血吸い桜
ボクは深呼吸をして心を落ち着けると、意を決して奥の手の名を呼ぶ。
「アリス、限界突破発動!」
『承認。 補助魔力炉への魔力供給を開始。
動力機関の同調、増幅を確認。
機体限界まで増幅します』
セラサスに内蔵されている二つの動力源が同時に駆動を開始する。
過剰に増幅された魔力がセラサスの機体の機体の隅々まで駆け巡る。
そして、セラサスに変化が訪れる。
動力機関の鼓動に合わせて魔力が全身の装甲に行き渡った。
外装に用いられているエーテライト鋼は流される魔力によって次第に透明へと変化していく。
エーテライト鋼は、魔力を供給する事でその存在を物質から半物質へと変化し、その進行に伴って透明度と対物理強度を増す性質を持つためだ。
その性質によって乳白色の半透明となっていた装甲が、さらなる魔力の供給によって完全なる透明へとその性質を変化させていく。
そして、透けて見えることで桃色の装甲を成していた内部のヒヒイロカネは、その前面を覆うエーテライト鋼が透明化することで本来の色……鮮やかに輝く真紅を現した。
桜は、その根元に埋められた死体の血を吸って鮮やかな紅い花を咲かせるという。
全身を紅く染めたその姿、どことなく不吉な、まるで血のような色をしたその機体。
セラサスは、まるでその話に出てくる紅い桜の花のように、今や鮮やかな真紅に全身を染めていた。
日の光を透明となったエーテライト鉱が反射し、妖しく輝きを放つ。
『動力機関、臨界へ到達。
余剰出力を魔力放出型飛翔翼へ回します』
展開されて薄緑の魔力を放出していた魔力放出型飛翔翼から、密度が高まり金色となった光が漏れ始める。
その光は次第に増し、翼を覆うかのように広がっていく。
そして羽ばたく鳥の翼のように広がった魔力放出型飛翔翼は、今や光の翼へと変化を遂げていた。
『限界突破発動完了』
限界突破。
ドラグーンの改造に辺り、無数にある選択肢の中から心臓部の二重化を行う事によって使用可能となる隠し機能。
それは、発動する事で通常以上に出力を増幅し、機体性能を一時的に大幅に向上させる機能である。
そして、全身をレア素材であるエーテライトとヒヒイロカネで覆われたセラサスの場合にのみ、副次効果としてその外装の変化が生まれたのだ。
限界突破を発動したセラサスは、エタドラの勢力間PVPで猛威を振るった。
ただでさえ最上位にあるセラサスが、より凶悪化するのだから、手に負えるものではない。
透明化したエーテライト鋼の装甲により物理攻撃を無効化し、魔法攻撃もその下層の高い耐魔性を持つヒヒイロカネによって効果が軽減される。
なにより、その過剰な出力が生み出す機動力は、そもそも攻撃を当てる事すら容易でなくしてしまうのだ。
無敵状態の上強化された攻撃力を備えたセラサスは、一方的に敵対勢力のドラグーンを撃墜していった。
成す術なく倒されたプレイヤーたちは、その理不尽さに卑怯だ、チートだと騒ぐ事となる。
その結果として、倒された連中の血を吸って紅く染まったのだ、などと噂が広がっていった。
それが「血吸い桜」という名の由来である。
だが、そのような性能を持つ機能が、果たして何のデメリットもなく使用できるものだろうか?
答えは、否である。
『マスター、活動限界まで5分。
5分経過後、オーバーヒートにより10分間機能が停止します。
早めの決着を』
「判ってる! 5分内に削りきる!」
限界突破はその制限時間を越えると完全な機能停止に陥ってしまう。
つまり、5分の制限時間の中で敵を倒さないと必然的に敗北する事になるのだ。
ボクは改めてレバーを握り、改めて地帝竜へ向かって空を駆ける。
黄金の軌跡を残しながら、強化されたセラサスは瞬時にその距離を詰めていく。
残された右腕で刀を構えて、ボクは地帝竜へと切りかかった。
「ここからは、ボクの舞台だ!」
驚異的な速度で地帝竜の間合いへと飛び込んだセラサスは、その右手を振るう。
地帝竜は盾を持つ前足でその一撃を防ごうとした。
しかし、強化されたセラサスの一撃は盾によって防がれるよりも早く、地帝竜の身体に傷をつける。
「まだだっ!」
返す刀で右手を切り上げながら魔力放出型飛翔翼をブースト。
空へと駆け上がりながら、その右手の刃が地帝竜の顔面を捉え一文字に切り裂いた。
咆哮が響き渡る。
左目と胴体から青い血を流しながら、セラサスへ向かって前足が振るわれる。
「今のセラサスに……そんなのが効くかぁっ!」
振るわれた左前足を、セラサスの右足が重なるように蹴り上げる!
瞬間的にブーストした魔力放出型飛翔翼の推力と蹴りの威力で、前足は弾かれて大きな隙が生まれる。
飛び込むようにセラサスが地面に向かって降下するとともに、一直線に刀が振るわれ縦に大きな傷跡が生まれた。
そのまま地面に着地したセラサスは、バックステップから背中の翼を羽ばたかせて一気に距離を開ける。
先に前足の一撃を受けた脚部は、しかし特に歪みや傷を残しては居ない。
反物質へと変化を果たしたエーテライト鋼が完全に物理攻撃を無効化しているのだ。
『マスター、地帝竜の攻撃、来ます』
体勢を整えたセラサスに、これまでは防御に回っていた地帝竜が巨体に見合わぬ俊敏な動作で襲い掛かる。
前足の間合いに入る寸前で地帝竜は急停止し、足を止めた。
飛び掛られるかと身構えていたボクは一瞬そのタイミングを外され、ほんの僅かな隙を見せる。
そして、その隙を突くかのように地帝竜は身体を半回転させ、その勢いで巨大な尾を振り回した!
横合いから恐ろしい速度で尾のなぎ払いが迫る。
その尾は無詠唱で発動された土の針で覆われており、魔力を帯びたそれはまともに喰らえばエーテライト鋼の装甲すら貫通するだろう。
……まともに喰らえば。
「スキル発動! カウンター!」
振るわれた尾にタイミングを合わせて、刀が振るわれる。
カウンタースキルの効果で尾の攻撃力を上乗せしたその一撃は、まるでバターを切るかのように滑らかに尾に食い込み、そのまま尾を半分に切り飛ばした。
『マスター! 地帝竜の発狂がきます!』
体力を失い、セラサス以上に部位を破壊された地帝竜は遂に理性を手放した。
地帝竜の発狂は、身体能力の大幅強化による暴走であったらしい。
先ほどまでよりさらに速さと重さを増した攻撃がセラサスに迫る。
もはや防御を捨て、視認すら難しい速度でその両前足が振るわれる。
「っ!? 流石に……カウンター合わせるのは無理だ! 一旦離れる!」
『否! 相手の速度の方が上です!』
セラサスすら上回る速度で一心不乱に間合いを詰め、地帝竜はただ攻撃を繰り返す。
その猛攻に反撃の隙すら見えず、セラサスはひたすら回避に専念するしかなかった。
『マスター、活動限界まで残り3分!』
「わかってる! アリス、切り札を切るよ!」
『マスター、チャンスは一度です! 本当に宜しいですか!?』
「いい、今使わなきゃジリ貧で負ける!」
ボクが格上の地帝竜に挑むにあたって、仕込んでおいた切り札はただひとつ。
限られた時間で準備が出来たのはそのひとつだけだった。
そして、無理やり用意したそれが使えるのも恐らく一度きり。
だけど、使うタイミングは今しかない!
「雪露、やれぇぇぇ!」
『おっけー! サリーナちゃん、直接火砲支援!』
甲高い、何かが空を切り裂く音が聞こえた。
……そして、続いて破砕音が響く。
地帝竜の攻撃が止み、セラサスの視界が茶色い破片と青い血で埋め尽くされる。
『マスター、効果大! 今がチャンスです!』
「いっけえぇぇぇぇぇ!」
動きの止まった地帝竜に向かって魔力放出型飛翔翼をフルブースト!
狙うは地帝竜の巨大な頭部を支えるその首!
身体ごと叩きつけるように、全ての推力を刀に込めて残された右腕を振りぬく!
キィンッ!
澄んだ、綺麗な金属音が森を駆け抜ける。
……そして世界の時が止まった。
刀を振り向いた姿勢のままのセラサス。
怯んだすがたのまま身動きをしない地帝竜。
しかし、その静寂は長くは続かない。
鈍い、重いものが擦れる音がして、やがて地帝竜の首から上がゆっくりと元の位置からずれていく。
そして……。
地響きを立てて即頭部に大穴を開けたそれが地面に落ちる音、それが戦闘終了を知らせる事になる。
ゆっくりと残心を解いて地面に降りると、紅く染まっていたセラサスが再び桃色に戻り、そのまま白く変色していく。
『戦闘行動の終了を確認。 限界突破を解除しました。
以後10分間セラサスは機能を停止します。
マスター、お疲れ様でした』
「……アリス、やったのか?」
『是。 地帝竜の生命活動停止を確認』
「……っ! いよっしゃあぁぁぁぁぁっ!」
再び音を取り戻した森の中に、ボクの喜びの声が響き渡った。
こうして、激戦の末ボクは地帝竜の討伐を成し遂げたのだった。
------
残念ながら、伝説級ドラグーン、セラサス・イェドエンシスと地帝竜の戦闘記録は公的資料としては残されていない。
国交を断っていた当時のエルフ達の勢力内で起きた戦闘であり、またセラサス・イェドエンシスが単機で出撃したためその戦闘の詳細が不明であった事が理由として挙げられる。
しかし、常に随伴し後に歴史書を編纂した著者はその著作の中でこの戦いにも触れている。
ただし、詩的な表現が多く見られるため正確性には疑問を呈され、また影で世界的規模の危機を抑止したという記述そのものが荒唐無稽であると判断されている。
そのため現在では著者の捏造を含むとされているが、その内容は物語としての評価は高く、今現在も東方騎士団事変と並んで2大竜退治と呼ばれ歌劇等の有名な演目として世に広く知られている。
更新頻度下がっててすみません。
仕事が、仕事がデスマに入ったんや……
最長でも3日おきには出したいと思いますのでよろしくお願いします。




