるような規模のお店なんてないもの」
くっ、やりおる……。
結局、他の手段がないか頭を捻って考えていたところで、
「ユーリお姉ちゃん、おうち出て行っちゃうの?」
エステルのウルウル上目遣いという凶悪な攻撃にやられ、結局カレンさんの家でお世話になることがなし崩し的に決まってしまった。
「わかりました。 ……ご迷惑をおかけしますが、お世話になります」
あの後、早速村長さん宅へ行き事情説明をすると「かまへん、かまへん」と即効で許可をもらえてしまった。
……それでいいのか、村長?
村の案内と顔合わせは翌日として、カレンさんの家へ戻ると空き部屋を掃除を始めた。
このような村にあるにしては大きいこの家には、なぜか普段使っていないような部屋がいくつかありそのうちの一つを割り当ててもらったのだ。
ハタキを貸してもらって埃を落としていると、「ユーリちゃん、ちょっとー」とカレンさんの呼ぶ声が聞こえた。
声のするほう、エステルの部屋に向かうと、どこから出したのか、というくらい沢山の洋服が待ち構えていた……。
「あー、成長期のエステル用に少し大きめの服用意しておいてよかったわ。 これなら、ユーリちゃんにピッタリね!」
前に行商人が来た時に購入しておいたらしい、エステルの服を差し出される。
その麻の白いワンピースは、今来ている合成繊維の服とは違う少し固い手触りで、だけどとても可愛らしいデザインで鏡に映ったボクの姿にピッタリ合っていた。
「後は、下着も変えないとね! はいこれ」
渡されたのは、真っ白なかぼちゃパンツ……いや、ドロワーズっていうのか、これ。
まぁ、ある意味助かったけどね!
今履いてるような紐パンだと流石に気恥ずかしいけれど、これはそんなに露出がないから大丈夫、うん。
「もう掃除は終わった?」
「はい、大体は大丈夫だと思います。 後はベッドだけです」
「ん。 なら、シーツは代えておいてあげるから、お風呂入っちゃいなさい」
と、ドロワーズを押し付けられる。
カレンさんはエステルを呼ぶと、エステルにも洗濯済みのドロワーズを渡して、お風呂に行くように声をかける。
微笑ましくそれを見ていると、エステルがボクの服のすそをつまんでチョイチョイと引っ張ってくる。
……ふぁっ!?
ま、まさかエステルと一緒にお風呂に入れ、と……?
そのまさかでした。
「んー!」
エステルがワンピースを脱ごうと四苦八苦している。
幼いその様子には流石に下心も沸かず、バンザイをさせて服を脱がせてあげる。
ん、相手は子供、相手は子供……
幸いなことに、鏡はなかったので出来るだけ下をみないように自分も服を脱ぐ。
そして、そのままお風呂場へ……
「ユーリお姉ちゃん、洗いっこしよ!」
……なんですと?
ワシャワシャ……
どうやら服と違って日用品は現代日本とそれほど変わらないようだ。
こちらの世界にも石鹸が存在している事に少し懐かしさを感じた。
残念ながらシャンプーやリンスはないけれど、高級品として存在しているのだろうか?
エステルは目に泡が入らないようギュッと目を瞑っている。
その可愛らしい仕草に思わず笑みをこぼすと、手桶にためたお湯を頭からザバーッとかけてあげる。
プルプルプル!
猫みたいに頭を振って水気を飛ばしたエステルが、今度はボクの身体を洗ってくれるらしい。
えっと、その、慣れていないので優しくしてください。
「ユーリお姉ちゃん、お耳長いねー!」
エルフと言えば長耳だけれど、エタドラではロバの耳みたいに長くとがった耳が横に突き出ているタイプが採用されている。
あれだ、有名な呪われた島の金髪ハイエルフみたいな感じの。
実際音が良く聞こえるかというと、案外そうでもないみたいだけど。
と、自分と違った耳に興味しんしんだったエステルがさわさわと耳を撫でた。
「~~~っ!」
ぞわわわっ! となんとも形容しがたい感触が背筋を上ってきた。
こ、これはヤバい!
「す、ストップ! エステルちゃん、耳はダメ!」
「えー」
どうやら、エルフにとって耳は弱点だったようだ……。