はじめてのおるすばん
「おぅ、遅かったじゃねぇか。 って、お前ら、大丈夫か!」
そりゃ慌てるでしょうよ。
初心者が採集依頼に行ったと思ったら、血塗れで帰ってくれば……
「大丈夫、二人とも返り血だから。
というか何が安全ですか! お散歩ついでとか言いながら、地獄への片道切符じゃない!
ゴブリンにオーク合わせて10匹とか、ボクだけだったら死んでたよ!」
と、ギルドの中がざわめく。
「おい、今、なんつった?
ゴブリンにオーク10匹だぁ? そりゃCランク相当じゃねぇか。
お前ら、どこまで採集にいったんだ? それにどうやって逃げてきたんだ?」
「まぁ、ボクが役立たずなのは見ての通りですけど。
全部アリスが倒してくれたので、逃げてはないです」
「是。 南の外壁付近、教えて頂いた採集ポイントあたりで遭遇しました」
それを聞いた瞬間、ガタッと立ち上がったドランさんの表情は、
さっきまでのお酒を飲んでデレッとした顔ではなかった。
……熟練の冒険者の顔だ。
「……今の話、マジだろうな?」
「討伐証明部位取ってきた。 ……ほ、ほら」
正直あまり見たくないので眼をそらしながら袋の口を開ける。
僅かに漂ってきた血臭が、再びボクに嘔吐感を思い出させた。
ドランさんは袋をひったくると、中身を確認し終えたところでカウンターに怒鳴りつける。
「おい、カイル聞いてたな! 緊急依頼の要請だ! 町の外壁付近の調査、および四方数キロの偵察、手の開いてる奴ら片っ端から集めろ!」
にわかにギルド内が慌しくなっていく。
ドランさんの声を聞いて、カイルさんが他の職員に指示を出す。
また、その場にいた若い冒険者が小走りでギルドを飛び出していく。
そんな中。
状況がつかめていないボクとアリスは、二人して小首をかしげながらお互い見つめ合っていた。
「……なんかさ。 また面倒ごとの予感がするよね?」
「是。 マスターは昔からそうでした。 もっとも、面倒ごとの8割は乱華様の持ち込みでしたが」
あぁ、久しぶりに乱華の名前を聞いた。 もうこっちにきてどれくらい経ったっけ、懐かしいなぁ……
アイツは元気にしてるんだろうか? ボクが死んだの知って、大分暴走してそうな気がするけど……
と、感傷にふけっていると、ボクたちの暢気な様子に気付いたドランさんが怒鳴り声をあげた。
「お前ら、何ボーッとしてやがる! 今ぁ猫の手も借りてぇんだ、手伝え!」
「ドラン様。 その前にまず状況説明を願います。
本日冒険者となった私達は、何が起きているのか理解できておりません」
ぶっちゃけ、確かに新人から見てゴブリン・オークチームは脅威だろうけど、
ドランさんクラスやそれに続くレベルの冒険者にとっては雑魚でしかないように思う。
ボクだって、アリスがいたとはいえその横でのんきに採集が出来ていた。
つまり、アリスが10匹まとめて相手をしながら、1匹もボクの方へ抜けることが出来ていなかったのだ。
それは、アリスと魔物の間にかなりの実力差があったという事になる。
……まぁ、カンストしているアリスが規格外である可能性のほうが高いが。
「ったく! そっちの小さい嬢ちゃんはともかく、従者の嬢ちゃんは強そうだしな。
説明してやるから、手を貸せよ!」
ガァーッ! とうめき声をあげ、バリバリと頭をかきながらドランさんが口を開いた。
「あのな、基本的に町の近くまで集団で魔物が来る事はないんだ。
そりゃ、いくらバカな魔物でも自分から殺されに来たがる奴ぁいねえからな。
たまーに、1匹くらい間違って近寄ってくる程度なもんだ」
言われてみると、エタドラでも町の付近ではエンカウントしなかった。
設定上、セーフエリアの外壁等には魔物除けとなる鉱物が埋められているから、となっていたはずなので、この世界でもそれが有効なのかもしれない。
「それがお前らが遭遇したような外壁付近にまできてるってことはだ、何か異変が起きたってことだ。
これが、ちょっと魔物の数が増えてこっちまで来たってんならいい。
そいつらを退治すりゃ終わりだ。
でもな、これまで特に魔物が増えたとか、そんな話は聞いたことがねぇ。
とすると、この可能性は低い。 増えるったってそんな急に増えるもんでもないからな……」
「ならば、考えられる要因は……飢餓か、恐怖かと推測します」
「あぁ、従者の嬢ちゃんの言う通りだ。
といっても、ここ数十年飢饉なんて発生してない以上、あり得るとしたら恐怖……
つまり、こっちに来た連中の住処に、なんか恐ろしい物が現れて追われたって可能性がある」
つまり、より強力な魔物が近くにいる可能性があるってことだ。
中途半端な強さの魔物なら、元の住民が追い出される前に魔物同士の争いで倒される。
つまり、もしそうなら争いにもならないほど上位の魔物が現れている可能性が高い。
「つーわけで、だ。
そっちの従者の嬢ちゃんはCランク相当の実力がありそうだし今収集かけてる奴らと周囲の偵察に回ってもらうぜ。」
「是。 しかし、まるで自警団ですね。 そこまで強力な魔物が出現したのであれば、それこそ騎士団の仕事ではないのでしょうか?」
「あぁ、俺もそう思うけどな。 あいつ等は可能性では動かねぇ。
でも現れてからじゃ遅すぎんだよ。
どうせ相手が上位魔物だったらアイツらに任せるんだ、それならさっさと俺たちで発見して重い腰を上げさせた方が被害が少なくて済む」
言いながら、ドランさんが立ち上がる。
ボクとアリスも席を立ち、準備を整えようとした。
……およ? 視点が高くなった。
これはまさか急激な成長期が!
「……小っこい嬢ちゃんはお留守番だ。
従者の嬢ちゃんが戻るまで、邪魔にならないよう隅っこにいるか、宿にでも戻ってな」
そんなはずはなかった。
別に背が高くなったわけではなく、ドランさんに猫のように首根っこをつかまえて
持ち上げられていただけだ。
ボクは両手両足をジタバタさせながら抗議する!
認めないぞ、こんなペットみたいな扱いは!
「はーなーせー! 捕虜の待遇改善を要求するー!」
ジタバタジタバタ……
「ガキか! いや、ガキだったな……」
「マスター、それでは行ってきます。 絶対に外には出ないでくださいね」
アリスからの戦力外通達を受けて、流石にボクも抵抗はあきらめた。
実際の所、今のボクでは盾になる程度しか役に立たないのが事実だからだ。
特にドランさんは忙しそうなのだ。 あまり邪魔をしてはいけない。
「アリス、絶対に無理はしちゃダメだからね?」
「是。 マスターこそ、無理はしないで下さい。
最悪の場合、カレン様、エステル様を連れてお逃げ下さい」
神妙にうなずく。
観念したと判断されたのか、ボクはそのまま隅のテーブルの椅子に降ろされる。
「まぁ、小っさい嬢ちゃんもここでけが人の世話とか、食い物や飲み物配ったりはできるだろう。
カイルには話通しておくから、店の嬢ちゃんの手伝いでもして待ってろ」
そう言い残すと、ドランさんは慌ただしくカウンターへ向かっていった。
アリスも声をかけてきたPTについて、外へ飛び出していく。
ポツーンと取り残されたボクは、とりあえず仕事を貰おうとウエイトレスさんの方へ向かうことにした。
皆、何事もなく戻ってくるといいんだけど。




