通り魔殺竜事件
戦いを終えて、ボクはコクピットの背もたれに体重を任せ力を抜いた。
「……今回はヤバかった。 アリス、おつかれ……」
『マスターこそお疲れ様でした。
セラサスのダメージは深刻ですが、致命的ではありません。
上々の結果だと判断致します』
考えてみればこの世界に来て初めてセラサスが修理を要する程のダメージを負った事になる。
幸いにして資材や流体魔素繊維調達の目途が立っているからよかったものの、エルフの里に来ていなければどうなっていたことか。
里に戻って一休みしたら、早速セラサスの修理をしてやらないと。
それに……地帝竜の素材で強化が出来るかもしれない。
『マスター、雪露から通信。 回線開きます』
「りょーかい。 ……雪露聞こえる? こっちは無事だよ」
通信中のアイコンが点滅し始めたのを確認して、声をかける。
すると、正面のメインモニターにウィンドウが開き、通信先の相手が映し出された。
『ユーリちゃん? 良かった、上手くいったみたいね?
ほら二人とも、キョロキョロしないの! ユーリちゃんが見てるわよ?』
『え、え? な、なんですかこれ?』
『お姉ちゃん! 大丈夫? けがしてない?』
映し出されたのはサリーナとエステル。
里近くに待機させた元乱華のドラグーン、緑色の重装甲を持つカランコエのコクピットに二人は居た。
今回の戦いにあたり、ボクは事前に雪露のナイトメアをホストとした通信体制を構築していた。
その目的は……
「サリーナ、あの一撃はタイミングも威力も完璧だった。
おかげで生き延びられた、ありがとう」
『ユ、ユーリ様! そんな、私はただ指示に従っただけです!』
発狂した地帝竜の動きを止めた一撃。
ボクはいざというときに隙を作れるよう、サリーナに長距離狙撃による支援を指示していたのだ。
ただし、問題は二つ。
長距離狙撃ができるような武器がない事と、そういった精密動作の制御が出来る程度に魔力制御が得意なサリーナがことドラグーンの操作に関しては全くの落第点という点。
ボクはまず前者への対応として、火力がない代わりに動力機関の出力が飛びぬけているカランコエにセラサスの長距離狙撃用兵装を無理やり装備させたのだ。
どこからそんな装備が? という疑問もあるかもしれないが、帝国に村が襲われたときシュタイクバウアーの逃走を阻もうとして呼び出そうとした、換装機能を使用した。
セラサスと同様、換装用装備として設定していた兵装を恐らくはホームから呼び出す事が出来たからこその荒業である。
無理やり接続をしたので、1発で繋いだ回路が焼き切れ使い物にならなくなる代物だ。
後者については、先ほどの通信で推測できるかもしれない。
ドラグーンの操作をエステルにお願いし、サリーナには兵装の起動と制御だけを任せたのだ。
エタドラでは存在しなかったが、複座式のドラグーンというのも真剣に考えてみるのもありか……。
ともあれ、結果として二人はぶっつけ本番かつ一発勝負な長距離狙撃で見事に地帝竜の側頭部を打ち抜いて大きな隙を作ってくれた。
「いや、本当に助かった。
エステルも良くがんばったね。 おかげで怪我はないよ」
『よかった! それじゃお母さんとお城で待ってるから、早く帰ってきてね!』
「うん、気を付けて帰るんだよ?
サリーナさん、エステルの事宜しくお願いします」
『はい、お任せください。 ユーリ様のご無事のお帰りをお待ちしてます』
『それじゃ、一旦通信切るわね。 ゴーストはしばらく周辺を哨戒させるから、何かあったら知らせるわ。 それじゃ』
プツリと通信が切れ、再びコクピットに静けさが戻る。
ボクはゆっくりと身体を起こすと、スイッチを押してコクピットハッチを展開した。
生ぬるい風が吹き、今だ残る血臭がコクピットに広がる。
戦闘で猛った身体を冷やそうと思ったのだけれど、血の臭いの事を忘れていた。
失敗だったかもしれない。
『マスター、落ち着かれましたら素材を回収しておきましょう。
今後の事を考えても、地帝竜の素材は貴重と考えます』
「……あぁ、そうだね。 魔石に鱗、骨なんかも使えそうだ。
特に盾の部分はあれだけ固かったんだ、装甲にも使えそうだしね」
目の前にそびえる巨体を前に、解体の予定を考える。
後でリタやエステルにも手伝ってもらって里まで運ぶ必要がありそうだ。
《……り……ょ》
ふと、小さなささやきのような声が聞こえた。
「……? アリス、なにか言った?」
『否。 しかし、今の声は……?』
「アリスにも聞こえた? アリスじゃないとしたら、一体……」
辺りを見渡すも、特に声を発するような生き物は見当たらない。
気のせいか、とも思いかけたところで。
《……見事なり、我を打ち倒せし者よ……》
地に落ちた地帝竜の残された片目が開き、ボクを捉えた。
「な!? まだ……生きていたのか!」
『マスター! 早くコクピットの中へ!』
完全に死んだんじゃなかったのか!?
慌ててコクピットに戻ろうとして、まだオーバーヒートによる機能停止が続いている事に気付く。
このまま無防備に一撃を喰らえば……終わってしまう!
しかし、焦るボクをからかうかのように、不思議な声が再び響く。
《慌てずともよい……我はもはや死んでおる。 指の一つも動かせぬ》
本当にそうなのか、あるいは嘘なのか。
しかし、嘘だったとしたら完全に油断していたボクたちを確実に殺せていただろう。
なにしろ、まさか地帝竜が再び動くなんて想像もしていなかったのだから。
しかし、地帝竜はそれをせず声をかけてきた。
ということは、先ほどの言葉は本当で何か伝えたい事があるのかもしれない。
それにそうでなかったとしてもセラサスの再起動までの時間稼ぎにはなる。
念の為警戒はしたまま、ボクはコクピット奥の魔導核を一瞥して軽く頷くと、地帝竜と会話を続けてみる事にした。
「地帝竜、で間違いないよね? 喋れたのか……?」
《お主よりよほど永きを生きておるのだ、当然である。 念話ではあるがな》
「ならなぜ今まで喋らなかった? 知性があるなら話し合いで解決だって……」
《……話し合いも何も、いきなり魔法で口火を切ったのは、お主であろう?》
「あ……」
思い返してみる。
確かに、悲嘆の氷で不意打ちをかけてそのまま戦闘に突入した。
むしろ、初っ端から殺しにかかっている……殺せるとは思っていなかったけど。
もし地帝竜にボクたちに対する敵対意思がなかったのだとしたら。
アレだ。 ボクは散歩していたお爺さんにいきなり襲い掛かって液体窒素をぶちまけた凶悪犯みたいなもんだ。
しかも、それでトドメをさせないとわかればさらに殺しにかかるとか、凶悪すぎる。
……ヤバい、やっちまった感が半端ない。
ボクは体中にダラダラと嫌な汗が流れるのを感じた。




