森林の王者
ウェルチの町の南に位置する森。
夜の帳に暗く横たわるその森は、今白い霧に覆われ不気味な姿を晒している。
森を前方に見据えた草原に、王国のサーバントであるドラグーンが10数機隊列を組んで号令が発せられるのを待っていた。
一糸乱れぬ隊列を敷くそれぞれが若干の差異はあるものの生物的なフォルムをしたほぼ同様の姿となっている。
黒色で統一されたそれらは王国における主力ドラグーン、アロミリナだ。
前に突き出した特徴的な角を持つそれは、現実世界におけるカブトムシを彷彿とさせる。
エタドラで存在していたカブトムシモチーフのドラグーンであるオリジナルのアロミリナをベースとして量産されているので、それも当然ではあるが。
だが、隊列の先頭に立つ2機のドラグーンだけが、異なるシルエットを晒していた。
赤と白の、後ろに並ぶドラグーンとは1線を隔する異質なその機体。
それぞれ全くの別機体ではあるが、1点だけ共通している点がある。
発掘されたドラグーン、ランク特級のドラグーンであるという点だ。
「またアタイたちが先陣? あからさまよねぇ、いい加減にして欲しいわよねぇ?」
彼女の名はリリアナ。
騎乗する赤い機体……ゲゼルはその体長よりも巨大な大剣を担いでいる。
装甲のところどころを色のみは統一しているものの、明らかに材質の異なるもので補修された跡を残している。
「……む」
彼の名はコルネリオ。
騎乗する白い機体……セイメイは武器らしきものを手にしておらず、ローブのように見える滑らかな装甲が全身を覆っているのが特徴的である。
二人は冒険者であり、遺跡で発見したサーバントを用いて上位魔獣の討伐をメインでこなしていたPTのメンバーだった。
今回の戦争に伴い、強制的に騎士団へと組み込まれてしまい、この場に立っている。
「ったく、忌々しいわねぇ。 この首輪がなきゃ、とっとと別の国にでも逃げちまえるのにねぇ……」
「……やむをえん。 それに、あの町は嫌いではない」
と、後ろの騎士達が剣を捧げ持つ。
遅ればせながら、騎士団長ベルファウスが到着したのだ。
白い、各所に金の意匠を凝らしたアロミリナがゆっくりと大地に降りるとともに、各ドラグーンへ戦闘開始の宣言を始める。
リリアナとコルネリオは、話半分で宣言を聞き流しながら機体の最終チェックを始める。
たとえ強制されたものであれ、これから始まるのは町を守る為の戦いなのだ。
町を守り、その上で生き延びるためには、万全を期すに越した事はないのだから。
「あれが……森林竜」
その巨体はドラグーンのゆうに2倍もの大きさを誇る。
だが、その身体は今白い霧に包まれており、かろうじてその巨大さとシルエットが判別できるのみであった。
しかし、その白い霧の中で緑色に光る眼だけが月の光を反射して爛々と輝いている。
ギョロリ、とリリアナの騎乗するゲゼルを睨みつけたそれは、すでにこちらを敵、あるいは獲物として認識をしているだろう。
ゲゼルは担いでいた大剣を正眼に構えなおすと、動力機関に魔力を充填していく。
一匹の獣が獲物を狙うかのように動力機関が低い唸りをあげる。
それに呼応するかのように、森林竜も振動を伴う重低音を奏で、共振するかのように周りの木々が震え始めた。
「いくわよっ! 先手、必勝ぉーーー!」
森林竜との戦いは、鋼の打ちあう音から始まった。
ギルドから提供された情報を把握していたリリアナは、初撃からその巨大な大剣での一撃を繰り出したのだ。
しかし。
その一撃は、その刃の軌道を読んだ前足によって防がれる。
森林竜の鱗は硬く、リリアナの攻撃はその表面に僅かに傷を残したのみである。
弾かれた勢いで体勢を崩す赤い機体に、森林竜のもう一方の前足、その先端に黒く輝く4本の爪が迫る!
「……防壁!」
だが、その一撃は宙に浮かぶ巨大な魔方陣によって防がれる。
防壁……短時間ながら強固な対物理・対魔性能をもつ盾を生成する魔法だ。
ゲゼルの後方で、ローブ状の装甲をはためかせながら白いドラグーン、セイメイが魔導兵装を発動したのだ。
だが、その機体には魔導兵装など装備されてはいない……。
否。 装備されているのだ。
そのはためく白いローブの表面には、淡く赤い光で隙間がないほどの魔導回路が浮かび上がっている。
セイメイが装備する魔導兵装、「賢者の外套」がその本来の姿を現していた。
防壁は森林竜の纏う白い霧に触れるや否や、その構成を崩し消滅していく。
魔法無効化の霧が発動しているのだ。
だが、一瞬の発動でもその攻撃を防ぎ、役目を果たした見えざる盾は、決して無駄にはならない。
なぜなら……
「らぁぁぁぁっ!」
大剣を弾かれた勢いそのままに、逆回転に剣を振り回し……防壁によって防がれている前足の下の隙間から脇腹を切りつける!
前足を覆う鱗ほどの強度を持たないその部分は、先ほどとは異なり鈍い音と共に切り裂かれ、青い血を噴出した。
だが、森林竜は再びその両前足を交互に振るい、傷をつけた目の前の赤いものを引き裂こうとする。
「チッ! 一回下がるわ、援護っ!」
「……幻惑」
再びセイメイの纏うローブに赤い光が走り、それと同時にゲゼルの姿がぶれ、赤い機体が二つに分かれる。
1体はそのまま後ろへバックステップし、もう1体は森林竜の攻撃をかいくぐろうとし……まともにその爪で引き裂かれてしまう。
いや、引き裂かれたように見えた。
と同時に、引き裂かれた赤い機体は輪郭をぼかし、薄れ、消えていく。
幻惑の魔法で生み出された幻影の姿だったからだ。
一撃がそのまま致命傷になるほどの暴力が飛び交う、ほんの短い時間のダンスが終わる。
森林竜と二人は向かい合い、お互いの隙を探り合う。
森に再び静寂が訪れる。
その場にユーリがもしいたら、この一瞬のやりとりに感嘆をもらしたに違いない。
特に、リリアナとコルネリオの息の合ったその戦い方は、お互いにお互いの次の行動を予測していなければ出来ないものだ。
必殺の一撃を紙一重で避け、阿吽の呼吸でもぎ取ったその隙をついて一撃を加えた。
それに気付けるものは、一流の腕を持った騎士だろう。
だが、それに気付かない者にとっては。
「ハハッ! 竜っつったって大したことねぇなぁ! よっしゃ、あの冒険者にばっかり手柄取らせんじゃねぇぞ!」
高みの見物を決め込んでいた黒いドラグーン達は、その言葉にそれぞれの獲物をもって参戦しようとしはじめる。
普段馬鹿にしている冒険者上がりが一撃を加えたことで、容易な相手だと認識したのであろう。
だが、それは。
「……馬鹿っ! やめなっ!」
「あぁん? てめぇら、手柄を独り占めするつもりかよ!」
先ほどの戦いを理解出来ていない者は。
「違う! アタイたちは、押されてるんだ! こいつは……化けもンだっ!」
「はぁっ!? な……うわあぁぁぁぁっ!」
この戦いに参加する資格はないのだ。
無防備にも抜剣して飛び込んでいったアロミリナの胴体を、緑色の風がすり抜けた。
キュインッ!
甲高い音が響くと共に、黒いドラグーンの歩みが止まる。
勢いのまま、その剣は振り下ろされ……空を切り、地に落ちる。
いや、剣は振り下ろされてはいなかった。
勢いのまま地に落ちたのは……切り裂かれて分断された、黒いドラグーンの上半身だった。
「な……?」
突撃しようとしていた黒いドラグーンたち、そして赤と白の冒険者達の目の前のモニターに、スローモーションのように落ちていく上半身が移る。
まるで紙のようにその装甲を切り裂いた黒い爪は、中の騎士の切断面すらはっきりわかるほどに鋭く分断していた。




