Ryuu Ryuu TRAIN
竜。
ファンタジー世界を舞台にしたゲームならば必ずと言っても登場する、幻想種。
エタドラにおいてもそれは例外でなく、敵として、NPCとして、ペットとして存在していた。
しかし、エタドラにおいて竜種は大きく2つに分類分けをされる。
一つはドラグーン程度の大きさを最大とするタイプ。
こちらはメインクエストのボスや騎乗可能なペットとして実装され、ゲームの一部要素でしかないドラグーンなしでも倒せる程度の能力に抑えられている。
そしてもう一つが、ドラグーンを遥かに越える巨体を有するタイプ。
そう、南の森に出現したタイプだ。
こちらはドラグーン前提のクエストボスとして、あるいはイベントのレイドボスや一部地域のフィールドボスとして実装されていた。
その力は、前者であればドラグーンに乗りさえすれば雑魚ともいえる程度だが、後者に関しては頭がおかしいとも言える強さを誇る者もいた。
記憶に新しいのは大会前のイベント、「混沌竜の襲撃」という都市防衛イベントのボス、混沌竜だ。
凶悪な各属性を含むブレスに並の攻撃が通らない鱗、その巨体に見合わぬ素早さに無尽蔵の体力……
都市防衛イベントなのに、ブレスの一発で王都の1/4が半壊するという大味さ。
ドラグーン持ち以外は従属竜を倒してダメージを与える仕様なものの、それ一匹一匹がドラグーン並の強さだったり。
あげくに、体力が1/4を切ると発狂してブレス撃ちまくってくるという。
乱華の考えた防衛ポイントの1箇所集中防衛、つまり王都の殆どを捨て駒にしそれ以外の部分を罠で埋め尽くすという
肉を切らせて骨を断つような作戦でなんとか倒せたものの、結果として王都はほぼ壊滅、参加したプレイヤーも平均二桁の死に戻りという酷い戦いとなっていた。
ちなみに、イベント報酬は混沌装備のレシピで、セラサスが装備している太刀「禍風」はボスドロップの素材で報酬レシピから作った武器だったりする。
話がそれたが、今回の竜が混沌竜というわけではない。
そうだったら、基本的には現状倒しようがない。
しかし、森に現れた巨大な竜種ということで、なんとなく予想はついている。
森林竜だ。
「ふむ……森に生息する竜ですか。
基本竜種とは山や洞窟に住み着くものが多いと聞きますが……」
カイルさんがアゴに手をやりながら思案している。
どうやら、こちらでは森林竜はあまり知られていないようだ。
「……アイツらのことは残念だったが、これで原因はハッキリした。
おい、誰か騎士団にひとっ走り報告入れて来い!」
「ちょっと待って!」
ボクは思わず声をかけた。
何故か……マズいのだ。 もし相手が森林竜だった場合、事前知識なしにあたると、その被害が大きくなる。
「なんだ、小っさい嬢ちゃん? 何か知ってんのか?」
「はい。 もしかしたらその竜は森林竜かもしれないです。
だとしたら……今から言う習性を伝えないと、この町が危なくなります」
森林竜。
竜種ではあるものの、飛行はそれほど得意ではなく縄張り間の移動程度でしか飛ばず、戦闘は基本的に地上戦となる。
また、ブレスは持ち合わせないため、基本的には接近戦が種となる。
その習性として厄介なのは大きくふたつ。
一つは、魔法が効かないということ。
正確には、戦闘時にその体表から魔法を無効化する霧を出してくるのだ。
これは、住まいとする森が焼き払われたりなどしないようにという防衛本能からの行動らしい。
同時に火属性の攻撃もレジストするので、魔法や魔導兵装を主軸としている戦い方では苦労することとなる。
そのため、適正レベルでの戦いの場合ドラグーンでの近接戦闘を強制されることなる。
耐久もあり、また遠距離攻撃は一切行わないので、回避やタンクの練習に持って来いの竜なのである。
エタドラでは、「森林道場」と呼びプレイヤースキル向上のための練習に明け暮れる人達の良い修行場となっていた。
ちなみに、ボクも一時期通っていた事がある。
二つ目、こちらがやっかいなのだが、一旦ヘイトを取ると非常にしつこいのだ。
一旦ヘイトを取って獲物になると、こいつは延々と追っかけてくる。
ちなみに、エタドラではフィールドの切り替えが存在しなかったため、なんとコイツはセーフティエリアに入るまで追っかけてくる。
MPK、あるいはトレインという単語を聞いたことがある人もいるだろう。
MPKとはモンスタープレイヤーキラーの略で、モンスターを使ったプレイヤーキラーのことを指す。
トレインとはモンスターを引き連れる様を列車に例えたもので、引っ張ってきたモンスターでプレイヤーを殺す手口のことだ。
エタドラでは、「ひとりおにごっこ」などと呼ばれるほどこいつを使ったMPKが流行ったことがある。
コイツを延々引っ張って初心者の狩場まで誘導し、転移でヘイトを外し初心者に押し付けると言う手口だ。
一発でもコイツに攻撃してしまったらヘイトが移る可能性があり、ちょくちょくエリアチャットで退治依頼が飛び交うこともあった。
「なるほど。 もし見立ての通りその森林竜だったとしたら、騎士団が事前知識なしで相手をすると大変な事になりそうですね」
そうなのだ。
騎士、そしてサーバントは基本魔法や魔導兵装を主軸とするため、相性が悪い。
魔法の無効化に気付かず戦っているうちに魔力が切れて、撤退したとする。
その場合、町までコイツがついてくることになるのだ。
そこで反撃でもしてしまったら……
「チッ! 面倒な奴だ。 おい、今の話聞いたな! きちんと騎士団に伝えろよ!
……カイル、念のため俺たちも待機するぞ。
騎士団の連中もそこまで馬鹿じゃねぇとは思うが……」
「えぇ。 しかし博識ですね、ユーリさん。
……やはり、見た目どおりの年齢ではありませんでしたか」
「……記憶喪失ではっきりしませんが、多分見た目どおりの年齢です。
たまたま昔読んだ本の内容を思い出しただけですので……。
なので、あまり無茶な事を振られると……困ります」
「っ! そうでしたか……それは失礼を致しました」
カイルさんが少し気まずそうに頭をかいている。
この野郎、ロリババァとでも思ってたんだろうか。
このうら若い幼女を捕まえて失礼な……
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「何? ギルドから緊急依頼だと?」
豪奢な鎧を身にまとった男……騎士団長であるベルファウスは副団長からの報告を聞き、面倒そうな表情を浮かべた。
ベルファウスにとって歓迎すべきは自らの出世の役に立つような貴族や名誉に関わる何かであって、
民衆の為の何かは手間がかかるだけで見返りのない面倒な仕事でしかないからだ。
彼が稀に町の為に動くのも、王都に対する外面の為と、弱者をいたぶることによって自己顕示欲を充足する為でしかない。
だが、その表情も続く報告を聞くにつれ、喜色へと変化していく。
「ほぉ……竜か。 滅多に人里近くに現れることのない竜種が、まさか私の駐屯する所に現れるとはな。
クク……これはまるで、私の未来が祝福されているかのようではないか!」
「団長、それではこちらの件は優先度を高め対応致しますか?」
「無論。 竜殺しの銘を得られれば、昨今大きな手柄のない四方騎士団の中でこの東方騎士団が一歩抜きん出ることになるだろうよ。
それに……私自身、うまくやれば中央騎士団長の座すら狙えるかもしれん。
よし、早速討伐の準備だ! だが……わかっているだろうな?」
ベルファウスが嫌らしい笑みを浮かべる。
……それに呼応するように、副団長も笑みを浮かべ、行動指針を述べる。
「ハッ! いつもどおり、冒険者上がりの者たちを先陣として隊列を組みます!」
「あぁ、それでいい。 我が手飼いの者は出来るだけ被害を抑えてな。
なぁに、奴らは元々この町の為にギルドで働いておったのだ。
この町の為だ、その命で町が救えるのならば、本望だろうよ……」
彼らは大事な事に気付いていない。
彼らの求める未来は、竜に打ち勝つ事で初めて得られる物だという事に。
そして、竜殺しという栄誉の為に竜が存在するのではなく、竜を討伐せしめたが故に竜殺しという栄誉が存在するという事に。
こうして、王国史で初となる森林竜討伐が始まる。
果たして、その討伐の栄誉を得るのは彼ら騎士団か、あるいは……




