新しい家族
「ごめんなさい! 混沌竜と同じ古竜だから、知性もなく襲い掛かってくるものとばっかり!」
『マスター、やってしまいましたね。
通り魔的犯行につき、自首することをお勧めします』
「なっ!? アリス、裏切るの!?
アリスだって平和的解決なんて一言も口にしなかったじゃん!」
『否。 私はマスターのモノです。 マスターのご命令には逆らえませんので』
「こういう時ばっかりボクのモノ宣言するのはズルい!」
と、脳裏に頭痛がするほどの笑い声が響く。
《グァハハハ! 面白い、お主ら面白いぞ! 殺した相手の前で戯れを始めるとは、なんとも面の皮の厚い事よ!》
「あ……その、本当に済みません……」
『場を弁えるべきでした。 大変失礼致しました。
マスターは後で私が再教育致しますので、私に免じてここはひとつ』
「アリス!」
再び脳裏に笑い声が響く。
本当に響いて頭痛してきたんで抑えてほしい。
《グァハハハ! よい、小さき者など餌としか見ておらぬのは事実よ。
我を殺した主らだからこそ、このように会話をする気になったのだ。
それに、元々こちらも小さき者を食い殺し糧とするつもりよ。
もぬけの殻であったがいくつか集落も踏み潰し、我もいくらかは喰らった。
故に我を殺したとて気にすることはない、楽しい戦いであったしな》
「こっちは必死だったけどね……」
正直、この世界でセラサスがあそこまで追い込まれたのは初めてだ。
一歩間違えたら死んでいたのはこちらだった。
今はまだ戦闘の余韻のおかげで大丈夫だけれど、ボクの性格上後になって怖くなるのは間違いないだろう。
《ところで、先ほど混沌竜の名が出たが。
あ奴も封印から解かれておるのか?》
「この世界では数百年前になるみたいだけど、一度復活して再封印されたよ。
混沌竜の方はこんな風に会話する事なくただ暴れただけだったけど」
《なるほど、お主ハイエルフか。 混沌竜とも会ったようだな。
そうか。 あ奴は封印される以前より狂気に蝕まれておったからな……》
地帝竜が懐かしむように少し目を細めた。
《……あ奴は、強かったか?》
「……うん。 頭おかしいくらいに。
ボクのいた国を犠牲にして最高の仲間と一緒に戦って、ようやく倒せたくらいだ」
《そうか……。 あ奴を倒した者に倒されるとは、これも運命やもしれぬな。
……さて、そろそろ残った魔力も尽きるようだ》
どうやら、心臓は止まったものの残存魔力で意識をとどめていたようだ。
言われてみると、先ほどより周囲の魔力がずいぶん減ったように感じる。
《我を倒したお主がハイエルフというのも出来すぎておるようだが……。
まぁよい。 我を殺した罪滅ぼしと言っては何だが、一つ頼まれてくれるか?》
「……まぁ、結果正しかったとはいえこちらにも非があったようだしね。
ボクに聞けることなら、出来るだけ聞いてあげてもいいよ」
《グァハハハ! 甘い、飛びぬけて強い癖に甘すぎるな、お主。
先手必勝、生きていた方が勝ちだろうに》
「……つい先日も同じようなお叱りを受けたような気がするよ」
平和な日本で暮らしていたボクの考え方はこの世界では甘すぎる。
それはコボルトの村長さんにも指摘されたし、自分でも理解しているつもりではあるのだけれど。
そう簡単に生き方を変える事ができないのもまた事実だろう。
《まぁよい。 主のような者が甘さ故に苦しみながら生きるのを見るのも面白い。
さて、頼みなのだがな。 我の分身を連れて行って欲しいのだ》
「分身?」
やはり古竜種は共通の能力として分身を生み出せるのだろうか。
地帝竜がもう一匹でも分身を生んで1対2の戦いだったらと思うと、改めて恐怖を感じる。
《そうだ。 実の所、我自身も本体の分身に過ぎぬ。
我の目的はこの世界を見て周り、見て感じたものを本体に伝える事だ。
お主らを襲おうとしたのも、お主らを喰らって魔力を蓄えようと思ったからでな。
だが、どうせ見るなら面白いものを近くで見る方が楽しかろう?》
「その、さすがにその巨体で着いてこられても困るんだけど」
《グァハハハ! 死に体の我が生み出せるのは何の力もないただの子竜程度よ。
どれ、今生み出してみせようぞ……》
地帝竜の口がかすかに開き、淡い光が漏れる。
その光がボクの目の前に集まって、やがて形を成した。
「クアァァ!」
子犬程度の大きさの子竜がそこにいた。
つぶらな瞳。
ずんぐりむっくりとした、デフォルメされたような茶色い身体。
背中に申し訳程度に生えた小さな翼はパタパタと羽ばたき、よたよたとそのずんぐりとした身体を宙で支えている。
前足に僅かに生えた小石のような鱗が、地帝竜の分身である事を示していた。
「なにこれカワイイ」
《気に……いったか。 それを連れ……世界を……見せてやってくれ。
我の本体は……封印され、虚無の中に……いる。
本体は……我を通じて世界を……、生を感じようとしたが……。
それが……我が使命を……継ぐだろう……。
出来ることならば……お主の永遠の旅を……共に……》
「っ! おい、どうしたんだよ!」
《なに……残された力を……全てそれに渡しただけのこと……。
そろそろ……限界だな……》
「地帝竜……」
《我が真名は……レア―……その名で、呼べ……》
「……レア―。 この子竜は確かに預かるよ。
ボクの家族と一緒に、共に生きると約束する」
《……感謝する》
地帝竜……レア―の瞳が次第に濁っていく。
全てをボクに、この小さい子竜に託してレア―はこの世界から去るのだ。
真っ白になった瞳がゆっくりと閉じていく。
そして、ボクは最後とばかりに力強く響き渡る、レア―の最後の言葉を聞いた。
《誇るがいい、竜を駆り竜を狩る者よ!
汝は、世界の維持者たる我を超えたのだ!》
完全に瞳を閉じたレア―は、それを最後に完全に停止した。
ボクは目を閉じ、黙とうをして彼を送る。
「クアァ……」
「そうだ、キミに名前を付けてあげないといけないね」
少し寂しげに鳴き声を上げた子竜を抱きしめ、そっと頭を撫でてやる。
「レア―の分身、子供か……アリス、レア―って神様がいなかったっけ?」
『是。 レア―はギリシャ神話における大地母神、ゼウスの母ですね』
「そうだった。 なら、大地を司る竜であるキミは、レア―の子から名前を貰ってデメテルだ。
キミの名前はデメテル。 それでいい?」
「クァ!」
どうやらその名前を気に入ったらしい。
子竜……デメテルは尻尾をフリフリしながら、ボクの周りを飛び回った。
こうして、ボクの家族に新しい一人(一匹)が加わった。
エステルもこの可愛らしい弟(妹?)の誕生を喜んでくれるだろうか?
「さて、こうなるとレア―の亡骸から素材を剥ぐのは若干気が引けるけれど……」
「クァ?」
なにがわるいの? とばかりにデメテルが首をかしげる。
どうやら念話は出来ないようだが、こちらの言葉は理解しているようだ。
『先ほどの言葉から推測する限り、レア―様は特に気にされないでしょう。
むしろ、自分を打ち倒した褒賞として是非持って行け、と言われそうです』
「クァクァ!」
デメテルがコクコクと頷く。
どうやら、持って行っていいらしい。
「そっか。 なら、遠慮なく使わせてもらおう。
でも、レア―の魔石はボクが使わせてもらおう。
それだけは、他の人に使わせたら怒られそうだ」
「クァ!」
……うーん、デメテルの見た目はこうだけど、中身は先ほどまでのレア―そのものなんじゃないだろうか。
なんとなくすごく古風な物言いで返事されているような気がしないでもない。
「さて、それじゃアリス。 魔石の位置の特定を……」
『マスター! 前方5キロ地点にドラグーンの魔力反応!
この魔力パターンは……識別名レッドハース! 村を襲った帝国機です!』
「っ……!? レッドハース……シュタイクバウアーか!」
あの日ボクを狙って村を襲った帝国の近衛。
ミランダさんを、狩人さんを、木こりさんを殺した赤いドラグーン。
奴が、再びボクの前に現れたというのか!




