静かな涅槃の森の影から
「っりゃぁ! こいつで……3匹だ! おい、そっちはどうだ!」
「ハッ! こっちも3匹だ、また引き分けだな!」
男たちはそれぞれ剣を振り血を払うと、鞘に剣を納め周りを見渡した。
草原に転がるのは、ゴブリンの群れ。 その数は丁度先ほど数えていた6匹であり、その全てが息絶えている。
Bランクに昇進してすでに半年が経っている彼らのPTは、ユーリの報告を受けての緊急依頼に従い今南方面の偵察を行っていた。
既に数時間ほど偵察を続けているが、見つかるのは先ほど倒したような低ランクの魔物たちだけ。
しかし、やはり異常なのはその遭遇率であった。
「二人とも、怪我はないよね? ……しかし、やっぱり数が多い。 本当に何かあったんじゃ……」
少し離れた所で弓を構えていた少女が、二人に声をかける。
彼らはとある村での幼馴染であり、子供の頃から3人一緒に行動していた。
冒険者となってもそのまま3人でPTを組んでおり、次第にその実力が認められ始めた有望株の一つとなっているPTである。
さて、少女が不安を訴えた魔物の数について。
平時であれば、特にまだ日が高いうちはそれほど魔物に遭遇する可能性は少ない。
それほど知能のない獣に近い魔物であればどちらかというと夜に奇襲を仕掛ける事が多く、逆にある程度知能を持つ魔物であっても余程飢えているなどの理由がない限り、日中に目立つ草原で襲い掛かってくることは少ない。
魔物もある程度の知能があれば、よほど追い詰められない限りわざわざ危ない橋を渡ろうとはしないのである。
逆に言うならば。 追い詰められれば日中だろうが草原だろうが襲い掛かってくるのだ。
そんな中、彼女達がこの偵察で魔物に遭遇したのは既に4回。
特に、ウェルチの町南の森に近づいた所での遭遇が多い。
「……森、か。 どうする? そろそろ定期報告の時間も近づいている。
森の偵察を行うには時間が足りなさそうだが……」
盾を片手に持つ男が尋ねる。
各方面に派遣された偵察PTは、それぞれ定時報告の指示が出ている。
これは、仮に全滅したとして定時の報告の有無でそれを判断するためである。
しかし、どうやら今回の事件の中心に迫っていると言う感触もある。
本格的な偵察は無理でも、もしかすると森に少し足を踏み入れれば定期報告に間に合った上で原因についても報告が出来るかもしれない。
……そして、その功績は彼らをAランクのPTへ押し上げるだろう。
町の安全を思う気持ちに僅かに混ざった欲。
それが、彼らの運命を大きく変えることとなる。
「……おかしい」
「どうした? 特に魔物の気配は感じないが……?」
森に入って数分。
まだ日は高いが、森の木々がその光を遮蔽し、森の中は既にうすぐらく不気味な雰囲気を醸し出している。
森の外と異なり今の所魔物に遭遇する気配もないため、男たちは静かな森の中慎重に歩みを進めていた。
サクッサクッ
何の音もしない森の中に、彼らが草花を踏みしめる音だけが響く。
「……静かすぎるよ」
「あぁ? むしろ魔物がいなくて良いことじゃねぇか?」
彼らはそれなりに冒険の経験を重ねている。
森の中での戦いについても、数多く経験しているのだ。
通常、魔物と森の中で戦うのは非常に面倒である。
木々が邪魔して獲物が震えない場合があるし、視界も制限されてしまう。
音を頼りに戦おうとすれば、風や他の小動物による木のざわめきや草木の擦れ合う音が魔物の立てる音を掻き消してしまう。
草木の濃厚な匂いが魔物の匂いすらかき消してしまうこともあるのだ。
視覚、聴覚、嗅覚。
感覚の多くを制限される森の中での戦い。
その闘いを困難とするその原因を、彼らは覚えていただろうか?
「違う! 魔物だけじゃない、小動物の立てる音すらしないなんて異常だよ!
この森に入ってから、動物や虫の鳴き声きいた?」
「っ! ……いや。 なるほどな、とすると……」
「もしなにかが居た場合、俺らの立てる音はそりゃぁ良く聞こえてるだろうな。
こんな静かな森のなかじゃぁ……」
すでに彼らは足を止めている。
この森の異常にようやく気付いたのだ。
「……先に行け。 俺たちの中ではお前が一番足が速い。
俺たちもこのまま森を出るが、とにかくこの情報をギルドに届けるのを優先するぞ」
「それはっ!?」
「いいから、行くぞ。
この時間にも、何かに補足されてしまっているかもしれない」
「……うん」
盾の男が少女を促す。
……だが。
彼らの決断は遅かった。
少女がほんのわずか早く森の異常に気付いていれば。
彼らの足がもう少しだけ遅ければ。
いや、そもそも森に入りさえしなければ。
……だが。
もう、彼らの運命は定まってしまっていたのだ。
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「お疲れさん。 よし、これで後は南の方面だけだな。
従者の嬢ちゃん、小っさい嬢ちゃんがお待ちかねだぜ?」
「是。 それでは失礼します」
どうやら無事アリスが帰ってきたようだ。
今回は返り血も浴びていないようで、魔物に遭遇しなかったか、あるいは腕を上げて浴びないように戦ったのか。
対して、ボクの方もただ遊んでいた訳ではない。
幸いにして大きな怪我をした人は居なかったが、偵察でかすり傷を負った人は大勢いたのだ。
ボクとウェイトレスさんは戻ってきた人たちにお酒を振舞いつつ、傷の手当をしたりとそれなりに働いていたのだ。
「アリス、お疲れ様。 無事だったみたいで安心した」
「是。 ありがとうございます。 マスターも、その制服ずいぶんお似合いです」
「ありがとっ!」
スカートの端をつまんでクルリと周り、一礼をする。
今着ているのは、ウェイトレスさんとお揃いの制服である。
流石に、血塗れの服で給仕は出来なかったのだ。
というか、何故ボクにぴったりのサイズの制服が存在していたのかが謎だ。
真相を知るのが怖かったので、敢えて突っ込みはしていない。
現実世界におけるアンミラ風と言えば伝わるだろうか?
可愛らしい制服なので、ボクも悪い気はしない。
1点だけ惜しむらくは、女性のとある一部分を強調するデザインなのに、強調すべき部分がないという事実だけである。
いいじゃないか。 とある有名な格言もある。 「貧乳はステータスだ」と。
着替えた後、目の前で強調されてたゆんたゆん震える二つの物体Xを凝視しながらボクはそっと涙しながらそんな事を考えていたのはナイショである。
「そっか、じゃぁやっぱりボクたちが採集してた南方面が怪しいね」
「是。 まだ偵察が戻らないようですが、そろそろ定時連絡の時間です。
今日はそちらの報告を聞いてから宿に戻りましょう」
南を除いて全ての偵察PTが戻り、また最後に戻ってきたアリス達が無傷だったため
ようやくボクとウェイトレスさんも落ち着けるようになり、テーブルでお茶を飲みながら情報交換をしていた。
他の方向はそれぞれ気になるような異常は発生していなかったことから、やはり南側が一番妖しいことになる。
テーブルの上にのっかってその存在を主張しているウェイトレスさんの胸を睨み付けるように凝視しながら、ズズ、とお茶を飲んで窓の外に眼をやる。
窓の外はそろそろ夕暮れから日が落ちようとしていた。
と、ギルドの扉が跳ねるように開いた。
「……お、おい! 何があった!」
飛び込んできたのは、全身傷だらけの少女。
とはいっても深い傷はなく、全身を木の枝や葉などで切り裂いた小さな傷が覆っているだけである。
しかしその息は荒く、まるでフルマラソンを走りぬけたかのように呼吸が乱れていた。
ボクは慌てて水差しから水を汲み、少女の所へ持っていく。
ガッ! とコップを奪い取られると、ゴキュゴキュと一気飲みをし咽そうになっていた。
そして……虚ろな、生気を失ったような眼でこちらを見ながら、口を開いた
「た……助けて。 お兄も、ダンもアイツを足止めして、それで……
あ、あれ? お兄は、盾をごと上半身が飛んで、ダンは、頭から齧られて……あ、ああ……!」
少女がブルブルと震える。
どうやら、彼女は南方面の偵察に向かったPTの一人だったようだ。
そして、何かに出会い、他のメンバーが足止めしているうちに逃げてきたのだ。
ドランさんが彼女の肩を掴んで激しく揺する。
他の人が止めようとするが、ドランさんの力には敵わないようだ。
「おい! アイツって何だ! どこで、何と出会った!」
精神にかかる負荷と、ドランさんの暴力に耐え切れず意識を失おうとした少女は、最後にこう呟いた。
「……竜。 ドラグーンよりも大きな、竜がいたの」




