巨竜落つ
戦場に到着したボクは、赤いドラグーンが森林竜のエサになりそうになっているのに気付き、リニアガンをぶち込んでやった。
その一撃は側頭部にヒットし、バランスを崩した森林竜がゆっくりと横に倒れていく。
『マスター、リニアガンの残弾20です。
残念ながらターゲットの頭蓋骨で弾かれた模様」
「充分! あの赤いドラグーンから先生を引き離すよ!」
ちなみに先生とは森林竜の事である。
「森林道場」で付き合いの長いこの竜の事を先生と呼んでいるのだ。
森林竜が起き上がり、先ほどのダメージの発生源を探る。
ボクは森林竜がこちらを認識したのを確認すると、空中からリニアガンを10発ほど連射する。
咆哮が草原に響き渡る。
放たれた弾丸の幾つかはその鱗に弾かれるが、腹部など鱗の少ない部位に当たった弾丸は鱗を砕き、その裏の肉を抉っていく。
鱗でかなり威力が減衰しており、かつ巨体ゆえの肉の厚さからそれぞれは致命傷には至らないものの、目的であったヘイトを奪うには十分な威力であった。
森林竜が残された片眼でセラサスをにらみつける。
『マスター、ターゲットの移行を確認。
接近に伴い魔法無効効果が発生します。
無効化前に魔力放出型飛翔翼の稼働を停止します』
腰に佩いた太刀……「禍風」を抜き、構えながらゆっくりと地上に降りる。
「さて、こっからが本番だ。 アリス、状態報告」
『現在出力60%で安定。 ただし、魔力弾倉が残数0。
稼働ごとに出力が低下しますので、注意願います』
「効率的な動きをしないとガス欠か。 まさに森林道場」
こちらから攻めることはせず、カウンター主体での戦いに備える。
スキルとしてのカウンターは使えずとも、相手の勢いすら利用した攻撃はダメージが大きいのだ。
ゆっくりと身体の向きを変えた森林竜が、セラサスと相対する。
睨み合うこの瞬間にも、ボクの右手は舞うようにキーの上を乱舞している。
出力に併せた行動パターンの最適化に回避アルゴリズムの変更、カウンターアタックの軌道修正から緊急時反射行動モーションまで……。
突き詰めれば指先の動きまで設定できるのがエタドラの強みであり、それはこの世界においても引き継がれている。
タンッ! と実行キーを小気味よく叩くのと同時に、森林竜が動き始める。
「さぁて先生、今日も宜しくお願いします!」
こちらは身体を斜めにし、刀の切っ先を身体の後ろに隠す脇構えで待ち受ける。
相手の攻撃を打ち払う形で、相手の攻撃の勢いも利用して切り裂く為だ。
森林竜の攻撃は、大きく分けて4パターン。
右前足・左前足による爪での引き裂き、噛みつき、尾による薙ぎ払い。
このうち尾による薙ぎ払いは傷を負っている事から頻度は低いだろう。
そのため、特に注意すべきは他の3パターンと、その連撃だ。
「アリス。 ボクは機体制御に集中する。
周囲の警戒は任せた。 何かあれば通知を」
『是。 外部とのコミュニケーション含め任されます』
ピクリ、と先生の左前足の筋肉が反応する。
フェイント……ではない。
攻撃の予兆と捉えるべきだろう。
上段からの攻撃に備え、少し前側に重心を移す。 そして……
セラサスを引き裂こうと、左前足が振り下ろされる!
だが、攻撃を予測していたボクにとっては動く的でしかない。
振り下ろされた腕と爪が通過しない空間を把握し、その空間へ身体を割り込ませる。
と同時に、構えていた刀を振り下ろされる前足と軌跡を重ねるように、振り上げる。
一閃。
一瞬の静寂の後に、振り下ろされた森林竜の前足から青い血が噴き出した。
完全に断ち切るまでにはいかないが、かなり深い所までを切り裂いている。
だが、それに構わずもう一方の前足が横薙ぎに振るわれる。
魔力放出型飛翔翼が無効化され使えず、上空には逃げられない。
そして、その地面と平行に振るわれる前足は太く、下方へ避ける事もかなわない。
腕の振るわれる半径は広く、バックステップも横への移動すらも許されない。
……だが。
「先生、初見殺しはボクには通用しない!」
セラサスを深く沈みこむように中腰とし、刀の峰に左手を添え刃を立てたまま斜めに構える。
そして、激しく耳障りな金属の擦れる音が草原に響き渡った!
森林竜の腕が振り切られた後、その場には先ほどと同じ体勢で刀を構えたセラサスの姿があった。
自らの身体を低く沈ませ、絶妙な角度で構えた刀で前腕の威力を流し攻撃をいなしたのだ。
刀を構える角度が高すぎれば折られ、低すぎれば機体ごと吹き飛ばされていただろう。
相手の攻撃の速度と方向を予測し、瞬時に右手のキーで刀の角度を調整するという、神技あっての結果である。
そして、目の前には予想した衝撃もなく、前足を振り回した慣性で体を崩した無防備な姿があり。
機体を起こす勢いそのままに、両の手で構えなおした刀が振るわれる。
鈍い音とともに、半ばから断ち切られた森林竜の左前足が、地に落ちて地響きを立てた。
と、今度は背後、尾の千切れかけた部分から鈍い音が響く。
再び地響きが立ち、完全に断ち切られた尾が前足に続く。
セラサスは一旦離れる際に、置き土産とばかりにリニアガンで尾の千切れかけた部分を狙い打ったのだ。
しかも、鱗を失い断面の見えている傷口を。
突如として両前足と尾の3箇所から激痛を感じた森林竜は、その場で地団太を踏み身もすくむような怒りの叫び声を上げる。
その眼は、先ほどにも増して怒りの色を宿しセラサスをにらみつけていた。
リリアナはモニターに写るその戦いを、半ば信じられないままただ見つめていた。
恐らく自分だったら確実に食らっていただろう森林竜の初回の連撃。
それを軽々と避け、その上1本の前足と尾を断ち切るという嘘のような暴挙。
そこから始まった噛み付きと遺された前足による息をつく暇すらない連続の攻撃も、目の前のドラグーンは僅かな動きのみで避けていく。
あまりにも最小限の動きでギリギリを避けていくその動きは、まるで目の前で踊りを舞うかのように見える。
「ドラグーンが……あんなに動けるものなの……?」
森林竜の攻撃に合わせ、眼に見えないほどの速度で刀が振るわれる。
相手の威力すら利用するその一撃が幾度となく繰り出され、その度に森林竜の身体から青い血が吹き出す。
既に身体だけでなく地面まで青く染め上げたそれは、森林竜の巨体をして見過ごせない程の量に達している。
その証拠に、明らかに森林竜の動きが鈍ってきたのがわかる。
「……リリアナ、無事か?」
コルネリオだ。
森林竜があのドラグーンとともに離れたことで、通信が復活していた。
「アタイは大丈夫。 ……それより、アンタ見てるかい?」
「……あぁ。 夢じゃなかったんだな」
気付くと横に白いドラグーンが立ち、同じ方向を見ていた。
熟練の冒険者であり、ランク特級の機体を駆る二人。
その二人をして感嘆せしめるその戦いは、終わりの時を迎えようとしていた。
「アリス、そろそろ終わらせるよ」
既に目の前の竜は青い血で染まっていない部分がない程に切り刻まれ、攻撃も散発的になっていた。
もはや限界を迎え、怒りによる興奮でかろうじて命を繋いでいるという状態だろう。
『是。 ただし、恐らく道連れにすべく最後の一撃分の体力は残しているでしょう。
気を抜かれませんよう』
「うん。 これ以上苦しまないよう、一撃で仕留める」
セラサスは刀を振るって青い血を払うと、納刀し腰を落としながら軽く柄頭に手を添える。
そして、世界が静寂に包まれた。
先に動いたのは森林竜。
焦れたのではなく、急速に失われつつある最後の力が消え去る前に一度限りの力を振り絞ったのだ。
これまでにないほどの速度で全身をバネとして首を伸ばし、食い千切らんとその口腔を開く。
だが、セラサスは動かない。
一秒を何倍にも引き伸ばしたような時間の流れの中で。
セラサスは一歩を踏み出すとともに深く機体を沈め、竜の一撃をやり過ごす。
そして、切り上げるかのように黒い線が走り、すぐに消える。
時間の流れが元に戻った。
そして、静寂が破られる。
静寂を破ったのは……地に落ちた森林竜の首。
こうして、町を襲おうとした森林竜は町に被害を与える事なく討伐された。




