火中の栗
「……なんだ、あれは」
ベルファウスは、目の前の光景を信じられず思わず呟いた。
恐らく森から吹き飛ばされたであろう、大破したアロミリナが目の前に現れて少し後。
突如森から1機のアロミリナが撤退をしてきた。
それだけであれば良かったのだ。
続いて、森から巨大な竜……森林竜が姿を現す。
そして、先ほど撤退したアロミリナを追って、町の方向へ向かっていくのだ。
あれだけの戦力を投入したにも拘らず、森林竜は殆ど無傷であるように見える。
自分達がこの討伐について、あまりにも楽観的に考えていたという事に初めて気付かされたのである。
事態は、最悪の方向へ向かっていた。
「……団長、いかが致しますか?」
流石に声を震わせながら、副団長が問う。
「……なぁ、副団長。 我々はギルドの要請に従い緊急依頼を受諾。
それに伴い、ギルドに対し王都への援軍要請を依頼。
と同時に、町の住民に対しての避難勧告とその実施を要請した。
……そうであったな?」
「は?」
突然の確認に、副団長は戸惑う。
なぜなら、ギルドへの援軍の要請や避難勧告などしていないからだ。
「我々は、危険性の高さからかの竜への対応に全戦力を投入。 遅滞戦闘を行うことに決めた。
町に被害を与えないため、援軍要請の時間すら惜しみギルドに協力を仰いで、不退転の覚悟で竜に相対。
本来であれば町の住民を逃がすに足る時間を稼いだものの、ギルド側が騎士団からの指示を恣意に拒み、
援軍要請ならびに避難が適切に実施されておらず、残念な結果となった。
……我々は、ギルドに対し責任を追及することとなる。 違うか?」
「……ハッ! そうでございますな!」
つまり、ベルファウスはこう言っているのだ。
全てを、ギルドの責となるよう工作をしろ、と。
「そうであろうとも。 では、そのように要請書の作成を」
「了解です。 ……して、その後は?」
「騎士団の生き残りを集め再編成する。
我々は町の住民の避難のため多大なる犠牲を払いながらも、避難が終わっていなかった町の住民を救うために更なる遅滞戦闘を行うのだ。
場合によっては、100を救うために1を犠牲とすることを許可する。
……例えば、その1がギルドであるやもしれぬが」
「承知しました」
副団長はコクピットから復旧した通信にて騎士団の統制を取り始める。
しかしそれは、森林竜を討伐するためではない。
……生ける証拠たる、ギルドを殲滅するために。
「ひぃっ……なんで追ってくるんだよ! いい加減諦めろよ!」
魔力放出型飛翔翼を全力でブーストしながら、コクピットで壊れたカセットのように同じ言葉を繰り返す。
既にこの若い騎士の精神は恐怖で今にも発狂しそうなまでに追いつめられていた。
そして、限界を超えて稼動しているその機体も、同様に限界を迎えようとしている。
だが、背部を映すモニターには、こちらだけを睨み付け追ってくる森林竜が変わらず映っている。
いや、正確には若干その姿が大きくなっているようにも見える。
酷使した機体が、もはや森林竜を引き離すほどの速度を出せていないのだ。
「やばいやばいやばいやばい……町にさえ戻れば、あの防壁の中にまで撤退すれば……」
既に彼の頭の中にはこのまま森林竜を町まで引き込めばどうなるか、などといった考えは存在していない。
そして、彼らの位置は既に町まで残り5キロを切り、町の灯りが遠くに見える程度に近づいている。
突如、推力が落ちアロミリナの高度が下がっていく。
ついに魔力放出型飛翔翼が限界を迎えたのだ。
地上に降りたアロミリナは、自らの足で走り始める。
先ほどよりもかなり速度が落ちているが、それでも着実に町へと近づいている。
町まで残り3キロを切った。
背部モニターを確認すると、そこには暗闇が映るのみとなっていた。
彼は逃げ切ったのだ。
「ヒィ、ハハ……やった、振り切ったぞ! 俺は生きてる!」
彼は生きていた。
その瞬間までは。
背部モニターに映った光を飲み込むがごとくの暗闇。
それは夜の闇ではなく、彼を飲み込まんとするその巨大な口腔。
それはコクピットをドラグーンごと噛み千切り復讐を果たした。
町まで残り3キロ。
夜のとばりの中、かすかにともる町の灯を目にした森林竜は、その目標を定め再び歩き出す。
町に向かって。
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「チッ! こんなに町の近くまで……
あの騎士の野郎は……引っ張るだけ引っ張って餌になったか、つくづく余計なことを……」
リリアナが森林竜においついたのは、町まで残り2キロ程度の地点である。
そして、森林竜は次の獲物を町に定めたようだ。
想像していた最悪の事態が訪れようとしている。
「コリー、聞こえてる?」
サブモニターにコルネリオの姿が映し出される。
森の中と異なり、森林竜が移動を続けているため魔法無効化の霧が滞留せず、効果範囲が狭まっているおかげで通信は影響を受けていないのだ。
「……あぁ。 どうなった?」
「最悪。 エサも死んでる。 ……アタイがいくよ」
「……そうか」
「アイツ思った以上に足が速い。
加速の切れたゲゼルでは他へ引っ張っていくのは無理ね。
少しでも足止めしてみるけど、それも多分数分と持たない。
お別れね」
「……俺もすぐ逝くさ」
最後にコルネリオの顔を見て、別れを告げ……リリアナは強制的に通信を切る。
その顔に浮かんだ表情を見せないように。
リリアナは森林竜から少し距離を置いた背後の位置につき、空中で大剣を構える。
「さて、それじゃ……アタイに付き合ってもらうよ!」
魔力放出型飛翔翼のブーストを停止し、自由落下に任せながら森林竜の背中を目指す。
大剣を下向きに構え、落下に伴う威力を全て剣先に集中し……そのまま、突き刺す!
思わず耳を塞ぎたくなるほどの咆哮が轟く。
「ハッ、これでしばらくは動けないだろ!
まだまだアタイと遊ぼうぜ!」
大剣は目標であった森林竜の背中を外れ、尾の付け根の部分に突き刺さる。
だが、その剣先は身体を貫通し、地面に森林竜を縫い付けた。
一方、ゲゼルの方も完全に無事とは言い難い。
空からの落下は固い鱗をも突き通す威力を生んだが、その反作用はゲゼル自身をも傷つけていた。
左腕は衝撃をまともに受けたため、関節部の稼働域を超えて本来曲がってはいけない方向へ曲がってしまっている。
足も着地の際の衝撃で負荷がかかり、フレームが曲がったのか軋むような音が聞こえ始めた。
何より……獲物を手放してしまったため、森林竜の相手を無手で行うこととなる。
「ドランの奴ならきっと、コイツが見えた時点で避難を始めてるはず。
なら、少しでも時間を稼いでやらないとねぇ!」
絶望的な戦いは予想に反し、5分を超えてまだ継続していた。
突き刺さった大剣のため森林竜は身動きがとれず、お互いに睨み合った状態で時間だけが経過することとなったためだ。
その意味で、リリアナの初手は目的を十分に果たしたと言える。
だが、焦れた森林竜は無理やり身体を動かし、尾を引き裂きながら大剣の戒めからその身を解放した。
半ば千切れかけたその尾からは青い血が溢れ、地面を濡らす。
だが、その代償として得られた自由。
それはリリアナにとっても一つの解放を表す。
……生からの解放。 つまり、死だ。
「……もう少し、静かにしていてくれないもんかねぇ。
なんだったら、どこか遠くへ帰ってくれてもいいんだけど」
答えはない。
だが、その怒りを宿した緑色の眼が、決してリリアナを許しはしないことを雄弁に物語っていた。
そして、ついに竜が動き出す。
森林竜はまず右前足を繰り出す。
図体の割に素早いその動きでゲゼルに近づきながら、斜め袈裟に右前脚が振り下ろされる。
ゲゼルがバックステップで振るわれた死神の鎌を避けると、右前足とその先の爪は勢い余ったまま地面を深くえぐり、突き刺さって大きな隙を晒す。
だが……ゲゼルには大剣がない今攻撃の手段がない。
せっかくの隙を、ただ見送るしかなかった。
息をつかせぬ勢いで、今度は左前足が振るわれる。
先ほどと同じくバックステップを……と、何か言いようのない恐怖が襲いかいくぐるようにして、森林竜の左側へと抜ける。
それは正解だった。
森林竜の身体が邪魔をしてリリアナからは見えていないが、先ほどゲゼルが立っていた所は今森林竜の咢が食らいついていた。
あのままバックステップをしていても、そのまま喰い千切られていただろう。
危機を乗り越えた後は好機が訪れる。
リリアナの前方に広がるモニターの左手には、先ほど手離した大剣が突き刺さっている。
そして、その巨体ゆえ森林竜は即座の方向変更は難しい。
……今ならば、抜ける。
ゲゼルは大剣を目指しそのまま走り出す。
あと10歩、5歩。
左手を伸ばして、大剣をつかみ取ろうとする。
これがリリアナ自身の左手であれば届いたかもしれない。
あるいは、これが今日初めての戦闘であれば。
しかし、貴重な時間を稼ぐための一撃で大破したその左腕は動かず……何も掴むことが出来なかった。
「しまっ……」
追い打ちをかけるように、千切れかけ死に体であった尾の横薙ぎがゲゼルの足を薙ぎ払った。
その一撃で、左足は千切れ飛び右足は外側に向け折れ曲がってしまう。
コクピットの中のリリアナも、衝撃吸収装置の限界を超えた衝撃で一瞬意識の喪失と覚醒を繰り返す事となった。
だが、そのまま意識を刈り取られたままであった方が幸せだったのかもしれない。
頭を振り意識を取り戻したリリアナが目にしたのは、モニター一杯に移る森林竜の顔だった。
「……しくじったねぇ。 まぁ、これだけ時間を稼げれば充分か」
顔に笑みが浮かぶ。
リリアナは、自らに課したやるべきことをやり遂げたのだ。
……だが。
その顔が不意にゆがむ。
「……死にたくない。 アタイ、まだ死にたくない!
コリー、助けてよっ! まだ、やりたいことがいっぱいあるんだ!」
涙がこぼれる。
恐怖で足が震え、両足の間から暖かい液体が零れ落ちる。
だが。
そんなコクピットの中を知る由もない森林竜は、その巨大な咢を大きく開き。
目の前の赤い騎士を一口に噛み砕こうとして。
……突然の衝撃に、横倒しとなる。
「……え?」
もう殆ど無事な所のないゲゼルで唯一無事に動く首を動かし、
周りをモニターで探る。
そして……
「ギリギリセーフッ! そこのドラグーンの中の人、もう大丈夫だよっ!」
闇の中に仄かな薄緑色の残光をたなびかせ、淡く桃色に輝くドラグーン。
セラサスの姿がそこにあった。




