サイレンスフォートレス
「雪露、作戦通りに! タイミングはこっちから指示するから!」
「了解したわ。 ……戦闘中、歌ってあげよっか?」
「いや、今回マジでシリアスなんで。
……ありがとう、少し落ち着いた。」
セラサスの起動シーケンスを終え、状態確認を行いながらのブリーフィング。
こうしている間にも、ゆっくりと、しかし確実に地帝竜はこちらへ向かってきている。
『マスター、コンディションオールグリーン。 万全の状態です。
いつでもいけます』
「そっか。 ……雪露、エステルはそこにいる?」
「えぇ。 ……ほら、優しいお兄……姉ちゃんからよ。 ここに向かって喋れば聞こえるから」
「お姉ちゃん?」
少し舌足らずな、可愛らしい声がスピーカーから聞こえてくる。
もしかするとこれが最後になるかもしれない。
しっかりとその声を記憶に刻んでおこう。
「エステル。 お姉ちゃん行って来るね。
雪露の言う事をしっかり聞くんだよ?
それから……お母さんの事、守ってあげてね」
「……うん。 私がんばるから。
だから、お姉ちゃん絶対に勝ってね!」
「……ん。 頑張って見るよ」
何にも勝る励ましの言葉だ。
これで充分。
ボクはスピーカーの音声を切って、意識を戦闘に向けて集中する。
「……アリス、行こう。 魔力放出型飛翔翼展開」
『是。 セラサス、発進します』
左手のレバーを押し込んで、フットレバーをゆっくりと踏み込む。
それにあわせるようにモニターの風景が流れ、緑から青一色へと切り替わっていく。
目前には、いつもと変わらない森の風景。
しかし、今だ目視できないその先には、これまでで最大の災厄が近づいている。
少し汗ばんだ手の平を黒く滑らかなスカートで拭って、ボクはセラサスを進ませた。
最大推力で森の上空を駆けしばらくすると、森の一部から砂煙が上がっているのが見える。
豆粒のように見えていたその中心は近づくごとにそのディテールを表し始める。
岩のようなごつごつとしたその表皮。
片翼で並のドラグーンを越える大きさの巨大な翼。
どことなくロボットのように無機質さを感じる、爬虫類の特徴を有した頭部。
巨大な竜は、飛ぶことをせず獣のように4本の足でゆっくりと歩みを進めていた。
「さて。 これまでと違って完全に初見の敵となるけれど、分析はどう?」
『……能力に関しては完全に不明です。 属性から考えると、地系列の魔法を使ってくるのは間違いないでしょう。
また、幸いな事に……魔力反応から類推するとその総量は混沌竜と比べ微々たるものです』
「それは……弱いってこと?」
『否。 比較対象がおかしいだけで、セラサスと比較すればその数倍に相当します。
種族特性なのか、あるいは……。
混沌竜と同格である事を考えると、やはり何らかの理由で弱体化しているという可能性の方が高いでしょう』
それは嬉しい誤算だ。
正直、混沌竜と同等だった場合いくらセラサスでも時間稼ぎにしかならない。
今回出撃したのも、足止めと強制的な針路変更が目的だ。
……セラサス一機を犠牲にして。
だけれど、弱体化しているのであれば撃退出来る目が出てきた。
要は普通のレイドボスをソロ攻略する程度の事だ、うん、かなり無理。
「……かなり無理でもやるしかないか。
アリス、今回は出し惜しみなしだ。 後のことは後で考えよう」
『是。 機体に関しても大破までの部分破損を容認します』
「大破で済めば御の字だと思うけどね」
『乙女が傷付けられるのを見て喜ぶ性癖をお持ちで?』
「……乙女の柔肌に傷がつかないよう、善処します」
多分アリスはボクの足が震えているのに気付いているだろう。
AIの癖に下手な冗談で少しでも気を紛らわそうとしてくれるとか、惚れてしまいそうだ。
……いや、もしかしたらもう惚れてるのかも。
「……最初から相手に合わせる必要はないな。
アリス、テロップをお願い」
『是』
ボクの意を汲んで、何をするかを問うことすらなくモニターにテロップが映し出される。
「其は四つの円。 悲嘆に悔いる裏切りの罪人よ、永遠の氷でその身を凍てつかされん……」
地帝竜に向けた両手の掌が展開し、青い魔石が現れる。
呪文によって青い光が強く輝く。
気温の下がった手の周辺に空気中の水分が凍った細氷がキラキラと輝き舞い散り始めた。
そして、セラサスの持つ最大威力の魔法の一つが発動する。
「悲嘆の氷!」
突如として氷の吹雪が巻き起こり、地帝竜を中心に暴れ狂う。
その吹雪に触れた木々が瞬時に凍結し、その周りを氷で覆われていく。
この段になって気付いたのか、地帝竜がこちらを見るがなぜか避けようとはしない。
否、最早避けられないのだ。
触れたもの全てを凍てつかせるそれは、地帝竜の足を、翼を、頭部を氷に閉ざしていく。
数秒の後、全身を氷に覆われた巨大な竜の氷像が出来上がっていた。
「やったか……?」
『マスター、それはフラグです。
地帝竜が活動を再開します』
ピシリ。
静寂に満ちた氷の森に小さな破砕音が響き、巨大な像に一筋のひびが走る。
それは一度では止まらず、各所から次第に大きな音を立て、像が一面白いひびに覆われていく。
そして、一際大きな音を立てると氷が崩れ去り、中から茶色の竜が再び姿を現した。
「アリス、状況報告」
『目標、ダメージは軽微。 戦闘行動に影響なし。
……同じ地属性、森林竜と同様対魔性能に優れた種であると推測します』
「……予想はしてたけど、戦略級すら殆ど効かないとか。
弱体化してこれだと、完全な状態だと無理ゲーじゃない?」
『文句は運営に言ってください。
6大古竜のバランス調整をしたスタッフを首にするべきと要望を出したのは正解でした』
愚痴を呟いている間にも、目標をこちらに定めた地帝竜が身体の向きを変え動き出そうとする。
ボクは右手のキーボードの上に指を走らせ、武装選択を実施。
右ふくらはぎから黒い銃を取り出し、そのまま地帝竜に狙いをつけて構える。
「アリス、もう少し奴の軌道を修正する。
両手のリニアガンも展開、銃を含め制御は任せる。 そのまま全弾ぶち込め!」
『是。 アイ・ハブ』
両手の装甲が展開し、内蔵されていたリニアガンが姿を現す。
ボクがゆっくりと機体を旋回し、エルフの里から離れるように機体を動かすのに合わせ、アリスの制御によって自動的にその筒先は地帝竜を捉えて離さない。
そして、静かな森に轟音が響き渡った。
右手の銃と二つのリニアガンが微妙にタイミングをずらしながら弾丸を放つ。
タイミングだけではなく、連射をしながらも僅かに角度を変えながら弾倉の中の弾を次々と撃ち出していく。
地帝竜に着弾した弾は激しい音と煙を上げ、無数の弾丸によって生まれたそれは次第に地帝竜の姿を煙で覆い隠していく。
数秒にも、数分にも感じられた時間が過ぎ、やがて森は再び静寂に包まれた。
『ユー・ハブ。 両リニアガン残弾0。 再装填まで10分』
「……これで物理攻撃も効かないとか、言わないでくれよ……?」
だが、それは希望的観測に過ぎない。
やがて煙が治まったそこには、両前足を盾のように構えた地帝竜の姿があった。
「マジか……」
流石に盾とした前足にはいくつもの弾痕が刻まれ、欠けてひびが入っていた。
だが、元々盾とするために強固な鱗が何重にも生えていたのだろう。
刻まれた弾痕からは体液が流れることはなく、ただ本来の意味での盾が破損したという程度で本体にはダメージが行っていない様に見えた。
「チッ、魔法も銃もダメ、どうやって倒せってんだ!」
『否。 マスター、かなり正確に防御されましたが、数発が防御を抜きました。
あの盾を抜けばダメージはあるようです』
アリスの言葉とともにモニターの一部分がズームする。
両腕の間、その先の胴体に2発分の弾痕があり、そこから鼓動に合わせて青い血が流れ出している。
「……なるほど。 とはいえ残弾はなし。
銃はマガジンを交換するとしても、1丁じゃ盾で防がれるのがオチだね。
ここは一つ、楽しい近接戦闘と行きますかぁ!」
銃をふくらはぎに戻し、黒い刀……禍風を抜き放つ。
左手はふくらはぎから剣を柄の部分だけにしたような物を取り出して握り締める。
ユーリがキーボードの上に指を走らせると、セラサスの握った柄から飛び出すように紫色の光が放たれる。
セラサスのもう一つの近接兵器、ビームソードだ。
2刀を構え、こちらを睨みつける地帝竜に正対する。
地帝竜も防御の構えを解き、いつでもこちらに襲いかかれるよう前傾の姿勢を取った。
「……ここからは、ボクの手番だ!」
時を越えてこの世界に現れた二つの化物。
その戦いはこの世界に生きる者の殆どが知らないままに、静かな森の中で始まろうとしている。




