イアンのばか
オークの襲撃から2週間が過ぎた。
コボルトの村で念のため1日を過ごし小さなイベントを消化してから里に戻ったボクは、後回しにしていたドラグーンの整備をしながら過ごしている。
「サリーナ! 右手を動かしてみて!」
出来る限り大きな声を張り上げてそう伝えると、ドラグーンのコクピットに座ったサリーナは神妙に頷いてレバーに手をかける。
そして……自分の右手を上げた。
もちろん、ドラグーンは微動だにしていない。
「ありゃぁ、失敗じゃのぅ……」
「是。 機体というよりはマンマシンインターフェースの問題ですね。
ある意味でこの世界の騎士は特殊な才能を持っていると言えそうです」
サリーナが搭乗しているのはカランコエという機体だ。
ブロッサム系列のイベント機体で、勢力間PVPに先駆けて実装された対軍防御に特化した機体である。
動きは鈍重、火力は皆無なのだけれど、拠点防衛に関しては課金機体を遥かに越える性能を有している。
一時期、このカランコエをいくつ並べられるかが拠点防衛のポイントとなったほどの機体なのだ。
乱華の機体のうち、グレアムさんの手で整備されていた2機のドラグーン。
そのうちの1機がこのカランコエだったのだけれど。
「やはり動かんか。 儂も以前他のエルフにやらせてみたが、一向に動かせんかった。
どうも、特殊なイメージを魔力で再現せんとダメだと聞いておるがのぅ……」
「オペレータなしではきついと思うけどね。
ユーリちゃんも、アリスなしではきついんじゃない?」
雪露が横から口を挟む。
乱華のオペレータである彼女は、ボクがカスタムしたことで里の中までであればアバターを動かすことが可能になっている。
……おかげで、貴重な資材を結構消費することになったのだけれど。
雪露が補助すれば恐らくサリーナでもドラグーンを操作出来るだろう。
しかし、雪露はナイトメア以外の機体に乗るつもりはないらしく、その案は廃案となっている。
「ユーリ様! これ、本当に動くのでしょうか……?」
「動くのは間違いないよ! 一応ボクが簡単に動作テストしたし!」
とはいえ、アリスのサポートのあるセラサスほど自由自在には動かせなかったのは事実だ。
幸い魔力制御に長けたボクはそれほど苦はなかったものの、どうしても動作は大雑把になってしまう。
物を握ると言う動作について例えるならば、卵を握りつぶす事はできるけれど、割らないように握る事は出来ない、といった感じだろうか。
セラサス以外の機体でも並の騎士以上には扱える自信はあるのだけれど……。
せっかくなのでここでドラグーンのインターフェースについておさらいしておこう。
基本的には両手のレバーと両足の下のフットプレート、そして右手側面にあるキーボード。
これらを利用してドラグーンを動作させる事になる。
フットプレートにより出力の上下を操作、左手のレバーで進行方向の制御を行う。
右手側のレバーで視点の変更を行い、それぞれのレバーに備え付けられたトリガーで右手・左手の兵装での攻撃動作を実行する。
ここまでの話で、レバー操作で人型機械を操作するのは不可能と思った人もいるだろう。
正解だ。
どうやってレバーを動かすだけで、物を握ったり腕を組んだりポーズを決めたりするんだ、という話である。
答えはというとVRゲームでもそうだけれど、個々の部位の操作、例えば腕を動かすだとか、腰を曲げるといった動作は脳裏に浮べたイメージをそのままに再現するという仕組みだ。
要は、アバターと同じような感覚でドラグーンを操作しているのだ。
事前にキーボードで動作パターンを登録しておけば、脳裏にそれを浮べる事で自動的に実行に移すこともできる。
ボクが戦闘中にキーボード操作を行っているのは、その場に応じて行動パターンの修正を行っていたりするからだ。
とはいえ、問題はその脳裏で描いたイメージをどうやって機体に伝えるか、という点である。
ここで重要となるのが、オペレータの存在だ。
ドラグーンは魔力で動く。
その理由の一つとして、魔力を介して経路を通しドラグーンの中枢たる魔導核に行動イメージを伝えているという点があげられる。
そして、そのイメージの伝達をオペレータがサポートしているのだ。
さて、この世界のドラグーンにはオペレータが存在しない。
つまり、このイメージの伝達についてサポートなしでダイレクトにドラグーンへ伝える必要が出てくるわけだ。
そのイメージはVRにおけるアバターの操作に近い。
それはつまり、自分の身体を動かすのに近いということだ。
先ほどのサリーナの行動を振り返ってみると、カランコエの右手を上げようとイメージを行い、結果自分の右手を上げてしまった、という事になる。
ドラグーンを動かすためには、右手を動かすつもりで右手を動かさないという、矛盾した動作を実現する必要があるわけだ。
「うーん、サリーナはどうもドラグーンの操作は苦手みたいだね。
それに比べ、意外だったのは……」
ボクは難しい顔をして右手を上げ下げしているサリーナから視線を外し、右手の方角を見る。
そこには、行進するかのように手を大きく前後に振りながら円を描いて歩く黒いドラグーンの姿があった。
「リタちゃん、じょうずじょうず!」
「……えへへ」
黒いドラグーンの名はフリティラリア。
こちらもブロッサム系列のイベント機体であり、カランコエと対になるように敏捷、火力過多、されど紙防御というゼロ戦のような機体だ。
そして搭乗しているのはリタ。
幼児退行をしてしまった不遇なエルフの少女だ。
エルアリアさん曰く、どうやら精神の退行に伴って元々高かった魔力が若干暴走気味であるらしい。
また、子供特有の柔軟な考え方はドラグーンの操作にも通じるものがあったらしく、特に苦労することなくドラグーンを手足のように扱う事が出来ている。
ちなみに、エステルもそれほど苦労することなくドラグーンを動かして見せた。
中々行く末が期待できる妹達である。
「ふむ。 こうなると、人間の訓練方法を真似た方が早そうじゃ。
お前さんは例外じゃろうし、あのエルフの娘では説明などできんじゃろうしの」
「んー、となるとリリーとコリーに聞いてみるか。
アリス、二人はいつ頃戻ってくる予定だったっけ?」
「この里を出立してから2週間が過ぎましたので、往復の時間を考えてももう1週間内にはお戻りになられるのではないでしょうか?
何かしら問題が起きていないという前提でですが」
どうにも不安があるものの、取りあえずその予定でグレアムさんと今後の整備計画を相談する。
なにしろ、まだ未修理のドラグーンが8機。 しかもそれぞれがイベント機体のイロモノだったりして整備が大変面倒な機体ばかりなのだ。
「なぁに、腕が鳴るわい! ドワーフは物作ってナンボじゃからのぅ!」
グレアムさんはやる気満々のようでなにより。
「サリーナ! お前、なんでそんなものに乗ってる!
そんな人間どもの戦争の道具に、お前が乗る必要はないだろう!」
と、最近聞きなれた怒声が響く。
どうやら、イアンがこの訓練を嗅ぎ付けてきたらしい。
どうもイアンはこのドラグーンがお嫌いのようだ。
特に先日のコボルト村襲撃以来、それまでは無関心だったのに対し明らかに嫌悪を感じて突っかかってくるようになった。
ボクたちがこの里に住むようになってそれなりの時間が経ち、城の人のみならず里の皆さんとはずいぶんと打ち解けたと自負している。
ボクの可愛さに負けたのか、ボクを見かけるたび年配(と思われる……なにしろ外見で判断が出来ないのだ)のエルフたちがお菓子をくれたりするのだ。
……決して、子供扱いされているわけではない、はず。
そんな中、頑なに打ち解けないツンドラな最後の1人が、このイアンだ。
会う度に罵声を浴びせてくる彼に対し、だんだんなれてきたせいでなぜか微笑ましさすら感じている今日この頃。
「イアン! 私はこの里とユーリ様を守りたいの!
その為には力が要る……どうしてわかってくれないのよ!」
「お前……戦いは、殺し合いは嫌いだったじゃないか!
なのにどうして! お前は変わってしまった!」
「そうよ! 誰だって変わるわよ、あんな目に逢えば! ……っ!」
「……チッ!」
どうもエスカレートしすぎたようだ。
サリーナは嫌な事を思い出して俯いてしまい、イアンは舌打ちをして去っていった。
……これはどうもいけない。
「アリス。 サリーナをお願い」
「是。 マスターはいかがなされますか?」
「……あのバカと話をしてくるよ」
そういい残してボクはイアンを追って走りだした。
「……オレに何か用か、王よ」
なんとかイアンを捕まえると、ボクは息を整える。
ちょっと走った程度で息切れをするこの体力の無さはなんとかしないといけないかもしれない。
深呼吸をして落ち着いてから、ボクは口を開いた。
「用なら判ってるんでしょ? ボクが嫌いなのは構わない。
でも、サリーナには関係がないでしょ? なんでサリーナにまであんな言い方するの?」
「……お前には関係ない」
「関係あるよ。 イアンはサリーナと幼馴染だって聞いてる。
それが、ボクのせいでその関係が崩れそうじゃないか」
自覚はあったのだろう。
イアンは遠くを見たまま、何も答えを返さない。
「ボクが何か気に障る事をしているなら改める。
でも、正直何がイアンの気に障っているのかわからないんだ。
ボクが急に里に現れた癖に王扱いされてるせい?
だとしたら、ボクは王になんて興味がない。 むしろ辞めさせて欲しい。
ただ、そのせいでお母さんたちが里から追われる事がないようにだけはして欲しいけれど……」
「……ぅ」
「え?」
イアンの口から小さな、ほんの小さな呟きが漏れた。
「違う。 ……お前は、悪くない」
「……どういうこと?」
「わかっては、いるんだ。 お前がサリーナを助けてくれた。
お前のおかげでサリーナとリタが里に戻ってこれた。
だから、オレはお前に……感謝している」
「だったら、どうして!」
イアンがボクの方を向き、しっかりと目を見ながら答えを返す。
「ダメなんだよ! お前を見ると、サリーナが酷い目に逢った事を思い出しちまう!
あんなオークを滅ぼす程の力があって、なんでサリーナがあんな目に逢う前に助けられなかった!
あぁ、八つ当たりだよ、これは! でも、そう考えてしまうんだよ!」
「……イアン」
「なんでだよ! なんであんな事をする人間と仲良くやってんだよ、お前は!
人間だぞ!? これまで何人のエルフがあいつらに浚われたと思ってる!
オレの叔母だって、子供の頃可愛がってくれてた近所の姉さんだって!」
「……」
「……すまん。 お前に言ってもしょうがないことだとはわかっている。
わかっては、いるんだ……。
でも、あんな人間どもにサリーナが……弄ばれたと思うと……」
「……サリーナのこと、好きなんだ?」
「あぁ、好きだ。 大好きだ。 クソッ! 好きなのに!
そうだよ、お前の事が嫌いなんじゃない、好きな女を守れなかった自分が嫌いなんだよ!
サリーナを救ったお前を見ると、救えなかった自分を見せ付けられてるようで腹が立つ!」
ガンッ! とイアンの拳が近くの樹を殴りつける。
皮が破けたのだろう、ポタポタと血の雫が地面を濡らす。
……透明な雫とともに。
ボクは後ろを向いた。
男だったボクには彼の気持ちが判る。
だからこそ、こんな風に泣いている姿は見られたくないだろうと思ったのだ。
「イアン。 起きてしまった事はもうどうしようもない。
けど、これから起こることなら、できる事があるだろ?
これからのサリーナを守れよ、今でもサリーナの事が好きなら。
……我慢できなかったら、ボクが八つ当たりくらい受けてやる」
「お前……」
「だから、せめてサリーナには優しくしてやれよ?
好きな子をいじめるなんて、ガキのやる事じゃないんだからさ?」
後ろで土を踏む音がした。
振り返ると、涙をぬぐったイアンがまっすぐにボクを見詰めている。
「……王よ。 頼みがある。
オレたちに力を。 守りたい者を守れるだけの力をくれ。
力をくれるなら……オレは王に忠誠を誓う」
「……ボクの出来る限りで良ければ。
ただ、忠誠じゃなくて……友達になってくれると、嬉しいんだけどね」
「わかったよ、ユーリ。 これまですまなかった。
……その、ありがとう」
初めて見たイアンの笑顔は、意外と人懐っこくて良い笑顔だった。
……目の端の涙と、少しだけ垂れた鼻水がなかったら完璧だったけれど。




