糾弾のアリア
「おぅ、お疲れ様さん! 二人とも、聴取は無事おわったか?」
いつもの広間に戻ると、一杯やりながらドランさんが声をかけてきた。
……流石ドランさん。 このボクたちの雰囲気を見てそのような言葉をかけられるのは貴方だけだと思う。
「無事こちらに罪を被せられる形で終わりました!
というわけで、ボクたちは尻尾を巻いてここから逃げ出しますので、悪しからず!」
「そうかそうか、そいつぁよかった……って、おい! そりゃぁ、どういうこった?」
ドランさんが剣呑な雰囲気を漂わせる。
ボクの言葉を聞いて、カイルさんもカウンターから飛び出してきた。
「カイルさん、聞いての通り。 悪いんだけど、さっきの部屋でジェイガンさん止めてきてくれる?
あのままだとニコラスの野郎をぶち殺しかねない」
「……一体何が」
「ボクらは急ぐからジェイガンさんに聞いて?
あ、それと。 多分ジェイガンさんに質問されるから、そんときは間違いなく答えてあげてね。
アリス、念のためアレをカイルさんに」
「是。 カイル様、こちらをお返ししておきます」
アリスからカイルさんに手渡されたのはギルドカード。
頭にハテナを浮べている二人を尻目に、ボクたちはそそくさとギルドを後にする。
……ちゃんとお別れを言う暇すらなくて申し訳ないけれど。
それもこれもニコラスの野郎のせいだけど、まぁアイツのこの後は決まったようなものだし、取りあえず置いておこう。
「……アリス、面倒なことになって悪いけど、今日中に出発だ」
「是。 マスターの御意思のままに」
さて、これから少し忙しくなる。
手配中の馬車を受け取って、カレンさんの強制退院にこの町からの脱出。
エルフの里に向かうのに準備もいるし、念の為襲撃にも備えないといけない。
くきゅるるる……
と、ボクのお腹から可愛らしい音が鳴る。
考えてみれば、今日はまだお昼ごはんを食べていなかった。
「……まずは、お昼ごはんを食べる所からだね」
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俺とカイルが執務室に入ると、怒りで顔を真っ赤にした爺さんと俯いて震えている眼鏡の二人が、険悪な雰囲気で背中合わせに座っていた。
「……良かった。 まだ何も起きていなかったようですね」
「ふん! 儂とて法で裁くべきを怒りに任せて私刑にかけるような真似はせん。 ……ユーリ殿は?」
「後を私に任せギルドを去られました。
……恐らくは、もうこの町からも出てエルフの里へ向かわれるでしょう」
「元々聴取が終わり次第小っさい嬢ちゃんたちは里に向かうつもりだったからな。
んで、一体何がどうなったんだ? お前さん方、小っさい嬢ちゃんに何しでかしやがった?」
見た感じ、眼鏡の野郎が嬢ちゃんを怒らすような何かをやりやがったんだろうが。
……しかし、コイツは俺らの上げた報告を見ていないのか?
生身でも騎士団の連中をぶち殺すような相手を怒らすなんて真似、俺には出来そうもねぇ……。
「その事じゃが……カイルよ、ユーリ殿がお前に聞けといった事がある」
爺さんが最後のやり取りをカイルに説明し始めた。
それを聞くうち、カイルの顔が青くなって、そして赤くなった……面白いな、コイツ。
「……なるほど。 ユーリ様がお怒りになったのも、アリス様がギルドカードを返された訳も分かりました。
審議官殿……いや、その資格もない。 ニコラス、貴方はやってはいけない事をやってしまったようですね」
「……どういう意味か、教えて貰えるじゃろうか?」
「ユーリ様が最後にされた質問ですが、アリス様の種族は……人間ではありません」
カイルが先ほど従者の嬢ちゃんから預かったギルドカードを差し出す。
そういえば、俺も以前確認した時には小っさい嬢ちゃんがハイエルフだった事に驚いてそっちは確認していなかった。
爺さんと二人、そのカードの記述をのぞき込むと……
「なんだこりゃぁ? オペレーター? こんな種族見たことがねぇが……」
「儂も寡聞にして知らぬ。 じゃが……そうすると」
謎は増えたものの、一つ分かったことがある。
従者の嬢ちゃんが自分の種族が人間と宣言した時、真偽判定の結果は真。
つまり……嘘をついていないという結果が出た。
しかし、ギルドカードにはこの通り人間以外の種族が記載されている。
当然ギルドカードは普通偽造なんか出来ねぇし、仮に出来たとしてなによりギルドカードを登録したのは二人がこの町に来たばっかりの時で、その時に偽造する必要なんざない。
仮にその後偽造したとしても、発行した時に見ているカイルが気付いているはずだ。
ということは、だ。
「ニコラス……真偽判定の魔法の影響下で、なぜこのような真偽の誤りが起こる? 納得のいく説明が出来るのか?」
青ざめた顔の眼鏡が絞り出すように口を開く。
「……無意識で、アリス様はご自分を人間だと思い込んでおられた……」
「自らの思い込み程度で真偽判定の魔法は誤魔化せるものかの?
……良く考えて答えるのじゃ。 今、事はお主だけの問題ではなくなっておるのだぞ」
「おいおい、爺さん。 そいつぁ、どういう意味だ?」
どうやら、カイルの野郎も眼鏡も爺さんの言いたい事を理解しているらしい。
どうせ俺ぁ頭が良くねえっての。 さっさと説明しろってんだ。
「審議官に多大な権限が与えられとるのは、それだけ真偽判定の魔法の真偽判定の精度が高く信用があるからじゃ。
じゃが、それが思い込み程度で誤魔化せるものじゃったとしよう。
……果たして、そのような判定に意味があるものか?」
「……つまり、審議官そのものへの信用と価値が揺らぐ可能性がある、ということですね」
「その通りじゃ。 そして、逆に何らかの方法で真偽の結果を偽っていたとしよう。
その場合も……審議官そのものの正当性を失うじゃろう。
審議官が審議の結果を思うままに出来るという事じゃからな。
……ニコラスよ、理解したか? もはや、いずれにしても事はタダでは済むまい」
なるほど、審議官という制度そのものの屋台骨が揺らいでいる……いや、崩壊寸前という事態ってことか。
こいつぁ……とんでもねぇ話になりそうだ。
「わ、私は! 私はそのようなつもりでは……!」
「黙れぃ! つもりの有った無しなど問うてはおらん!
そのようなもの今更言っても始まらんわ!
貴様のせいで、この王国は3つのものを失ったのじゃぞ!」
「……ひとつは審議官という制度への信頼ですね。 残り二つは?」
「今、国の上層ではエルフとの関係改善を進めていた。
なにしろエルフは長寿。 魔神戦争以前の技術すら受け継いでいる可能性がある。
それは戦争の始まった我が王国には喉から手が出るほど欲しいものじゃ。
じゃが……その一方で国の役人が、エルフの王族を不当に裁こうとする。
そこの坊主、お主がエルフならどうする?」
「坊主って俺の事かよ……そうさな、俺ならどの面下げて関係改善なんてほざくんだ、と怒鳴りつけるだろうな」
そりゃぁ、馬鹿にしすぎってもんだろうよ。
それにエルフの側からすりゃ、隠れ里に籠る生活も当たり前で今更関係改善するメリットが大してねぇな。
「それが一つ。 もはやエルフとの関係正常化は困難じゃろう。
そしてもう一つ。 ……これはお主らの方が実感しておる事じゃろうが」
「えぇ……ユーリ様は身内には甘い。
騎士団の件があっても、我がギルドはユーリ様とそれなりに友好な関係を築いておりました。
しかしそれも……流石に今回の事があってはどうなることか」
「おいおい、俺ぁ、小っさい嬢ちゃんと敵になるくらいなら、この国を出るぜ。
おい、眼鏡野郎。 お前、俺らが上げた報告はちゃんと読んでんのか?」
「……あぁ、目を通した。 それが……なんだ?」
「仮に小っさい嬢ちゃんがこの国を敵に回したとしてだ。
森林竜を単騎で討伐し、騎士団の2分隊を相手に無傷で勝利するような奴を相手に、勝てるつもりだったのか?」
「そのような報告、出任せに過ぎぬと言われた! 仮に真実として、中央騎士団の敵ではないだろう!?」
「……いや、中央騎士団だろうが勝てぬな。
それに、仮に勝てたとしてその戦いで戦力を失って、どうやって戦争に勝つのじゃ?
逆に言えば、あの者を引き込めば戦争は勝ちじゃった。
ただでさえ帝国の軍に住んでいた村が焼かれた娘じゃ、帝国相手ならば共に手を携える事も容易じゃったはずなのにのぅ……
東方騎士団がそれを困難にし、貴様が完全に道を潰したのじゃ。
王になんと申し開きをすれば良いのか、考えたくないわ」
爺さんが深くため息をつく。
俺も爺さんに同感だ。
こりゃぁ、俺もリリーたちと一緒にエルフの里へ逃げ込んだ方が良いのか?
カッコイイ事を言った後だけに流石にバツが悪すぎるが……
と、爺さんが表情を硬くして、眼鏡野郎を更に問い詰める。
「じゃが、それよりも。 今面白い事を言ったのぅ? 出任せに過ぎぬと……誰に言われたのじゃ?」
眼鏡野郎が目に見えて青くなり、カタカタと震えだした。
こいつぁ、本当に戦争する前に足の引っ張り合いで国が傾くぞ?
どこのどいつか知らんが……馬鹿な奴だ。
トカゲの尾を踏んでいるつもりで、竜の尾を踏んでいる事に気づいていなかったらしい。
小っさい嬢ちゃんよ、こんな馬鹿ばっかりの国に付き合う必要はねぇ。
さっさとエルフの里に逃げて、お仲間と幸せになっちまいな。




