流れ星に願いを
少し時は遡る。
ギルドで森林竜の情報を伝えた後、ボクは治療院に戻ることにした。
「ほれほれ、ガキは大人しくウチに帰りやがれ!
……でも、念の為すぐ動ける準備だけはしとけよ。
従者の嬢ちゃん、しっかり面倒みてやれよ?」
「是。 マスターは私が守ります」
といった感じで、早々にギルドを追い出されたのだ。
ドランさんやその他の熟練者達はこのまま徹夜で待機するのだろう。
新人のボクたちに気を使ってくれたと言えない事もない。
「あ、お姉ちゃんおかえ……アリスお姉ちゃんが死んでるっ!」
「いやいや、死んでないから」
帰宅そうそう顔をあわせたエステルが大騒ぎを始めた。
確かに、冒険の時の返り血でアリスの服は血塗れのままだ。
いきなり見たら、怪我したかと心配するのは当たり前か……
ちなみに、ボクはウェイトレスさんの制服を借りたままだ。
明日にでも返しに行かないと。
カレンさんは薬が効いて眠ってしまったそうなので、ボクたちもエステルを連れて部屋に戻る。
それほど数は多くないが手持ちの荷物は全て荷造りが終わっているため、部屋の中にはベッドくらいしかない。
なんやかんやでドタバタしてしまったが、本当なら今日ここを出て宿に移る予定だったのだ。
「お姉ちゃん、そのお洋服かわいいね! 私も着てみたいなぁ……」
「エステルのウェイトレスさん可愛いだろうね。 もう少し大きくなったら、アルバイトしてみてもいいかも」
「あるばいと?」
キョトンとしているエステルがとても愛らしい。
ほんの一日顔を合わせていなかっただけなのに、色々ありすぎて懐かしさすら感じる。
微笑みながらエステルの頭を撫でてあげて、しばらく至福の時間を過ごした。
しばらく今日の冒険の話や、ウェイトレスの仕事について話をしているうちにエステルが寝てしまったので、そっとカレンさんの部屋まで運んでからこれからの事をアリスと相談する。
「森林竜かぁ、ちょっと懐かしいね」
森林竜を先生とした「森林道場」は一時期毎日のように通っていた。
ギルマスの乱華曰く、「初期ドラグーンで支援なし、10分攻撃を避け続けられたら一人前」とのことだったので、チャレンジしてみたのだ。
正直、アレはきつかった。
なにしろ魔法禁止なので防壁も殆ど効果がなく、とにかく避けるしかない。
初期ドラグーンは性能も据え置きなので、どんなに先読みしてもギリギリの回避にしかならない。
つまり10分間全神経を攻撃予測と機体制御に費やさないとクリアできないのだ。
おかげで、プレイヤースキルはここでかなり鍛えられたと思う。
「是。 ただ、これはゲームではありませんのであまり楽観視はしないよう注意願います」
「あぁ、分かってる。 手抜いて守りたい人を守れなかったなんて後悔してもしきれないからね」
いくらアリスがいて、セラサスの力があっても、生身のボクは弱い。
この前だって一歩間違えば普通に死んでいたのだ。
全力を尽くした結果命を失うのなら躊躇するつもりはないけれど、だからこそボクは出来る限りの事をして、カレンさんやエステルを守りたい。
「で。 森林竜だったとして、この町って大丈夫だと思う?」
まだカレンさんが治療中であり、その上歩けない為逃げるっていうのはとりあえず却下だ。
最悪の場合はセラサスで避難も考えるけど……
どうせセラサスを使うなら、森林竜を退治してしまった方が早い。
「是。 倒す事を目的としなければ、先ほど提案したトレインの応用で問題ないと考えます。
遠距離攻撃でヘイトをとって、問題のない場所まで誘導し転移で撤退ですね」
「ま、それが楽だよね。
倒そうとするとアイツ面倒だからなぁ……練習相手にはいいんだけど。
魔導兵装使えないから向かい合っての切り合いしか選択肢がないけど、やたらHP高いから倒すのに時間かかるし……」
「否。 普通はPTで一人がタゲを取っている間に正面以外からの攻撃で倒すものです。
ソロでアレを倒せるのは、いくらセラサスを使っていてもマスターくらいなものです」
うーん、結構ソロで倒している人いたような気がするけど。
まぁ、カンスト組の人ばっかりだから基本的には無理ゲーという事だろう。
そういえば、一人だけアバターでソロ討伐を成し遂げた人もいた。
東方腐敗さん、元気してるだろうか……
「先日の帝国機のスペックから推測すると、こちらの汎用機は現実世界における初期機体程度と思われます。
恐らく、倒すつもりになっても全く手も足も出ないでしょう」
「今回は倒す必要がないからね。
提案通りに動けば問題はないと思うんだけど……
ちょっとあの騎士団、評判良くないから気になる」
話を聞く限り、ギルドのメンバーと騎士団は仲が悪いようだ。
下手したらギルドの言う事を無視するとか、派閥争いっぽいことをしないだろうか。
ドランさんの話にあった村への救援が遅れたという件で、騎士団長ひいては騎士団に対してどうも個人的に悪印象を持ってしまっているせいか、嫌な予感が消えないのだ。
「……アリス。 万一の場合、セラサスは動ける?」
「是。 ただし、次回の起動で魔力弾倉のストックが0となります。
マスター、今回はセラサスを使用せず、避難することを推奨します」
「ボクの想像する最悪のパターンだと町が壊滅するけど、それでも?」
「是。 この国では、魔力を持つことを明らかにしない方が良いと提案します。
最悪の場合、国自体が敵となる可能性が想定されますので。
マスターとセラサスが完調であればお止めしませんが……」
判っている。
ボクが本当に大事なものだけを守ろうとするなら。
それ以外のものを切り捨てる覚悟を持つなら。
アリスの言うとおり、町を見殺しにするのが最適解かもしれないという事に。
でも、それでもボクは欲張ってしまうのだ。
自分の手の届く限りは、ボクの守りたいと思う全てを守り抜きたい。
深夜。
既に、子供は寝ている時間だ。
かくいうボクも眠い。 身体に引きずられてこの時間まで起きているのがかなり辛くなっている。
だが、今日ばかりは寝ていられない。
最悪、それが永遠の眠りになってしまうことだってあるのだから。
「マスター、戻りました」
アリスが監視から戻る。
最悪の場合を考え、森の方の監視を頼んでいたのだ。
「お疲れ様、アリス。 ……結果は?」
「悪い方です。 それも最悪のパターンとなりました。
森林竜がこちらへトレインされてきます。
到達までおよそ残り10分」
「そっか。 どうも騎士ってのはどの国も腐ってるね。
敵の敵は味方ってわけにもいかなさそうだ」
「是。 いかがなさいますか?」
正直な所、このまま避難をしてしまいたい気持ちもある。
町が危険ということは、ギルドからの提案を蹴って討伐を選んだということになる。
その上で失敗し、さらにはわざわざこの町までトレインをしてきているのだ。
もはや、騎士団は自分達の面子だけを守り町を守る気がないのは明白である。
ここでボクが魔力持ち、しかもセラサスのようなドラグーンを持っている事がわかった場合、そんな騎士団に徴収される事になるのだ。
せめてボク自身が魔法を使えたら、転移で逃げるなりなんなりいくらでも対処のしようがあるのだけれど。
ふと、ギルドの方から大きな音と怒鳴り声がかすかに聞こえ始めた。
ドランさんたちも気付いたのだろう。
冒険者の人たちが周りの人たちの避難誘導を始めた音だ。
「……ね、アリス。 やっぱりボクは行きたいと思う」
「それがマスターの希望であれば、私に是非はございません」
後ろからアリスに抱きしめられる。
身長差があるから大きな胸が頭の上に乗っかって、少しドキドキする。
「私はマスターのモノです。 マスターのやりたい事が私のやりたい事です。
マスターの道に障害があるのならば、私とセラサスがその障害を取り除きます。
ですから、マスターは……もっとワガママでもいいんですよ?」
不安が消えた。
ボクをこの世界に呼んだアリスがこう言うのだ。
ボクはもっとワガママに、自分のやりたい事をやってやる。
「ありがとう、アリス。 ……いこう!」
治療院から少し歩いて、屋台が立ち並んでいた広場に出る。
屋台と人で埋め尽くされていた広場は今はガランとしているものの、通りから避難に伴う怒鳴り声が聞こえてきて騒がしい。
「おい、小っさい嬢ちゃん! こんな所で何してる!
従者の嬢ちゃん、さっさとコイツ連れて逃げろ!」
町の人の避難誘導をしていたドランさんがこちらに気付いたようだ。
無理やり連れて行くつもりだろうか、こちらに近づいてくる。
「ドラン様、お下がり下さい。 そちらは危険です」
「はぁ? そんなとこで突っ立ってる方が危険だろうがよ!
知らねぇのか、今この町に竜が……」
アリスにドランさんを任せ、ボクはアリスから受け取った腕輪の魔石を石畳に押し付け、呟く。
「……おいで、セラサス」
どうやら魔法が使えないボクでも魔道具は使えたようだ。
魔石がボクの魔力を吸い上げ、妖しく赤く光る。
まばゆいほど光が強くなると魔石から光が溢れ、地面に赤い線が2本走る。
一つの線は円を描き、二つ目の線はその内部に複雑な記号を描く。
それぞれが1週して魔石に戻ると、赤い光の線がまばゆい光を放つ。
光が描いたのは魔法陣。 セラサスを呼ぶ召喚の陣だ。
光の中から、白い巨大なものがせりあがってくる。
光に包まれたままその全身を現したセラサスは、光が収まると片膝をつき、頭を垂れてから胸のコクピットハッチを開いた。
「ななな、なんだ、こりゃぁ……」
ドランさんが目を丸くしている。
避難しようとしていた人たちも同様だ。 皆こちらを見て口をポカンと開けている。
……どうやら、こちらのドラグーンには追従モードは実装されていないようだ。
「アリス! いくよ!」
声をかけると、アリスがボクを抱きかかえてコクピットまで運ぶ。
ボクがコクピットに収まり、ハッチを閉じるとその姿が薄れ、いつものようにセラサス内部のスピーカーから聞きなれた声が告げる。
『これよりドラグーン:セラサスの起動に入ります。 起動シーケンス開始』
セラサスの両眼が赤く光り、剣を抜きながら直立姿勢へと変わる。
低い動力機関の唸りとともに、心臓部の鼓動がセラサスの全身を桃色に染めていく。
「こんな……こんなドラグーン見た事がねぇ。
アイツ等のドラグーンだって、こんな、こんなんじゃなかった……
すげぇ、すげぇぞ!」
興奮するドランさんの姿がモニターに写る。
……年甲斐なく飛び跳ねるのはどうかと思う。
『ドランさん! 避難は継続して! ボクたちはあの竜を止めてきます!』
「小っさい嬢ちゃんか!? わかった!」
魔力放出型飛翔翼を展開し、準備が整った。
と、ドランさんが叫ぶ。
「赤と白の変なドラグーンがいたら、助けてやってくれ!
……俺の、仲間なんだ!」
『任せて! ……ここからは、ボクの手番だ!』
セラサスが再び空に飛び立つ。
薄緑の光の軌跡を残したそれを町の人々が見送る。
流れ星に願いを込めるように。