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災厄の足音

 

「森の調査ですか? しかも結界の外側の……」


 ボクは少し驚いて、目の前の紅茶に口をつける。


 エルアリアさんの執務室は広く、応接も兼ねたその部屋は上品な調度品が並べられている。

 ボクの座っているソファーもドワーフの職人の手によるものだろうか。

 ただの高校生だったボクにすら、その質の良さがわかるほどである。


 王と呼ばれる割にかなり好き勝手やらせて貰っているボクは、その代わりといってはなんだけれど週に1度このようにエルアリアさんの報告を受けることとしている。

 といっても、普段はそれほど報告するほどの事もなく報告会という名のお茶会で済むことも多かったのだけれど……。

 今回は、そうはならなかったようだ。


「えぇ。 発端はユーリ様のおかげで大きな問題もなく解決したオークの襲撃です。

 オークキングが発生するなど、この婆が里に生まれてより一度も無かった事でございます」


「まぁ、本来ここに出現するボスじゃないし。

 ……っと、でもあれはもう解決したと思いますけど?」


 そう、オークキングをセラサスの戦略級魔法で軍勢ごと氷漬けにしてしまったのは記憶に新しい。

 これがゲームだったら、確実にクレームが来るほどの反則技だった。


 ……とはいえ、勢力間PVPにおいてはあの光景が実際に戦場のそこかしこで起こっていたというのだからエタドラは恐ろしい。

 さらには、アバターを極めた上位プレイヤーはあの氷の檻の中から平然と現れ、単機でドラグーンを落としに来るというのだから。


 アバタープレイの廃人、東方腐敗さんなどは悲嘆の氷(コキュートスフリーズ)をぶちかました所で


「笑止! この程度の氷で俺の熱く燃える(ハート)を凍らす事などできぬわっ!」


 などと言いながら何もなかったかのように氷に人型の軌跡を残しながら現れ、近くにいたドラグーンを片っ端から切り捨てるというムチャクチャなことをしでかしたりしていた。

 あの人、物理特化で魔法防御低いはずなのにどうやって魔法耐えたんだろう。

 多分、何かのスキルかアイテムだとは思うんだけど……


「……様、ユーリ様?」


「あ、ごめんなさい。 ちょっとボーっとしてました」


「お疲れのようですね。 あまりご無理をなさらないで下さい。

 貴方様は、この里に無くてはならない方なのですから」


 エルアリアさんが心配そうにボクの様子を伺う。

 すみません、エルアリアさん。

 疲れたのは正しいですが、東方腐敗さんの非常識さにゲンナリしただけなんです。


「ありがとうございます。 ……えーっと、そうそうオークキングは倒したって話でした」


「ですが、どうやら森の周辺で魔物や獣が大変増えていると報告が上がりました。

 また、普段このあたりでは見ない種も見るようになったと」


 そういえば、里にくる途中でもワイルドウルフの群れに襲われたのだったか。

 ワイルドウルフは普段群れることはないと誰かが言っていた。

 あれも、異変といえば異変のように考えられない事もない。


「それで調査ということですね。

 ……エルアリアさんは何が原因か、推察はされていますか?」


「いえ、長く生きたこの婆でもこのような事態は初めてです。

 もちろん、ただの魔物の増加であれば何度もありましたけれど……

 それはあくまで元々存在していた魔物が過剰に繁殖しただけのこと。

 今のように、余り見ることのない種まで増えるなどということはありませんでした」


「……アリスはどう思う?」


 先ほどから黙って横に控えていたアリスに問いかける。

 無表情で目を瞑り思案していたアリスは、ゆっくりと目を開いた。


「推論でよろしければ、ひとつ原因に思い当たるものがあります。

 マスター、ウェルチの町で初めてクエストを受けた時の事を覚えていらっしゃいますか?」


 もちろん覚えている。

 採集クエストを受けた所、オークとゴブリンの集団に襲われたのだった。

 あの時は、リアルな殺し合いの雰囲気に気持ち悪くなったのだったか……

 そういえば、アレの原因は森林竜(フォレストドラゴン)が現れたせいで……っ!


「まさか! あの時と一緒ってこと!?」


「あくまで可能性です。 ただ、そうだとしてオークキングを始めとしたこの森で見かけない魔物が発生した理由にはなりません。

 エルアリア様、魔物の上位固体はどのようにして生まれるものなのでしょうか?」


「……いまいち話が見えておりませんが、まずは回答致しましょう。

 あくまで一般論で確証のある説ではありませんが、その地に満ちる自然の魔力(マナ)が濃密な地では強力な魔物が生まれやすいと言われております。

 ですが、この里のある迷いの森は自然は多いものの魔力(マナ)は薄く、それほど強力な固体は生まれたことがないのです」


 ゲームのエタドラにおいてはココルネ村から大森林にかけてはいわゆる初心者マップであり、フィールドダンジョン扱いであったこの大森林は恐らくプレイヤーが初めて挑戦するダンジョンであった。

 だからこそ、出現する魔物がワイルドウルフ程度であっても何もおかしいとは思わなかったけれど。


 現実と考えると、このような自然の多いところに弱い魔物しか存在しないというのはおかしい。

 今の話が正しければ、魔力(マナ)の多い場所、つまり自然の多い辺境ほど魔物が強くなるということなのだから。


 考えろ。


 魔力(マナ)が少ないということは、供給が少ないか消費が多いかのいずれかだ。

 これだけの生命に満ち溢れた自然で供給が少ないということはないだろう。

 だとすれば、何かが魔力(マナ)を消費しているということになる。

 そして、オークキングが生まれたということは、その消費量が減少し魔力(マナ)が満ちたということ。


 つまり魔力(マナ)の消費が停止した原因があり、それに追われて魔物が増えた……?

 この大森林において、その原因として当てはまるものなんて一つしかない!


「……地帝竜(アースドラゴン)!」


地帝竜(アースドラゴン)……ですか? 確かにこの森の奥には古竜種が封印されているとか……まさか!」


 普通なら数百年、いやゲームの設定を踏まえると数千年単位で封印されていたものが今になって開放されるなんて、普通に考えればありえない。

 ……と言いたいところだけど、どうもボクの行く先々では勝手にフラグが立っていくようだ。

 可能性がないとは、正直言いきる自信がない。


「……エルアリアさん、コボルトの村へ伝令を。

 最悪に備えて、この里へ避難させましょう。

 結界に覆われたこの里なら、万が一の場合でも助かるかもしれない」


「そうしましょう。 コボルト以外の連絡を取れる集落にも伝令を飛ばします。

 それと平行して、本当に地帝竜(アースドラゴン)が復活したのか確認をする必要がありますが……」


「……危険ですね。 最悪の場合、近寄っただけで死にます。 出来るだけ犠牲は出したくない……。

 ボクたちは、同じ6大古竜の一、混沌竜(カオスドラゴン)と戦った事があります。

 あれは……あれを作った運営の頭がおかしいとしか思えない」


「是。 王都をほぼ壊滅させ、その上当時の全プレイヤーの総力を挙げてなんとか倒せたという明らかにバランスの狂ったイベントでした」


 脳裏に浮かぶのは、発狂してブレスを乱射する混沌竜(カオスドラゴン)の姿。

 当時カンスト組を多く抱える王国所属の上位ギルドが協力した上であの惨状。


 各所属国ごとに混沌竜(カオスドラゴン)の襲撃があった(実体を持つ分身との位置づけだ)が、結局倒せたのは王国所属のボクたちだけで他の3国は撃退に留めたのみ。


 それと同等の存在に対し、今戦力になるのはボクのセラサスのみ。

 絶望の一言しか思い浮かばない。


「……当時、私はまだ幼く話に聞いた限りですが、その戦いは記憶にございます。

 そうですか、ユーリ様もあの戦いに参加なされていたのですね……。

 ですが、それならばなおさら犠牲を出してでも偵察をすべきだと思いますが」


「マスター、使い魔(ファミリアー)による偵察を進言します」


 使い魔(ファミリアー)

 攻撃や防御、偵察といったそれぞれの用途に応じて行動する小型の遠隔操作型端末であり、ドラグーンの魔導兵装(ソーサリーウェポン)の一種である。

 しかし、セラサスに搭載されているものは攻撃特化型であり、偵察を行うことはできない。


「ナイトメアを使います。 支援・指揮に特化した乱華様のナイトメアに搭載された魔導核(ブレインコア)、そして雪露(シュエール)ならばこの森の奥まで使い魔(ファミリアー)を飛ばせるでしょう」


「分かった。 ボクは製作(クラフト)スキルで使い魔(ファミリアー)を作成する。

 アリスは雪露(シュエール)に状況を説明して計画立案を」


「是」


 最悪に備えてボクたちは動き始める。

 その備えが、ただの杞憂で終わる事を願いながら。


 ……でも、ボクはなぜか、それが確実に起こる事だと確信をしていたのだけれど。


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