戦いで得たもの
ボクの静止を受けて行動に移すのは抑えているものの、アリスがコントロールするセラサスの照準はリリアナさんを捉えたまま放さない。
先ほどの要求に、アリスもよほど腹に据えかねたのだろう。
……AIが怒るってのも変な話だけれど。
「な……アンタのドラグーンは、意思を持っているのか!?
そんな……そんなドラグーン、聞いた事がない!」
かなりの修羅場をくぐっているだろうと予想されるリリアナさんも、その光景に足を振るわせる。
ボクにとっては当たり前の事なんだけれど、この世界にとってはありえない事なんだろう。
『マスター、殺戮許可を。 自らのみならず町を救った恩人に対しての振る舞いとは思えません』
いつになく機械的な、感情を含まない声がセラサスから響く。
と、コルネリオさんが両手を上に上げながらリリアナさんの前に出てきた。
「……リリィ、お前は言葉が足らん」
……先ほどから殆ど口を開かず、一言しか喋らないアンタがそれを言うのか。
しかも、説明するかと思えばまた口を閉ざしてしまった。
なかなかユニークなおっさんである。
「……すまないね。 アンタの手柄を横取りするつもりじゃない……いや、結果そうなってしまうんだから、言い訳でしかないね」
「どういう意味か、説明して貰えますか?」
実の所、ボクはもうその理由の推測は立っているし、結果彼女の提案に乗るつもりでいる。
促したのは……彼女の口から、聞きたかったからだ。
「お触れの事は知ってるね? この国で魔力を持つものは騎士として徴兵され、その騎士のドラグーンも国が買い取りを行う。
……だけどね、アタイたちみたいに騎士とドラグーンが元々の組み合わせにされるとは限らない」
「……というと?」
「買い取られたドラグーンは国のものだ。 つまり、アンタからそのドラグーンを取り上げる事も可能。
普通なら戦力や士気、それに戦争後の影響も考えてそんな事は絶対にしないし、する意味もない。
あくまで死蔵されているドラグーンを戦争のため戦力として抱えたいというのが目的で、戦争を前にして戦力を減らす意味はないからね。
だけど、相手が悪い」
苦虫を噛み潰したような顔でぺッとつばを吐き捨てて、リリアナさんは言葉を続ける。
「東方騎士団は最悪だ。 特に騎士団長のベルファウス。
奴は国民の善意を求める法を絶対のものとして、自らの欲の為に使うのさ。
さっきの法も、正確には一時的にドラグーンの供出を受け、その見返りを先払いするって内容だ。
でもこの辺では、実情の方が広まってしまっているけどね。
……実際に、それをやりやがったせいでね!」
リリアナさんが赤いサーバントに拳を打ち付ける。
コルネリオさんも、眉間にしわを寄せてあらぬ方向へ視線を向けている。
なるほど、あまりに無茶な法だとは思っていたが、そういう経緯があったのか。
しかし、法の趣旨を捻じ曲げて曲解するなどあまりにもやりすぎな気がする。
「……そんな無茶、通るんですか?」
「奴はこのあたりの領主に通じてるからね。
さっき言った奪われたドラグーンは、領主への貢物行きさ。
……そして、自分のドラグーンを奪われたそいつは、慣れないアロミリナで出撃してあっさりと魔獣に殺されたよ」
恐らく、それが徴兵された彼女達3人のうちのひとりだったのだろう。
「わかったかい? 騎士団が束になって敵わなかった森林竜をアンタが倒したとなると、それだけの性能を持つドラグーンは絶対に奪われる。
なにより、そんな意思を持ったドラグーンならなおさらだ。
そしてアンタは……」
リリアナさんは自分の首にかけられた首輪を指差しながら続ける。
「この隷属の首輪をつけられて飼い殺しさ。
これをつけた者は、逆らえば死ぬ。
本来は奴隷用のものだけどね、アタイたちにもつけられてるのさ」
コルネリオさんも首を露にし、同じ首輪がかけられているのを見せてきた。
仲間が殺された相手に服従しているのはそのような理由があったからなのだ。
「森林竜の首は惜しいだろうけど、ここは騎士団に渡しておきな。
そうすりゃ、多少不自然があったっていちいち調査なんてしないからねぇ。
そうじゃないと人間ですらこうだ、エルフのアンタじゃどう扱われるかわかったもんじゃない」
どうもボクの悪い予感は的中率が高いらしい。
予想以上の状況の酷さにボクも顔をしかめると、首を縦に振って了承の意を伝えた。
……だが、立て続けに悪い予感が当たってしまう。
『マスター、警告します。
周囲に魔力反応が7。 魔力パターンから騎士団と推測します。
こちらへの到達まで、残り2分』
「マズイな……リリアナさん、後は頼みます。
アリス、ボクたちは撤退だ!」
セラサスの手に乗りコクピットへ急ぎ、乗り込むや魔力放出型飛翔翼をブーストして町の西の方へ向かう。
その場を去る時、モニターの端に二人が頭を下げるのが見えた。
『マスター、そろそろ充分に距離を稼いだと考えます。
出力維持のため、魔力放出型飛翔翼を停止します』
魔力放出型飛翔翼から発していた薄緑の光が薄れ、高度を下げていく。
町の西門が遠くに見えた所で、一旦着地し停止する。
「さて、これからどうしようか。
町の人にはボクがドラグーンを呼ぶのを見られてる訳で。
今この瞬間は逃れても、いずれ騎士団の耳に入っちゃうよね」
『是。 無理をしてでも今日の早朝にこの町を離れた方が良いかもしれません』
「そうだねぇ。 お母さんは歩けないから、ボクたち二人だけでエルフの里に向かった方がいいかもしれない。
ドランさんなら森に入るのに協力してくれそうだし」
『是。 拒むようであれば無理にでも協力させますのでご安心を』
「何する気!?」
アリスはボクの為に暴走する癖がありそうなので、気をつけないと本当に何するか判らない。
ドランさんが何も言わず協力してくれる事を祈ろう……
『目立ちますので町までは歩いて戻りましょう。
それでは、動力機関を停止します』
セラサスの眼から光が失われ、装甲が白色へと変化する。
それと同時に、追跡モードへの移行に伴って機体が転送が始まり、うっすらと透けていく。
そして、ボクは消えたコクピットから、空中へ投げ出された。
「……へ? うひょおぉぉぉぉぉっ!?」
唐突に訪れる無重力感に悲鳴を上げてしまう。
というか、ロボットからの降車失敗で死ぬって画期的すぎるんじゃないか!?
等と考えていると、首と膝裏に柔らかい感触が生まれ想像していたような衝撃は訪れず、トンッ! と軽い音を立てて落下が停止した。
いつの間にか瞑っていた目を開くと、目の前にはアリスの顔(と胸)。
どうやら、お姫様抱っこをされた状態で着地した模様。
「……アリス。 次からはもうちょっと穏便な降ろし方を希望する」
毎度これだと、恐怖と羞恥と劣情の3点で精神的余裕がなさすぎる。
「否。 効率的かつ理想的な降ろし方です。
大人しく抱かれているとよろしいでしょう」
「人に見られたら恥ずかしいからやめて!」
「否。 周囲に人はおりません。
羞恥を感じる必要はありませんので、大人しく抱かれているとよろしいでしょう」
最近わかってきたことがある。
アリスがこのように同じ言葉を重ねる時は、絶対に意見を変えない時だと。
「……はぁ」
「マスター」
「なにさ?」
「例え得るものがなくとも、認められずとも、マスターのなされた事は全て私が記憶しております。
私が肯定します。
ですから……お疲れ様でした」
なけなしの魔力弾倉を消費して、報酬はなし。
町を……カレンさんとエステルを守るという目標は達成したものの、かなり追い詰められてしまった。
そんな得る物の少ない戦いだったけれど、こうして1人だけは認めてくれた。
それだけでも……十分だ。
「……ありがとう。 アリスもお疲れ様」
そっと手を伸ばしてアリスの頭を撫でる。
「子供扱いしないで下さい」
「お姫様抱っこしといてその台詞!?」
こうしてボクたちは長い夜を終えて町に戻ってきた。
門番にギルドカードを見せて、門を通過する。
「やぁ、おかえり」
門を抜けた後にボクたちを出迎えたのは。
「森林竜殺しの英雄がまさかこのような子供、しかもエルフだったとはね。
早く戻ってこないかと楽しみにしていたのだよ」
周りを取り囲む兵士と。
「あぁ、子細はリリアナたちから聞いている。
私の命令に歯向かえば死だというのに、なかなか答えようとしないのでね。
彼女の子を人質としたら、ようやく喋ってくれたよ。
よくもまぁ、短時間で彼女らをそこまで引き込んだものだ、賞賛に値する」
嫌な笑顔を浮かべた騎士団長ベルファウスだった。




