猿猴が月を取る
「……討伐はどうなっている?」
騎士団長ベルファウスが副団長に問う。
森林竜の魔法無効化の霧によって、各機体間の通信も切断されてしまっており、
現在森の外から森の中の様子を知る術が存在していないのだ。
「森に一人従騎士を走らせております。
そろそろ状況を把握して戻ってくるかと……」
「ふむ。 まぁ、念のため今この町に駐屯させていた全ドラグーンを投入しているのだ。
所詮獣、魔法が効かぬ程度では何の問題もあるまい。
クク、次に王都に向かう際には、森林竜の頭でも剥製にしてもっていくとしようか」
「ですな。
王宮からも是非納めるように、と声がかかるに違いありません」
彼らは大きな誤りをしている事に気付いてはいない。
これまでは、問題がなかったのだ。
騎士団の有するアロミリナは背部に3種の詠唱弾装を装填した魔導兵装を装備しており、状況に応じた戦術を選択できるのが特徴とされている。
大型の魔獣も、基本的には弱点をつく形での属性魔法を放つことで、難なく討伐できていた。
むろん、魔獣の外殻を得るため極力傷をつけないよう、剣による近接戦闘で討伐をすることもある。
だがそれも、魔導兵装の支援の上での話だ。
魔導兵装を使えるのがドラグーンであり、魔導兵装が使えないという状況は想定すらしたことがなかった。
それでも、これまでは問題がなかったのだ。
二人がそれぞれのコクピットで含み笑いをしていたその時。
突然の地響きがコクピットを揺らし……彼らのドラグーンは、その揺れに耐えられず膝を付いた。
「な、何が起きた!」
「あ……あぁ……団長、それ、は……」
数瞬前には存在していなかった黒いものがモニターに映っている。
不自然に手足がねじれ、胴体が一の字に大きくへこみ。
胴体部の隙間から、赤い何かが流れて黒い装甲を染め上げて。
原型を留めなくなった、騎士団の象徴たる、黒い騎士がそこにいた。
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「な……なんなんだ! コイツ、なんなんだよ!」
通信は封鎖されているのに、そこかしこで騎士達の悲鳴が上がる。
先ほど先走ったドラグーンが無残にも二つに分かれた後、残ったのは恐怖と混乱のみだった。
赤い機体から飛ぶ静止の声も、通信も拡声も使用できない魔法無効化の霧の中では極一部にしか届かない。
いや、仮に届いたとして冷静にそれを受け入れられる者は誰一人としていなかっただろう。
轟音とともに、また一体のドラグーンが森林竜の手にかかる。
先端が見えないほどの速度で振るわれたその巨大な尾は、アロミリナの胴にその直径と同じだけのへこみを生むと同時に、空高く吹き飛ばしていく。
巻き込まれた手足が明らかにおかしい方向へ捻じ曲がっていた。
まだ倒れたドラグーンは2機、しかし既に隊としての規律は残っておらず、2機のランク特級を除いてただ悲鳴を上げ逃げ惑うのみとなっている。
もはや、これは討伐でも戦いでもない。
一方的な虐殺だ。
「チッ! マズいね、これは……コリー! アタイたちだけでやれると思うかい!?」
「……無理だ。 マナが持たん」
コルネリオのセイメイは後方での支援を得意としている。
否、支援に特化した機体であり、攻撃力・防御力ともにほとんどないといっても過言ではない。
その分、あまり動かない事を前提に動力機関の容量は大きく魔導兵装は汎用機とは比べ物にならない程に大きくなっている。
しかし、支援魔法は元々ある程度の期間効果を発揮し続ける持続型の魔法である。
その分、使用にあたっては多くのマナを必要とするのだ。
ここは魔法を無効化する森林竜の霧の中だ。
そのため本来持続すべき効果も霧に無効化され、瞬間的な効果しか生み出す事が出来ない。
つまり、本来の5倍、いや場合によっては10倍の頻度で魔法をかける必要があるのだ。
いくら容量があっても、これでは即座にマナが枯渇する。
対して、リリアナのゲゼルは戦闘にほぼ魔導兵装を使用しない。
こちらはマナ枯渇の心配をする必要はないが、先ほども支援魔法を受けてようやく一撃を入れられたのだ。
支援なしではいずれダメージを受け、その後は言うまでもないだろう。
状況的にはほぼ詰んでしまっていた。
だが、絶望的な状況というのは連鎖するのだ。
突如として響き渡る咆哮。
見れば、森林竜の片目に矢が突き刺さっている。
残された緑の眼が、怒りを含んで矢の飛んできた方向をにらみつける。
そこには、弩を構えた一体のアロミリナがいた。
恐らくは、恐怖から闇雲に撃ち続けた弩がまぐれで眼に突き刺さったのだろう。
これが、隊として連携できているうちであれば良かった。
あるいは、冒険者たちが善戦できているうちであれば。
しかし、今この時においては、最悪の一手となる。
怒りを露にした森林竜は、他の攻撃など払いのけすらせず、また足元にいる黒いドラグーンにも一向に眼を向けず、ただ矢を放ったその1機のみを執拗に追い始める。
もはやなりふりをかまわず、矢を放った騎士も弩を捨て森の外へ逃げ出した。
森の外へ。 この森へ入ってきたルートを逆に辿り。
……町の方へと。
「っ!? あの馬鹿! なんで町に向かう!
騎士なら、せめて騎士らしく人の居ない所にでもつれてけっての!」
「……屑が」
装備を捨てたアロミリナは存外に足が速い。
霧を抜けて魔力放出型飛翔翼を発動すれば、町までは逃げ切れるかもしれない……最悪なことに。
このままでは、あの巨大な竜が町を蹂躙する事を避ける事ができない。
「……支援を頼む。 加速だ。
アタイがヘイトを取って、奴を引き離す」
「……死ぬ気か」
「町には、ドランの奴がいるからね。 せめてアイツだけでも守らないと、あの世で叱られちまう」
「……加速」
魔法陣が起動し、速度を向上させる青い光がゲゼルを包み込む。
どうやら森林竜がこの場を離れた事で霧の影響は消えたようだ。
「最悪、アタイはあの屑の足を止めて森林竜のエサにする。
そうすりゃ……あの竜の相手をするまでもなくアタイたちはそこで首が飛ぶ。
そんときゃ、悪いけどアンタにも付き合ってもらうことになるよ」
「……構わん。 この首輪がつけられた時から覚悟はできている」
彼らのつけている首輪は魔法具であり、3つの命令が登録されている。
ひとつ、外すな。
ひとつ、騎士団長ベルファウスの命令に従え。
ひとつ、騎士団に危害を加えるな。
それらを破った時、この首輪は文字通り彼らの首を飛ばすのだ。
恐らくは、騎士団長の独断だろう。
いくらお触れが出たとはいえ、王国が本来奴隷に用いるべきこの首輪を強制的に徴兵した冒険者に使用するなど、あってはならないことだ。
そんなことが発覚すれば、例え戦争が終わろうとももはやこの国にサーバントを持つものは近寄らなくなる。
そんなことすらわからないほど、あの騎士団長は腐ってしまっているのだ。
だが、その呪われた首輪も彼女たちの意思までは縛れない。
全身を青い光に包まれたゲゼルは魔力放出型飛翔翼を発動させ、森の上空に飛び上がる。
目指すは…… 森林竜だ。




