魔法幼女 爆誕
「大丈夫? 怪我とかしてない?」
サリーナと名乗ったエルフは、向かいの牢からボクを心配して声をかけてくれる。
暗闇に眼が慣れてくると、次第にサリーナさんの様子がハッキリとわかるようになる。
……そして、ボクは絶句した。
美しかったであろうその顔はアザだらけで、片目が腫れて殆どみえていないだろう。
そして、着ている服もボロボロで、服なのか布切れなのかわからないほどだ。
なにより……
彼女の両足の間からは血が流れ、そして……
「ひどい……」
「……見えちゃったのね。 ごめんね、貴方を不安にさせてしまって。
私の事は大丈夫。 ……もう、慣れたから」
そんなはずはない。
ここまで尊厳を失って気丈でいられる事が信じられない。
「……ねぇ、貴方の名前、教えてくれないかしら?
ふふ、私ずっと一人だったから、お話相手になってくれると嬉しいんだけれど」
「ボクは……ボクは、ユーリです」
「そう、不思議な響きの名前ね。 隠れ里では見た事がないけれど、もしかして外生まれ?」
「記憶喪失なんです。 でも、隠れ里に向かおうと思っていました」
「そっか。 それは……残念だったね。
私もね、狩りに出かけたところで運悪く奴隷狩りに捕まってしまったの。
妹たちは逃がせたからそれだけは良かったわ」
奴隷狩り……この国ではエルフは殆どが奴隷だという話を、カレンさんから聞いた事がある。
ボク自身その立場に追いやられる所だけれど。
「サリーナさん、もう少しの辛抱です。
きっとアリスが……ボクの仲間が助けに来ます。
その時には、サリーナさんも一緒にエルフの里へ帰りましょう」
「そうね……そうなったら、きっと幸せね……」
サリーナさんの顔は晴れない。
もはや、望みを捨ててしまっている。
だからこそ、何も期待していないからこそ今まだ精神を保てているのかもしれない。
「……あら、唇怪我してるわね。
ね、もっとこっちに寄って、顔を見せて?」
ボクは素直に鉄格子の所まで近寄った。
近くによると、よりサリーナさんの姿が鮮明に見えてしまう。
ボクの両目から、涙がこぼれてしまった。
「あらあら、泣かないの。
魔封じの首輪があるから、殆ど気休めだけど……癒し」
サリーナさんの右手に、淡いほんの小さな光が灯り宙を飛んでボクの唇に触れる。
暖かな温もりを感じたと思ったら、唇の痛みが消えた。
恐る恐るボクは傷に手を触れる……だが、既に傷は消えていた。
……これは、魔法だ!
「さ、サリーナさん! 魔封じの首輪があって、なんで魔法が!?」
「魔封じの首輪は魔法を完全に封じるものではないもの。
ただ、その威力は普段の100分の1程度になってしまうけどね」
サリーナさんが火炎と呪文を唱えると、やはりマッチの火程度の小さな炎が生まれ、そしてすぐに消えてしまった。
「……これでも、里でも魔法が得意な方だったんだけどね。
今の私では、ユーリさんの小さな傷を治すのが精一杯みたい」
自嘲するような声でサリーナさんが呟く。
だけど、そんなサリーナさんと正反対に、ボクは興奮していた。
なぜなら……
「サリーナさん! ボクに、魔法の使い方を教えてくれませんか!」
ついに、この世界に来て初めて魔法を学ぶチャンスが目の前に現れたからだ。
「ユーリさん。 それでは、最初に私が魔力誘導するわ。
……本当は、もっと幼い頃にして慣れさせるんだけどね」
サリーナさんは目を閉じ集中すると、その両の手の平に見えないけれど何かの力が集まるのがわかる。
「この属性や指向性を与えていない、純粋な魔力を送るね。
そちらまでの距離が遠いので、うまくいくかわからないけど……」
本来は密着して行うものらしい。
そして、魔封じをされているため全力を尽くしてかすかにわかるかどうか、というレベルだ。
「いくわよ! 集中して、違和感を感じて!」
ゆっくりと魔力塊が飛んでくる……気がする。 なにしろ見えないので。
そして、しばらく時間が経ったと思った所で、胸の辺りに何かが触れたような気がした。
そこを中心として、わずかな、ほんのわずかな何かが広がる。
例えるなら、心臓と別に小さな心臓が生まれ、今にも止まりそうなくらいの小さな鼓動を繰り返すような。
そんなわずかな違和感を感じる。
「何か感じ取れる? 違和感を感じたら、それが魔力の流れ。
うまく感じ取れたなら、それを手の平まで誘導してみて。
まずはそれに意識を集中して、反応があればそれを繰り返して指向性を持たせるの」
言われてみると、意識をそこに合わせイメージを重ねる事で、僅かに鼓動の強い部分と弱い部分が生まれる。
言葉に出来ない感覚に苦労しながら、それは形を変え放射状に広がる鼓動から、一方向へ送り出される波へと変わる。
ゆっくりと、ゆっくりとその波は形を変えながら手の平へ。
そして、手の平が熱くなったと思うと……眼には見えない、けれど何かの力がそこに生まれた。
「……さすがね。 この魔力を感じ操作するというのが一番の壁で、普通なら何十回と失敗するものなんだけど。
それを一回で成功するとは……うん、完璧よ。
そこまで出来たら後は簡単。
その魔力塊はいわば世界への命令を記す羊皮紙。 望む属性とイメージをそれに与えれば、魔法が発動する。
普通はイメージを補強するために詠唱を行うの。
まずは簡単なものを……」
「ありがとう、サリーナさん。 ここまでくれば大丈夫。
すべて思い出した」
そう。 サリーナさんは世界への命令を記す羊皮紙と説明した。
それはサリーナさんにとってのコマンドがそれだったのだろう。
ボクにとっては……使い慣れた、ショートカットキーだ。
どうしてもボクだけではここまで辿り着けなくて、魔法が仕えなかったのだ。
だから、ここまで辿り着けば問題ない。
魔力を誘導し、発現することでショートカットキーを呼び出す。
そこまでできれば後は同じだ。 エタドラと同じ感覚で魔法を呼び出せばいい。
そしてショートカットキーが使えるのならば……!
ボクは横の何もない空間に手を伸ばす。
そして……手首から先が、突如生まれた厚さのない黒い円に吸い込まれ、消える。
その様子を見たサリーナさんが息を呑む。
「ユーリさん、それは……もしかして、インベントリでは!?
もう使える人の居ない技術と聞いていたけれど……」
「えぇと、うーん……しまったな、やっぱり本気装備は倉庫か。
取りあえず、これとこれ、それにこれ……」
ボクの愛用していた銃と服、それに指輪を取り出す。
銃の名はアヴァロン。 銃だけれども、グリップに魔石が埋め込まれ、杖の代わりにもなる。
服の名はゴシックローブ。 ……黒に白いフリル満載のゴスロリ服である。
そして指輪。 特に銘はないけれど、魔力自動回復を備えている。
これらが、エタドラでボクが普段着にしていた装備一式である。
ゴソゴソと着替えると、久しぶりの感触に少し涙が出そうになった。
「さて、それじゃ魔法を試してみるとしようか。
癒し」
魔法銃の銃口をサリーナさんに向ける。
その状態で魔力塊を魔法銃の銃口に集め、詠唱。
そのまま、脳内でトリガーを引くイメージを思い浮かべる事で、魔法が発動する。
先ほどのサリーナさんの時はほんの小さな光だったのに対し、銃口から放たれたのは大きく、眩いばかりの光。
それは直進してサリーナさんに触れるとともに、その全身を優しく包んでいく。
「え……うそ。 傷が……治っていく!」
手足を覆っていた青黒い内出血の後が消え、元の白い肌を取り戻す。
サリーナさんからは見えていないが、その顔も腫れが引いて20歳前後の美しい面立ちが現れる。
「よかった。 ちゃんと発動できた。 サリーナさん、もう痛いところはない?」
「え、えぇ……ありがとう。
おかげで傷は治った、けど……」
「けど? まだどこか痛いですか?」
「違うわ! なんでユーリさん、普通に魔法が使えてるの!?
魔封じの首輪つけられてるんじゃないの!?」
そう、未だボクの首には魔封じの首輪がついたままである。
その効果は魔法威力を普段の100分の1程度にするものである。
つまり、結論から言うと。
「今のが100分の1の威力です」
普段から並の魔法使いの100倍の威力があれば、100分の1になった所で結果1倍。
つまり、今のボクでも普通の魔法使い以上に魔法が使えるという事だ。
「サリーナさん、少し離れてて……水刃」
水刃、いわゆるウォータージェットである。
高圧をかけた水を噴出し、物体を切断するというアレだ。
魔法銃の銃口から鉄格子に向かって水が放たれ、そして切断される。
何本か切断して通れる程度の大きさの穴を作ると、サリーナさんの牢も同様に破壊した。
「さ、出ましょう。
大丈夫、サリーナさんはボクが守るよ」
「え……あ、りがとう。 ん……え?」
未だ混乱しているサリーナさんの手を引き、牢を後にして階段へ向かう。
このまま不意をつくか、一旦脱出すべきか。
牢に入れられる前は、脱出できればそれでも良かった。
でも、今は違う。
サリーナさんをあんなに傷つけた騎士団と団長のベルファウス。
こいつらは絶対に許しはしない。
アリスも言っていた。
ボクとセラサスが完調なら、国を敵に回しても問題はないと。
ならば、今この時からボクにとって王国も敵と考えよう。
「ここからは、ボクの手番だ」
騎士団にとって、悪夢の1日が始まる。




