いつまでたっても幼女
小鳥の囀りで目を覚ました。
少し固めのベッドから身を起こすと、窓を開け外の空気を取り入れる。
と、トタトタと足音が聞こえたと思うや否や、バタン! とドアが開き元気な可愛らしい声が部屋に響く。
「ユーリお姉ちゃん、おはよう!」
「エステルちゃん、おはよう。 でも、ドアはノックしてから開けないとダメだよ?」
「あ、そっか! じゃあ、やり直すね!」
と、ドアが閉まって、コンコン、とノックの音が聞こえる。
苦笑しながら「どうぞ」と声をかけると、再び彼女……エステルの笑顔が現れた。
「ユーリお姉ちゃん、おはよう!」
ワイルドウルフとの闘いから、1日が過ぎた。
ボクが今いるのはココルネ村。 王国の東端にある小さな村である。
あの日、ボクが気絶する前に助けてくれたのはこの村のカレンさん。
今、ボクの目の前で朝食の準備をしている女性だ。
そして、先ほどボクを起こしに来たエステルの母親でもある。
どうやら昨日ボクがワイルドウルフと遭遇したのは運が良かったのか悪かったのか、村からそう離れていない、それこそ後10分も歩けば村に辿り着く所だったらしい。
そんな村に近い所に魔獣が目撃されたことから、狩りの経験がある数人で警戒をすることになり丁度カレンさんもワイルドウルフを狩るため村周辺を見回っていた所だったそうだ。
あの後、気絶したボクを抱えて村まで運び、自分の家で介抱をしてくれていたとの事。
昨日目を覚ましたボクがお礼を言うと、「詳しい事情は後で。 今はゆっくり休んで」と言ってそのまま部屋を貸してくれていた。
今朝ボクが寝ていた部屋は、カレンさんの部屋だそうだ。
リアルでは男だったボクとしては、女性の部屋に入ったのは乱華の部屋以外で初めてである。
正直、昨日はドキドキして眠りが浅かったのは、しょうがない事だろう。
エステルは、目を覚ましたボクに興味しんしんだったようで、昨日は色々話しかけようとしてカレンさんに叱られていた。
元気になった今日は、お礼がてら話をしてあげたいと思う。
というより、ボクの方が人恋しいのだ。
流石に転生後しばらく独りだったのがかなり影響しているらしい。
「さ、準備できたわ。 どうぞ召し上がれ」
穏やかな笑みを浮かべたカレンさんは、見た感じまだ20台前半の明るい茶髪の女性である。
8才くらいのエステルの母親である以上、30才近くてもおかしくはないはずだけれど……
いや、この世界では出産年齢が日本より若いのかもしれない。
美味しそうにスープを飲んでいるエステルは、カレンさんと同じ明るい茶髪を後ろで結わえた、元気そうな女の子だ。
この子の明るさにボクはたった一日で大分癒されている。
「いただきます」
手を合わせてからスープにスプーンを浸す。
材料はわからないけれど、黄色いパンプキンスープのような感じのスープだ。
味はどちらかというとコンソメスープに近い味だが、ピリッとした香辛料が効いていて非常に美味しい。
「ユーリお姉ちゃん! このパン、おいしいよ!」
エステルがテーブルの真ん中にあるパスケットから、パンをひとつ渡してくる。
流石に背が届かないので、テーブルに乗り上げるようにして渡してくるのが微笑ましい。
けれど、そんな格好をしていると……
「こら! エステル、お行儀が悪いでしょ!」
ほら、怒られちゃった。
そそくさと自分の椅子に戻ったエステルは、もう一度こちらに笑顔を見せてから自分もパンを食べ始める。
受け取ったパンは若干固めで、千切って食べようかと見ていたところエステルがスープに浸して食べるのが目に映った。
なるほど、こうして食べるとパンにスープの塩気が染みて、丁度良い塩梅だな……
そんな感じで、久しぶりの穏やかな食事の時間が過ぎていった。
「さて、それじゃ落ち着いているようだし、お話できるかな?」
食事の後、カレンさんがそう切り出した。
正直、どのように答えるべきか迷っている。
というのも、流石に異世界から来ました、とは言えないし、言った所で信じて貰えなさそうに思える。
少し迷った後、ボクは定番の記憶喪失ネタで誤魔化しながら、この世界の情報収集を行う事にした。
正直、理路整然と何も装備せず森をさまよっていた理由を説明出来る気がしないからだ。
話終わると、カレンさんは若干不審気な表情を浮かべていたものの、一応は納得してくれたようだ。
まぁ、仮にボクが悪巧みをしていたとして、ワイルドウルフにすら勝てないボクに何ができる、という話である。
温い水を一口飲んで喉を潤した後、今度はボクの方から色々と質問をしてみることにした。
「この村は、どんな場所にあるんでしょう? 気が付いたら森の中で、無我夢中で歩いていたので判らなくて……」
と、ふと横を見るとエステルが話に入りたそうにウズウズしている。
カレンさんは苦笑すると、
「丁度いいわ。 エステルも一緒に聞いてなさい」と前置きし、説明をしてくれた。
「この村はココルネ村……っていうのは昨日話したわね。 王国、正確にはイルレーネ王国の東側にあるジュナーン領、そのさらに東端にあるのがこの村なの。
ここからさらに東にいくと、そこが王国と帝国……ディオーレ帝国との国境になるわ。
その辺りには小さな砦はあるけど、村や町は存在しないから、まぁ交易ルートからも外れた、辺境の村ってことね」
話を聞きながら、ゲームの知識とすり合わせていく。
といっても、既にかなりの相違があるのだけれど。
イルレーネ王国というのはエタドラでも存在していたのを覚えている。
なぜかというと、ボクの所属するギルド「しゅーてぃんぐすたーミ☆」はその国に所属していたからだ。
ただし、ジュナーン領というのは記憶にないし、なによりディオーレ帝国というものは存在していなかったように思う。
今いるこの村がイルレーネ王国だとすると、位置的に数日前さ迷った森は「迷いの大森林」と呼ばれた森、という事になる。
大層な名前がついているが、実の所初心者向けのインスタントダンジョンだったりするんだけれど。
そして、このココルネ村はイルレーネ王国所属のユーザのスタート地点、「始まりの村」に相当する辺りだろうか。
そう考えると、遭遇したワイルドウルフについても納得がいく。
要は、初心者向けのエリアだったからあの程度のモンスターが出現したという事だ。
最も、あの程度とは負けそうになっていたボクの言う台詞ではないかもしれない。
いずれにせよ、他のエリアであればとっくに2度目の死を迎えていただろう事に異論はない。
そういう意味では、非常に運が良かったと言えるだろう。
その後も話を続け、この大陸には大きく分けて4つの勢力が存在することがわかった。
最初の話に出ていなかった北の北方連合、これは大小13の国々の連合国家であり、内部に火種を抱えてはいるものの現状落ち着いている状態であるとの事。
また、南に位置する商業国家マーケス。
各国への交易など、ある意味で現在他3勢力を相手にした経済と言う名の戦争中であるといっても過言ではない、商業に特化した国家だそうだ。
いずれも、エタドラでは存在しない勢力だった。
ただ、エリア的にはそれぞれがエタドラで存在する4勢力とほぼ同様のようなので、そういう意味では判りやすい。
そして、それは一つの可能性を表しているように思えてくる……
「ちなみに、今日は聖暦何年の何月何日でしょうか?」
「聖暦……400年前の魔神大戦まで使われていた暦ね。
今は神暦の411年。 聖暦の終わりが1589年だから、聖暦で言うと……あら、丁度2000年ね。 2000年の10月3日よ」
読みは当たったようだ。
ボクが過ごしたエタドラの世界とリンクしているとしたら、過去か未来のどちらかと見ていたけど……
どうやらここは未来に相当する世界のようだ。
OPで謡われるのが聖暦1560年だから、その約30年後に魔神大戦なるものが起きた、という事になる。
「ユーリちゃんは、生まれる前の話なのに、よく聖暦なんて知っていたわね?
……あぁ、エルフでは今でも聖暦を使っているのかしら? それとも、もしかして400歳以上だったりして!」
「えっと、どうでしょうか……わからないです、頭に聖暦って言葉が浮かんだだけなので」
クスクス笑いながら目が笑っていないカレンさんに、少し冷や汗を感じながら答える。
言われて思い出したけれど、ボクは今エルフだ。
種族的には、ハイエルフということになる。
キャラメイク時の種族説明では「寿命は数千年と言われる」などと書いてあったと記憶しているけれど、その辺りはどうなっているんだろうか……
逆に言えば、ハイエルフのNPCであれば、エタドラの世界の頃から生き延びている可能性があるってことだ。
4勢力に属さないクエスト用の勢力として、エルフの隠れ里が存在していたはず。
落ち着いたら、そこで話を聞けると面白いかもしれない。
ちなみに、外見上少女(幼女)でキャラメイクしているけれど、年齢という設定項目は存在していなかった。
そしてハイエルフは成人するまでは人間と同じ速度で成長し、成人後その容姿を保ち続ける、という種族である。
実年齢が10才前後ならいいものの、カレンさんの言うとおり400歳とかだったりしたらどうなるのか。
つまり……ボクはこのままずっと成長しない可能性が……!
衝撃的なその事実に、ボクは崩れ落ちてしまう。
カレンさんとエステルの不思議なものを見るかのような視線が、ボクに追い討ちをかけるのであった。