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大人の国のアリス

「では、彼らの事はお任せ下さい。

 ユーリさま、この度はお疲れ様でした」


 ギルドで受け付けをしていたカイルさんが、ベルファウスと騎士団の連中を引っ立てていく。


「さて、小っさい嬢ちゃんよ。 とりあえずギルドで色々聞かせて貰えると助かるんだが……」


「ん。 それじゃ、取りあえず……」


 ボクがドランさんとギルドに向かおうとすると、その前をアリスが立ちふさがる。


「……アリス?」


「不可。 マスターはギルドには行かせません」


「おいおい、従者の嬢ちゃんよ。 こんだけの事で事情を聞かないって訳にはいかんだろうが。

 なんせ一応ギルドに登録済みの冒険者が騎士団をふっ飛ばしたんだぜ?

 早いとこ事情把握しとかんと、ギルドの存続すら危ういんだが?」


 少しイライラした感じでドランさんが吐き捨てる。

 確かに冷静に考えるとボク、結構とんでもない事をしでかしている気がする。

 しかし、やはりアリスは動かない。


「……ギルドの都合など、どうでも良いのです。

 町を救う為森林竜(フォレストドラゴン)を討伐したにも拘らず捕縛され尋問。

 その上奴隷を救出して脱出の後、騎士団を相手に戦闘。

 子供にそこまでの事をさせておいて、なお拘束するおつもりですか?

 まずは、休ませて差上げるべきではないのですか?」


「っ! ……そうだな、ムチャクチャやりやがるが、こいつぁガキだったな……」


「アリス、ボクはだいじょう……ぶ……?」


 突然の立ちくらみに、よろけたボクをアリスが抱きかかえてくれる。


「マスター、そんな風に無理をされるからカレン様がご立腹されるのです。

 さ、行きますよ」


 と、またもやアリスはボクをお姫様抱っこで抱きかかえる。

 これは恥ずかしいと前にも言ったのに!


「アリス! やだ、ダメ! これはない、降ろして! せめておんぶ!」


「否。 マスターがまたどこかへ行かないよう監視する必要があります。

 そのためにも極めて効率的な運び方と考えます」


「いーやーだー! 離して! 離し……て……」


「否。 暴れると余計に体調を崩します。

 力を抜いて、大人しく抱かれていて下さい」


 結局暴れてもアリスの手から逃れることはできなかった。

 多分、ボクの顔は真っ赤になっているに違いない。

 ふと周りを見ると、ドランさんは微笑ましくこちらを見送っており、サリーナさんは同じく顔を真っ赤にしてこちらをガン見している。

 そして、行く手には町の人々。


 ボクの公開処刑は、宿につくまで続くのであった。




 -----




「ユーリさま、アリスさん。 助けて下さって本当に有難うございました。 ほら、リタ! 貴方も御礼を言うの!」


「うあー? ありがとー!」


 サリーナさんとリタさんが深々と頭を下げる。


 あの後、なんとか宿にたどり着いたボクたちは、ボクたちでとサリーナさんたちの2室を取り休むことにした。

 軽く身体を拭いて落ち着いたところで、サリーナさんとリタさんが訪ねてきたのだ。


「やめてくださいよ、サリーナさん。 ボクこそ、サリーナさんが魔法を教えてくれたおかげで助かったんですから。

 ところで、そのユーリさまってのもやめて欲しいんですけど……」


「いけません! 王族の方が私たちのような平民にそのような!

 ただでさえ返しきれない恩がございますのに、そのような事をなされては困ります!

 むしろユーリさまこそ私などにさん付けなどしないで下さいませ!」


 どうやら、ボクがハイエルフ……エルフの王族ということで畏まってしまったらしい。

 自分自身ステータスに影響する種族ってだけで特にハイエルフに拘りとかはないので、逆に困ってしまう。

 ……もしかして、エルフの隠れ里に行くとこんな状況が続くんだろうか?


「……わかったよ。 サリーナ、リタ。 これでいい?」


「有難うございます。

 ユーリさまは、この後如何なされるのでしょうか?」


「エルフの里に向かうよ。 ただ、もうしばらくはこちらにいる必要がありそうだけど」


 エルフの隠れ里を目的地とした理由の魔法に関しては、サリーナに教えて貰ったおかげで最早解決してしまった。

 そういう意味では必ずしも向かう必要はないものの、サリーナとリタを送り届けるという新しい目的がある。

 それに……正直な所、このまま王国の管理下にいるのは危ないように思うのだ。


 騎士団一つを壊滅させる個人なんて、敵味方どちらにしても野放しにはされないだろう。

 その上、その個人はこれまで奴隷として扱ってきたエルフなのだ。

 ボクだったら、どんな手を使ってでも懐柔するか、あるいは殺すかする。

 ほっとけば反乱を起こされたり、敵国に協力したりされるに決まっているからだ。


 ……ボクは、別にそんなつもりはないし、帝国に協力なんてありえないけれど。

 といっても、そんなボクの心の内を理解してくれるわけでもなし。


「よろしければ、その際に私たちも一緒にお連れ頂ければ有難いのですが。

 もちろん、里へのご案内もできますし、長老方への仲立ちもさせて頂きます」


「もちろん、そのつもり。 だから、嫌かもしれないけれどもう少しの間はここで身体を休めてくれる?

 二人ともまだ完調ではないだろうしね」


「はい、大丈夫です。 ギルドの方やこの宿の女将さんは優しかったですし……」


 とはいえ、差別意識というのは根深い。

 町の人たちの中にも、やはりこちらを蔑むような視線を送ってきた人もいたのだ。


「アリス、出来れば二人を保護してくれた冒険者の人たちにしばらく護衛して貰えるよう依頼を出した方がいいかも」


「是。 明日にでもカイルさまに相談しておきます。

 まだまだお話足りないかとは思いますが、本日はそろそろお休みになられた方が宜しいかと」


「そうですね。 ユーリさま、本当に有難うございました!」


「何かあったら呼んでね。 遠慮したらダメだよ?」


「あうあー!」


 二人は頭を下げながら退室した。

 アリスが差し出してくれた水を飲んで一息つく。


 思い返してみると、この数日でいろんな事がありすぎた。

 流石に少し休まないと本当に倒れてしまいそうだ。


「アリス、悪いけど少し寝る。

 アリスも疲れたら休んで?」


「是。 マスターがお休みになられたのを確認してから私も休みます」


「ん……今回もアリスのお陰で助かった。 いつもありがとう」


「否。 全てマスターのお力です。

 むしろ至らず、マスターを御身を危険に晒してしまい申し訳ございません。

 ですが、マスターがお力を取り戻された以上、セラサスと私がマスターをお守り致します」


「ありがとう」


「……感謝の極み」


 ボクは眼を閉じて緩やかな睡魔に身を委ねる。

 ふと、額に何か柔らかいものを感じた気もするけれど、確認するのも億劫でそのまま意識を手放した。





 気付くと、ボクは暗闇の中にいた。

 まるで宇宙にでもいるかのように手足は何も触れず、ふわふわと浮いているようだ。


 と、何か低い音が聞こえる。

 唸り声とも、泣き声とも取れるような音。

 小さかったそれはだんだんと大きくなり、そして次第に意味を成す言葉へと変化していく。


 目の前に、人の影らしきものが浮かんでくる。

 それらの口から、先ほどから聞こえている音が漏れているのだ。


 怨嗟、憤怒、怨恨。


 人の影とどうして判断したのだろう。

 それらは、既に人の形をしていないのに。


 斜めに身体を裂かれ上半身の身となった男。

 額に赤い華を咲かせ、脳漿を滴らせる男。

 全身が炭化しながらも、黒い炎に焼かれ続ける男。


 それぞれが、それぞれの恨みと苦しみを叩きつける。


 それらは手を伸ばし、ボクの身体に纏わりつこうとする。

 ボクは逃げようとするも、どんなに手足を動かそうと何も触れず、身体は虚空に揺れるばかりで逃げ出す事が出来ない。


 それらはついにボクの足に、手に、体にその身を伸ばす。

 ボクは悲鳴を上げるも、どんなに声を上げてもその声は虚空に吸い込まれるばかりで何も聞こえることはない。


 そのとき、ボクに向かって一筋の光とともに手が差し伸べられる。

 ボクは必至にそれに向かって手を伸ばし、そして……




「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」


 叫び声とともに覚醒する。

 汗が滝のように流れ、涙が溢れる。

 ぼやけた視界に映ったのは、宿の天井。


「マスター! しっかりして下さい!」


 アリスの声で、ようやく悪夢から覚めた事に気づく。

 ボクのその手は、アリスの手と繋がれていた。


「あ……アリ、ス。 アリス。 アリス!」


 無意識にボクはアリスに抱き付いた。

 身体の震えが止まらない。


「マスター、私はここにいます。

 大丈夫です。 何も心配することはありません」


「アリス、夢で、殺した奴らがボクを引きずり込もうとするんだ!

 ボクは、ボクは……」


 そう、ボクは人を殺した。

 平気だった。 平気なつもりだったんだ。

 ボクは村でも帝国の騎士たちを殺している。

 それでも何も思う事はなかった。 だから平気だと思っていたんだ。

 でも、心の奥底では(おり)のように積み重なっていたらしい。


「マスターは悪くありません。

 人を殺すことは是とすべきではありませんが、殺さなければマスターが殺されていたのです。

 マスターはご自身とあの二人、それに町の皆を救ったのです」


 アリスがボクを強く抱きしめる。

 そうされる事で、アリスの温もりを感じる事で少しだけ震えが収まった。


「……アリス、ごめん。 しばらくこうしていてもいい?」


「是。 マスターは私が守ります。

 どうか、心安らかに」


 柔らかな胸の感触と、そこから伝わる鼓動がボクを次第に落ち着かせる。

 そうするうちに、再びボクの意識は暗闇へと落ちていく。

 アリスの温もりに包まれたままボクはそのまま眠りについて……悪夢を、見る事はなかった。




 -------




 余談だけれど。


 朝起きると、ボクはアリスと抱き合って眠っていた。

 起きようとしたものの、アリスの両手はボクの頭を抱え込んでおり、両足はボクの足に絡まって身動きが取れない。

 そして、顔はアリスの二つの山に挟まれて、ちょっと身動きをする度に「ん……」とか「ぁ……」とか悩ましげな声が頭から降ってくるのだ。

 このときばかりは、幼女の身体でよかったと思った。 色んな意味で。


 アリスが目を覚ました後も、なぜかボクはアリスに抱きかかえられたままだ。

 アリス曰く「マスターは私が守ります」との事。


 そして……


「お、お早うございます! 昨晩は、お、お楽しみでしたね!」


 顔を真っ赤にしたサリーナがボクたちを出迎える。

 どうやら、昨夜のボクの叫び声が聞こえて部屋を覗き、ボクとアリスが抱き合っているのを見てしまったらしい。

 その後、アリスに抱えられてベッドに二人で移動する所まで見てしまったらしい。

 さらに、アリスが何かモゾモゾと動く所まで見てしまったらしい。

 べ、別にやましいことはないよ! ボクを抱き枕にするベストポジションを探していただけだよ! ……多分。


 「というか、どれだけ長い間覗いてたんだ……」


 その日は一日、ずっとサリーナがボクと視線を合わせてくれなかった。



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