スベッテシネ、バインダー!
森の中に怒号と剣戟、そして悲鳴が響く。
それらの発生する度に、木々の合間から鳥や小動物が姿を現しては、その姿を消していく。
「アリス! 2時方向から増援、気をつけて!」
「是! マスターはもう少しお下がり下さい!」
アリスの振るった刀がオークを袈裟に切り裂き、血飛沫がその整った顔を濡らす。
だが、まだ目の前には、そして森の奥には数え切れない程のオークの集団がこちらの隙を狙うかのように控えているのだ。
「チッ! キリがない……こんなことならもっと人を集めてくるべきだったか!」
手にした矢で一匹のオークの額を貫きながらも、敵の物量にイアンが愚痴をこぼす。
その焦りも止むを得ないだろう。 彼の矢筒に残された矢は少ない。
「エルフ、ムラ、サガレ!」
一際体格の良いコボルトの戦士が片言で叫ぶ。
しかし、ここで下がっては村にまでオークが押し寄せることになる。
こんなことになるなら、セラサスを呼び出しておくべきだった。
今から呼び出す事も可能だけれど、ボクとアリスがこの場を離れれば起動までの間に押し込まれる可能性がある。
といってボクの魔法では味方まで巻き込んでしまう可能性がある。
だから周囲の把握と指揮に専念していたという状況なのだけれど。
「ブルアァァァァァッ!」
醜い怒声を上げながら、オークがボクに向かって突進をかけてきた。
流石にアリスたちだけで、全てのオークを押し留められるわけではない。
ボクは右手の魔法銃でオークの頭部をターゲット。
間髪入れずにトリガーを引くと、狙いをつけた頭部が石榴のように弾け飛ぶ。
目の前の光景を見て催してくる吐き気を堪えながら、必死に考える。
このような乱戦で使える、味方を巻き込まない魔法がなかっただろうか……?
……いや、巻き込んでしまえばいい。
「アリス! 10秒稼げる?」
「是! その程度なら一匹も通しません!」
「なら、9秒時点で完全抵抗発動! 時間合わせ、今!」
アリスの答えを待たずにスキルの発動準備に取り掛かる。
ボクが使おうとしているスキルは、発動までに10秒を必要とし、その間全く他の行動が取れないのだ。
目を閉じてスキルを起動すると、ボクの足元に魔法陣が生まれる。
そこから浮かび上がった光は、垂直に立ち上りボクを中心とした光の柱となった。
10秒の後、ボクの身体が淡く赤い光に包まれる。 スキルの発動だ。
閉じていた目を開く。
指示通りに、アリスの身体が真っ白な光で輝いている。
完全抵抗を発動したのだ。
それを確認して、ボクは状況を一変させるべく一つの魔法を解き放つ!
「……拘束!」
ボクを中心として目に見えない何かが周囲に広がり、そして……。
森に静けさが戻る。
先ほどまでの剣戟がなかったかのように、静寂を取り戻した森の中で動く者はいなくなった。
……ボクとアリスを除いて。
「……なるほど。 範囲拡張ですか」
目の前で動きを止めたオークに刀を突き立て、しかしうめき声の一つも上げず事切れるのを確認してアリスが振り返る。
「アリス、周りの味方に解呪かけて残敵を掃討。
慌てなくても多分5分は動かないはず、だか……ら……」
場に残る血臭と周りに広がる惨状に、危機を乗り越えた安堵から嘔吐感を催したボクは言葉を続ける事が出来ずうずくまる。
こちらに近寄ろうとしたアリスを手で制して作業に戻らせると、ボクはそのまま胃の中のものを地面にぶちまけた。
範囲拡張。
次に使う魔法の対象をINT(知力)に応じた範囲へと変ずるスキル。
ボクはそれを使って、単体を対象とする拘束の魔法を範囲に対して発動したのだ。
拘束の魔法への抵抗はINTの高さが影響する。
INT極振りのボクが使う拘束に、知性の低いオークが抵抗できる可能性はほぼ無い。
その結果、この周辺に居たオーク全員が拘束の効果で動きを止めたのだ。
……ボクの周りにいる味方ごと。
そう、味方を巻き込むからこそ攻撃魔法ではなく状態異常魔法を選択したのだ。
胃が空になったボクが振り返ると、弓を構えたまま硬直しているサリーナの姿が見えた。
……そして、木から滑り落ち、空に向かって弓を構えたまま身動きをしないイアン。
唯一動くその目が、怒りに満ちたままボクを睨みつけていた。
プルプル、ボクわるいハイエルフじゃないよ?
ボクたちがコボルトの村に到着したとき既に始まっていた襲撃は、このようにして辛うじて致命的な被害を出す事なく終結した。
しかし、それは一時的な終結に過ぎない。
未だオークはその数を残しているし、何より今回の襲撃の原因が掴めていないのだ。
「タスカッタ。 レイ、イウ」
先ほどの戦いで特に奮戦していた、一際体格の良いコボルトが頭を下げた。
ボクたちが到着する前から前線を支えていたのだろう。
その全身は傷だらけで、鎧の隙間から見える固そうな毛は乾いた血と今だ流れる血でゴワゴワになってしまっている。
サリーナと癒しをかけて回ると、各々のコボルトが感謝の意を示してきた。
恐らく普段は独自の言語を使っているのだろう。
喋れる者は少なかったが、喋れる者は口にして、そうでないものはただ頭を下げて礼をする。
そんな様子を見て、ゲームの中のコボルトをイメージしていたボクは少し認識を改めた。
……ただの敵モンスターであるコボルトではなく、この世界に生きる種族の一つとして。
幸いにして、今回の襲撃で死亡したものはおらず、悪くて重傷止まりだったようだ。
その彼も既にボクの癒しで後遺症も残らない程度に回復をしている。
伝令としてエルフの里に送られた二人は、運悪くオークの別働隊に出くわしてしまったのだろう。
彼らが最初で、かつ今の所唯一の死亡者となってしまったようだ。
とはいえ、ボクたちが来なければ村全体が死亡者で溢れる結果になっていてもおかしくはなかった。
彼らは命を賭して村を救ったのだ。
「それで、何故オークが襲ってきたのか、何かわかっているか?」
イアンが問い詰めるように体格の良いコボルト(コボルトリーダーと呼ぶことにしよう)に尋ねる。
ちなみに、イアンは先ほどからボクの顔を見ようすらしてくれない。 ……クスン。
「ワカラヌ。 オーク、イツモ、チガウ。 コボルト、タタカイ、イッショ」
……うーん、片言の外国人みたいでわかりづらい。
訳すると「わからない。 オークは普段と違った。 コボルトのような戦い方だった」だろうか?
確かに、オークは知能が低く、集団で行動するとしても10匹が上限という所だろう。
なぜなら、好き勝手に行動するため数がいても途中で分散してしまうのだ。
だからこそ、個々はそれほど強くないが集団として動くコボルトとこれまで対等に小競り合いを繰り返す程度で済んでいたのだ。
オークは集団で行動する事は無い。 ……通常ならば。
エタドラでは、唯一オークがこのように統制の取れた行動をする場合があった。
まだボクがレベルカンストする前、複数パーティでレイドを組んでオーク相手に対集団戦を行ったのを思い出す。
その時は、とあるフィールドボスの討伐が目標だったのだけれど。
「……オークロード」
オーク達を統率し、軍として操るフィールドボス。
ボクが推測でそのボスの名を上げると、コボルトリーダーとイアンが表情を変えた。
「まさか! この森にオークロードが現れたなど、長老からも聞いた事が無いぞ!」
「アリエヌ。 コボルト、オークロード、ミタ、ナイ」
そう、奴がポップしていたのは今で言う帝国の北側エリアであり、この辺りは特にボスがポップすることはなかったはずである。
結局ボクの知る限りリリースはされなかったけれど、古龍の封印されたエリアにはその影響でボスが存在しないという設定がある。
……つまり、地帝龍の存在すると言われるこの迷いの森にはボスが存在しないはずなのだ。
ゲームとの相違といえばその通り。
しかし、言い様のない不安がボクを捉えて離さなかった。




