不穏と平穏
時は少し遡る。
暗い森の奥。
人も、エルフも獣さえも訪れないそこは、静けさに包まれ淀んだ何かで満たされていた。
過去400年、いやそれ以上の時を越えて何人の訪れる事のなかったその空間が、ついに開かれた。
「いやぁ、苦労したねぇ。 ここに辿り着くまで、一体何人の命を生贄に捧げたかねぇ?」
「13人です。 まぁ、彼らも我が帝国の礎となったのです。
皆天上にて喜びを感じているに違いありません」
この空間を守っていた幾重にも重なる強固な封印。
彼らはそれを破るために、人の命を代償として力技での解除を試みた。
幾つかの失敗と、何度かの成功。
そのそれぞれにおいて、守るべき民の中から浚ってきた幾人もの命が失われている。
鬱蒼とした森の中に僅かに開かれた空間。
彼らの目の前には、その中心にある小さな祭壇が現れていた。
表面には、記号とも模様ともとれるような複雑な文字が刻まれている。
男は、手にした手帳と照合しながらその文を解読していく。
「どうやら、これが最後の封印のようですねぇ。
さっそく解いてしまいましょうか。 連れてきなさい」
男の部下が数人の男女を引きずり、祭壇の前へと並べる。
手足を拘束され目隠しをされた彼らは、これから自分たちに訪れる未来を予想して恐怖に震えていた。
なぜなら。
この祭壇に訪れるまで、目隠しをされたままで彼らはずっと耳にしてきたからだ。
同じ牢にいた者たちが、1人、また1人とこの世のものとは思えない悲鳴を上げるのを。
そして、その後に訪れる沈黙を。
男は懐から黒い水晶を取り出す。
元は美しい半透明だったのだろう。
しかしそれは濁って透明感を失い、また所々小さなひび割れが生まれていた。
「ふむ。 この様子ですと、後1度が限界ですねぇ。
1度でうまくいくと良いのですけどねぇ。
ならば、少しでも可能性を上げておくべきでしょうかねぇ」
男はそう呟くと、極自然な動作で、何事でもないかのように。
彼の周りに居た部下たちを、いつの間にか抜き放った銃で撃ち抜いた。
「ガハッ! な、なにを……」
「なに、どうやらこの封印破りが限界なのでねぇ。
生贄を増やして、成功確率を高めようかと考えたのだよ。
君達も崇高なる帝国民なのだ。 天上にて喜んでくれるといいのだがねぇ」
「そんな……我々は……帝国の為に……」
「あぁ、その通りだねぇ。 これは帝国の為なのだよ。
あぁそうだ。 君は確かこの前娘が生まれたのだったか。
心配はいらない、私が奥さん共々良い様にしてあげるからねぇ。
何の憂いもなく、帝国の礎になる喜びとともに逝くといいねぇ」
男はそう言うと、血の海の中でもだえる部下たちを生贄の方に投げ飛ばす。
そして、手にした黒水晶を捧げるかのように掲げて、詠唱した。
「……他者の犠牲」
水晶から黒い霧のようなものが生まれ、生贄を包み込む。
その霧の中で、生贄たちの身体は生きながらにして腐り、崩れていく。
静かな森の奥に響き渡る悲鳴。
それをまるで極上の賛美歌であるように心地良さそうに聞き惚れる男。
再び森が静けさに包まれた後、ピシッ! という鋭い音が響く。
黒水晶を両断するように一際大きな亀裂が走り、そして砕け散る。
と同時に、祭壇が淡く光り……唐突にその光が失われた。
「……ふむ。 さすがにいくら命を使おうが、完全なる開放には至りませんか。
とはいえ、それでもこの濃密な魔力。
クハ、わかってはいましたが私では抗う事すら容易ではなさそうですねぇ。
さっさとお暇することにしましょうか」
男は踵を返し、傍から見れば滑稽なほどに慌てた様子でその場を逃げ出した。
「そういえば、この近くにはエルフの隠れ里があったはず。
あの時のエルフの少女がその里に身を寄せていたとしたら……。
面白い事になりそうですねぇ。
このまま王国を滅ぼすもよし。 エルフの里を襲うもよし。
……貴方の意のままにするといいですねぇ、地帝龍よ」
呟きを残し、自らの左手を一撫ですると男は森の中へと去っていった。
男の名はシュタイクバウアー。
物語の裏で、帝国の近衛である彼は暗躍する。
そして、幾百年にも渡り静寂を守っていた森の奥に、咆哮が響いた。
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「イアン、お弁当を作ってきたけれど、食べる?」
「あぁ、サリーナありがとう。 そこの木陰で一緒に食べようか」
エルフの里の修練場の一角に、桃色の空間現る。
どうやら、イアンは思った以上に行動力のあるエルフだったらしい。
あの後、吹っ切れたようにサリーナに告白をしにいったようだ。
結果は推して測るべし。
二人の様子が昨日から変わったので、そういう事なのだろう。
どうせ
「私、汚れてるから……」
「お前に汚い所などあるものか! それでも汚いと思うなら、俺が綺麗にしてやる!」
「イアン……」
「サリーナ……」
みたいな事でもあったんだろうよ!
「チッ、リア充爆発しろ……」
桃色の空間と対になるかのように、ボクの周りが負のオーラで包まれる。
彼らは年齢イコール恋人いない暦であるボクを挑発しているのだろうか。
と、そんなボクを慰めるかのようにアリスが口を開いた。
「マスター、客観的に見るとマスターこそリア充と呼ばれる存在かと考えますが」
「ハッ、ボクがリア充? 冗談はやめてよ……」
「否。 冗談ではありません。
考えてみてください。 こちらに来る前では幼馴染の女の子がいて、しかもゲームの中でまでいつも一緒。
さらには、そのゲームでも大会で優勝し、一躍有名人です。
充分にリアルが充実していたかと思います」
……でも恋人はいなかったし。
「さらにこちらに来てからは有数の力を持ち、しかもエルフの王。
可愛い義理の妹も出来て、その上寿命すらない不老不死。
さらにはどんな命令にも従う美人で忠実なしもべまでいて、何がご不満なのでしょうか?」
「……どんな命令にも従う美人で忠実なしもべ?」
「是」
アリスは自分を指差しながら答える。
言われてみると、元々アリスの外見はボクの好みを100%反映したアバターのままだ。
つまり、理想的な女性というわけで。
「……じゃぁボクを慰め「えっちなのはいけないと思います」
お前はどこの最強アンドロイドだよ!
「命令に従わないじゃん」
「否。 今のマスターは幼女ですよ?
そのようなお身体で致しましたら、裂けてしまいそうですので」
ボクが受けなのかよ!
そしてそんな裂けるようなモノを使う気かよ!
でもまぁ、言われてみると精神的には別として身体の方はまだ子供なのは確かだ。
慌てる事はないのかもしれない。
アレだ、知り合いが恋人を作って焦ってしまったという奴だな。
どうも取り留めのない方向へ話が進んでしまったので気を取り直す。
「……まぁ、サリーナが嬉しそうだし、良かったという事で」
「是。 こちらも食事に致しましょう。
食べないと大きくなりませんので」
アリスがインベントリからお弁当を取り出す。
まるで運動会に張り切った親がもってくるような重箱3段重ねだ。
まぁ、ボクの親は運動会に来たという記憶はないのだけれど。
「早く大きくなって、食べ頃にお育ち下さいませ。
……小さいままでも構いませんが」
「え? 何か言った、アリス?」
「否。 さぁ、お召し上がり下さい」
そんな感じで、ボクはエルフの里で平穏な時間を過ごしていた。
もちろんこの日のように訓練もしていたし、ドラグーンの整備なども行っている。
だけど、それでもこの平和さにボクは忘れかかっていたのかもしれない。
この里の外では、戦争が始まっているという事。
そして、エルフの里も戦乱の流れに無関係ではいられないということを。
そして、ボクたちは再び戦乱の中へと舞い戻る。




