青空教室
「水刃!」
詠唱が響き渡り、前に差し出した手から圧縮された水が迸る。
勢い良く放たれたそれは、5メートルほど先の板に触れるとその板を断ち切った。
「……火炎」
続いて、今度は炎が生み出され、板とともに目の前の空間を赤く染め上げる。
やがて火が収まると、黒く焼け焦げた板だけがそこに残されていた。
魔法。
それは、自らの内に秘める無色の魔力をイメージで染め上げ、現実へと呼び起こす技術。
それを使う者は騎士と呼ばれ、ドラグーンに騎乗する資格を得る。
しかし魔力を持つ者は少なく、騎士とは限られた才を持つ者のみに許された称号なのである。
なのであるが……
「お姉ちゃん、見た見た? 魔法できたよ!」
「エステル、すごいすごい! さすがボクの妹!」
ボクたちは今、エルアリアさん主催の青空教室にて、魔法の勉強をしていた。
正確には、ボクたちというよりはエステルとリタの二人だけれど。
エルフの特徴として、殆どの者が魔力を持つというのは既に述べたところだろう。
そのため、エルフは幼い頃から魔法に慣れ親しむことになる。
それに対し、人間は先に述べたように魔力を持つ者は少ないため、王国では10才になると魔力の有無を確認するというイベントがある。
エステルは10才になる前に村を出ることとなったため、魔力の有無を確認していなかった。
ところが先日、エルアリアさんがエステルの持つ魔力に気付いたらしい。
エルフから見ても劣る事のない魔力量がある。
それならば、と早速魔法を教えてもらう事となったのだ。
「……リタはともかく、エステル様は一度で成功させてしまうとは。
魔力量は突出してはいませんが、制御に関しては才能をお持ちかもしれませんね」
珍しくエルアリアさんが驚いている。
実はボクも驚いた。
里に1人だけいるエステルよりも小さな子が、何度も魔法に失敗して涙目になっているのをこの里に来てから見かけているからだ。
そんな彼女も、覗きに来たローリーさんを撃退しようといつの間にか魔法を使えるようになっていたのだけれど。
「流石私の子よね。 娘二人とも魔法を使えるなんて、エリートコースじゃない。
もう私、老後の心配はしなくてよさそうね」
「否。 両国家と敵対した我々は、エリートコースどころかアウトロー一直線です」
低い稼動音とともに、カレンさんがエステルに近づいて頭を撫でる。
この前完成した自走型車椅子はさっそく役に立っているようだ。
これによってカレンさんはある程度の自由を取り戻し、今では1人で買い物に出かけるなど積極的になってくれたのである。
おかげで、エステルもボクも以前以上に笑顔が増えた。
「……カレン、私も出来た」
「うんうん、リタもがんばったわね。 偉い偉い」
カレンさんがリタを抱きしめて撫でると、リタも嬉しそうにはにかんだ笑顔を浮べた。
王国で奴隷とされていた時の影響でリタは幼児退行を起こしている。
そのせいで、魔法に関する知識も失ってしまったのだ。
精神年齢が下がった事でエステルと中身的には同年代となったリタは、非常にエステルと仲が良い。
エステルが魔法を習うということで、一緒に魔法を覚えなおすこととなり、今の勉強会に至っている。
ちなみにカレンは今ボクたちと一緒に生活しており、元々家族のいないリタはボクと同じようにカレンさんを母親のように慕い懐いている。
おかげで、エステルと二人遊んでいる所を見るとまるで姉妹のようで、姉たるボクは若干の嫉妬心を抱いているのはナイショである。
まぁ、ボクもリタが妹のように思えてきているのだけれど。
「この調子ですと、エステル様は里一番の魔法使いになれるかもしれませんね。
魔力の大小も大事ですが、魔法の質は制御で決まりますので」
「そうですね。 なにより……制御が上手に出来るほど、ドラグーンも上手に扱えます。
アリス、ボクたちの方も少し急がないといけないね」
「是。 エステル様が騎乗されるドラグーンを早めに決めましょう。
体格にあわせ、コクピット周りの改修も必要でしょうし」
ボクたちの方はというと、グレアムさんと協力してドラグーンの整備と修復を進めていた。
今の所は持ち込んだセラサスと冒険者二人組のアシュケロン、セイメイの整備から始めている。
特にアシュケロンとセイメイは、発掘された状態からこの世界の技術での整備をされていたせいで部分的にオーバーホールが必要な状態である。
この状態ですら汎用機よりも性能が良いというのだから、この世界の技術力は推して知るべし。
この後冒険者組の二人にはウェルチの町のギルドで情報収集をしてもらうので、そのためにも早くドラグーンの整備を完了したいところだ。
「……ちゃん。 お姉ちゃんってばー!」
「ん? あ、エステルごめんごめん。 何か用だった?」
ついつい今後の計画について考え込んでしまっていたらしい。
どうやらエステルがボクを呼んでいたのに気付いていなかったようだ。
「お姉ちゃんの魔法、見てみたい!」
ほほぅ、ボクの実力を見てみたいと申すか。
ここは姉として、越えられない壁がいかに高くそびえ立っているのかを教え込む必要がありそうだ。
「エステル、任せなさい! ボクの魔法を見てしっかり学び取るのだー!」
ボクはそう言いながらどの魔法を使うか脳内で選択する。
ここは一つ、格好よくてかつ実用的な魔法を使うべきだろう。
「……7色の牢獄!」
詠唱を終え、ボクは両手を前に差し出して魔法を発動する。
ボクが選択したこの魔法は、7色の光弾で相手を追尾の上光の格子で取り囲み、その範囲を狭めて逃がすことなく確実に破壊するという大技である。
その追尾性から基本回避はできず、ほぼ必中のためいかに抵抗して耐えるか、という魔法なのだ。
「わぁ……きれい!」
エステルが放たれた7色の光を見て、感動しているようだ。
エルアリアさんたちも呆然とその光を見詰めている。
虹を模した光は一旦上空へ向かうと、目標とした板を中心に円を描くように地面へと突き刺さる。
わずかに隙間のあったそれらは、次第にその感覚を狭め一本の虹のようにまとまっていく。
全ての光が収束したその後、一瞬白く眩く輝いて、光は消失した。
……そこにあったはずの板とともに。
「エステル、このくらいは使えるようにならないとね! 勉強あるのみ!」
あ、多分今ボク調子に乗っている。
無意識だけど、多分ウザいドヤ顔してるような気がする。
こういうときって、たいてい……。
「……ユーリ様。 そのような遺失魔法を軽々しく使わないで下さい。
板どころか、地面に大穴が開いてしまっているじゃないですか」
エルアリアさんが呆然としていたのは見とれていたからではなく、あまりの事態に我を失っていたからのようだ。
「マスター。 その調子に乗っている顔は背伸びした幼児のようで可愛らしいですが、やっていることがムチャクチャです。
さ、あちらで反省しましょう」
いつの間にかボクの後ろに来ていたアリスに、首根っこを捕まれて猫のような持ち方をされる。
そのままスタスタとボクを持ち上げたまま、ボクはどこかへと連れ去られていく。
「マスター、くすぐりの刑1時間です。 お覚悟を」
「ちょ!? アリス、マスター権限で命令、即時停止!」
「不可。 これはマスターの為です。
私はマスターのオペレータとして、マスターの為最善となる行動を取る義務がありますので」
「た、助けて! エステル、お姉ちゃんを助けて!」
「お姉ちゃん、アリスさんと仲がいいよね。 ……羨ましいな」
「違う! そうじゃない! エステルとも仲良しだから、だから助けて!」
皆の生暖かい視線に見送られて、ボクは抵抗空しく城へと連れ戻された。
そして待っているのはくすぐりの刑。
調子に乗ると良くない事が起きると体感した一日でした。
ちなみに。
城の一室から漏れる嬌声に不審を感じたメイドさんたちが部屋を覗き、皆顔を赤くしてそそくさと立ち去っていったそうだ。
「あははは、や、やめ、ひぃや、ははは、んぅっ……ふぁっ!」
「マスター、まだ30分残っております。 我慢なさって下さい」
ボクが1時間の刑罰執行の中、どのような顔をしていたかは思い出したくない。




