おっとり操作
「アリス! 機能停止は回復してるか!」
『是! いつでもいけます!』
なぜここにシュタイクバウアーがいるのか、何をしようとしているのか。
そんなことはどうでもいい!
あの時はセラサスが……ボクが完全ではなかったから取り逃がしたけれど、今は違う。
左腕を失ってはいるが、今のセラサスなら全力を出す事が出来る!
ならば……今度こそ、逃がしはしない!
「フルブースト! 一気に片をつける!」
ボクは全力でフットレバーを踏み込み、最大の出力で目的地へと迫る。
モニターに次第に赤い点が生まれ、次第に人の形をした影へと変化し大きくなっていく。
『マスター、気付かれたようです。
レッドハース、転身して帝国方面へと逃走を開始』
「絶対に逃がすな! 奴の速度は!?」
『概算ですが、こちらの推力が1.5倍から2倍。
このままのペースであれば、遅くとも30秒でエンゲージ』
充分だ。
帝国に逃げきるにはかなりの余裕を残して接敵することになる。
次第にモニターに映る赤い影の形がはっきりとしてくる。
たったの数十秒が何分にも感じられた。
そして、やがて逃げ切れないと悟ったのか、遂にレッドハースは撤退を中止しセラサスに向き合った。
以前村でやり合った時に失った脚部は当然ながら復元されており、以前に見たよりも禍々しい意匠が凝らされている。
かなりの硬度を持っていたクローは通常のマニピュレーターに換装されているが、甲の部分から以前のクローの倍以上の長さとなった刃が折り畳まれている。
恐らくはあれを展開して近接戦闘を行うのだろう。
外見の変化に伴って、内部のスペックも改良されているかもしれない。
……だが、全力で戦えるセラサスの敵になるはずがない!
「覚悟を決めたようだね。 ここで決着をつけさせてもらう!」
レッドハースの肩から覗く魔術兵装の砲口が緑色の光を放ち、魔法が放たれる。
「風属性……風刃か!
だけど、そんな見え見えの魔法が通ると思うな!」
セラサスの左手を前方に差し出し、風刃の到達を待ち構える。
不可視の刃がその手を切り裂こうとした瞬間、ボクはキーボードに指を走らせて待機させていたコマンドを実行した。
「スキル発動! カウンター!」
左手に触れるや否やというギリギリのタイミングを見計らって発動されたカウンタースキル。
その発動によって、風刃を構成していた魔力が分解され緑色の光の粒子へと姿を変えた。
そして、右手に握っていた銃の銃口へ吸い込まれていく。
「お返しするよ、食らっとけ!」
すかさず右手を前に出し、レッドハースに向けてトリガー。
レッドハースが放つ直前の数倍にもなる大きさの魔力光が輝き、そして弾けるようにして消えた。
だが、不発ではない。
目に見えない複数の不可視の斬撃が、その銃口から放たれたのだ。
レッドハースがセラサスの動きに気付き、慌てて射線から逃れようと魔力放出型飛翔翼をブーストする。
……だが。
「遅い」
激しい金属音が響き、突如として赤い機体の右手と左足、それに装甲の一部が失われる。
カウンターで威力と数を倍増した不可視の斬撃が、レッドハースを切り裂いたのだ。
「……弱い。 こんなにも弱い奴に村の皆は殺されたっていうのか!
ふざけるな! お前はもっと強かったはずだろう!」
『マスター、戦闘中です。 落ち着いて下さい。
冷静さを失えば足元をすくわれかねません』
「クァクァ!」
「……ごめん」
アリスの言うとおりだ。
こんな冷静さを欠いた状態で命を賭けた戦いに望むなんて、敵を侮るにも程がある。
深呼吸をして怒り狂った内心をどうにか落ち着かせ、しっかりとモニターに写るレッドハースの姿を捉える。
片手片足を失ったとはいえ、こちらのセラサスも片手を失っている。
それに、空中戦を行う限りでは片足の欠落も致命的なダメージにはなり得ない。
つまり、今だお互い条件は一緒ということだ。
……だが。
無言で銃を構え、赤いドラグーンに向かって3点バースト。
レッドハースもその動きには対応し、魔術兵装を起動して防御魔法を展開する。
そして……。
「は?」
予想外の状況に、ボクはつい声を上げてしまった。
その防御魔法は何の効力すら発揮せず、放たれた銃弾が左肩の装甲と魔術兵装を貫き、完全に破壊した。
無論、銃から放った銃弾は威力はあるものの、ただの物理攻撃だ。
そのような魔法による防壁を貫く程の貫通効果があるはずもない。
ならば、なぜ……と思ったところで、気付く。
「アリス、今の魔法陣……」
『是。 魔法防御専用の陣と推測します。
物理攻撃に対しては、効果は完全に無効化されます』
セラサスも同様の魔法を自動展開するための魔術兵装を両肩に内蔵している。
それは、片方が物理、片方が魔法に対する防御を展開するために対となっているのだ。
無論、ただの予測の誤りということもある。
だが、あの村でボクと相対したとき。
シュタイクバウアーは高い魔法防御を持つボクを貫くために銃による物理攻撃を行ったのだ。
……正に、今のボクと同じように。
「……おかしい。 奴が、シュタイクバウアーがそんなミスを犯すはずがない」
ボクは警戒をしつつも、装備を腰の禍風に変更して距離を詰めて切りかかる。
だが、やはりレッドハースの動きは鈍い。
レッドハースは慌てて残された腕のブレードを展開しようとするも、その途中で黒い刃が振るわれ、展開途中の左手が空へと切り飛ばされる。
そのまま返す刀で横なぎに振るわれた一撃は頭部を跳ね飛ばし、三角形を描くように切り下ろされた一撃が右足を切り飛ばす。
「アリス、短距離転移される恐れがある。
魔力反応に注意して」
『是』
ボクは達磨となったレッドハースを蹴り飛ばし、地面に叩きつけるとその後を追って地上へと降り立った。
もはや身動きすらしないレッドハースを踏みつけると、その様子を伺う。
「……」
そして、黒い刃でコクピット周辺の装甲を切りつけ、浅く刀の切っ先をその装甲の中心に突き刺すとゆっくりと持ち上げる……。
「これ、は……」
『マスター、どうやら我々は嵌められたようです。
恐らく、奴の目的は……地帝竜』
モニターが明滅し、所々で火花を散らすそのコクピット。
そこには、憎きシュタイクバウアーの姿はなく……。
意識を失い、隷属の首輪をつけられた少女の姿があった。
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時は少しだけ遡る。
桃色のドラグーン、セラサスが仇を追って飛び去った後、静けさを取り戻した森に異質な機体が現れた。
「どうやら、うまく引っ掛かってくれたようですねぇ」
唐突に現れたその機体。
どうやら急場凌ぎで塗装されたのだろう、後述する装備から覗き見える各所は所々地の色が見え隠れしている。
そして、その機体は一切の武器を装備していない。
その代わりに、その巨大な人型機械は明らかに異質な姿をしていた。
光沢があり裾が長く全身を覆う形をした、ポンチョと帽子を装備していたのだ。
「遺跡から発掘されたこの魔術兵装、なかなか良い感じですねぇ。
これで使用制限有りの使い捨てでなければ面白かったのですがねぇ」
エタドラにおける課金アイテム、ステルスポンチョ。
一切の戦闘用装備が出来なくなる代わりに、完全なステルス機能を1時間だけ使えるようになるアイテムである。
エタドラにおいては、勢力間PVPにおいて斥候役が良く利用していたアイテムだ。
残念ながら武器が装備できないため奇襲に用いる事は出来ないが、敵地での潜入偵察など用途は幅広い。
無論、現在このようなものを手に入れるには遺跡からの発掘を待つしかなく、また貴重な消耗品である上利用者が限られることから、その入手難度は非常に高く値段がつけられないほどである。
貴重なそれを利用して、さらには自分の愛機を囮にして。
シュタイクバウアーは、今この地に立っていた。
「……しかし、想定していたとはいえ、地帝竜がああもあっさりと倒されるとは。
王国を荒らすだけ荒らして、あのエルフと共倒れをしてくれればいいものを。
まぁ、その代わりに賢者殿のご要望は叶えられそうだがねぇ」
独り言を言いながら、シュタイクバウアーの操る機体は地帝竜の亡骸に近づき、やがてその身体に残された傷跡に手を突き入れて何かを探り出す。
「これが古竜の魔石……。
見事なものだ。 これほどの物であれば、色々と機体の強化が出来るだろうに。
……これが、賢者殿の玩具になると思うと、惜しく感じてしまうところなんだがねぇ」
ステルスポンチョを使用するため、残念ながらこの機体は剥ぎ取りをするためのナイフすら装備する事ができない。
いざとなれば機体を降りて魔法で肉を掻き分けることすら考えていたものの、こうして無事魔石を取り出せたのは僥倖である。
ついでとばかり、辺りに散らばっている鱗を拾い集めるうち、モニターの端に白いものが写る。
「……これはいい土産ができたものだ。
ついでに、貰えるものは貰っていくとしようかねぇ」
手にしていた鱗を捨て、その機体は白いもの……魔力を失い白い色となった、セラサスの左腕を拾い上げ脇に抱える。
さらには、空いた右腕で巨大な地帝竜の頭部を掴み、引き摺りあげる。
「さて、それではお暇するとしましょうかねぇ。
……エルフの少女よ、次に会う時はきちんと決着をつけようじゃないか。
賢者殿の実験がうまく行けば、お友達に会えるかもしれないしねぇ……」
戦利品を引き摺りながら、シュタイクバウアーは森へと消えていく。
やがて、森は再び静寂を取り戻した。
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気付かれる事なく暗躍し、その目的を果たしたシュタイクバウアー。
彼の行動は、後にこの世界を大きく揺るがす転機の切欠となる。
ユーリたちがその大きな流れに巻き込まれるまで。
残された時間は、少ない。




