プロローグ2
「うあぁ、頭が痛い……」
翌朝、自分のホームではなく宿で目覚めると、強烈な頭痛が襲ってきた。
いわゆる、二日酔いである……と思う。
昨日の乱華からのメッセージは、予想に反して大会優勝を祝っての祝勝会のお誘いだった。
ずいぶんまともな事をする、と思えば、そこはやはり「でぃざすたーミ☆」の名に恥じず、通りすがりの人を巻き込んで最後には収拾のつかないどんちゃん騒ぎになってしまった。
周りに流されたのか、ボクも普段飲まないお酒を飲みすぎてしまったようで、途中からの記憶がぼんやりしている。
思い出そうとすると頭痛がするが、これは二日酔いのせいばかりではないと思う。
一体何をやったんだか……
「マスター、水をどうぞ」
アリスが差し出してくれる冷えた水の飲みながら、無駄に二日酔いまで再現する運営を呪いつつゆっくりと意識を覚醒させていく。
「アリス、ありがとう。 昨日はボク、何をやって……いや、ごめん聞きたくない」
「是。 お聞きにならない方が精神衛生上宜しいかと考えます」
やはり、何かやらかしたらしい。
とりあえずどんな顔をしているかとベッドを降りて鏡を見てみることにした。
まず目に入ってきたのは、所々寝癖で跳ねているロングの金髪。
それから若干隈ができた蒼い眼に、横に大きく伸びた耳。
年の頃は10台の前半だろうか、少女というよりは幼女に近い、年を取ったら美人になるだろうという幼いながらも可愛らしい顔立ち。
……いわゆるエルフだった。
「っ!? ……って、アバターか」
そう、ボクのアバターはエルフの少女で設定をしていたのだった。
VRゲームなのでアバターの視点と自分の視点が一致しているせいで、以外と自分の姿を見る機会は少ない。
鏡でも見ない限り自分のアバターがどのような容姿をしているか忘れがちになるのは、ボクだけだろうか?
ちなみに、現実のボク、早乙女悠裡はれっきとした男子である。
友達からは男の娘っぽい、と言われることもあるが、普通の男子だ。
ネカマのつもりはないのでリアルの性別は別に隠してはいないけれど、この手のゲームをやる以上、どうせなら可愛い女の子でプレイしたいと思うのはおかしくないはず。
異論は認めない。
「マスター、本日のご予定はいかがなされますか?」
「んー、まずは大会で使った消耗品の補充と、整備かなー?」
鏡を見ながら手櫛で髪を整えていると、アリスが手帳を見ながら予定を聞いてきたので答える。
大会終了後、ログインしたとたんに大騒ぎで例の丘に逃げたので、まだドラグーンの整備が出来ていないのだ。
稀に突発イベントが発生することもあり、またPVPを挑まれる事が増えるのが予想されるため、まずは機体を万全の状態にしておきたい。
「是。 ですが、まずは一旦ログアウトした方が宜しいかと。 そろそろお時間です」
アリスの言葉で確認すると、そろそろリアルでは夜中の1時といった所だった。
エタドラの1日はリアルの6時間に相当するため、お昼にログインしてリアル6時間が過ぎたということになる。
「りょーかい。 んじゃ、一旦ログアウトするよ。 アリス、また明日」
「是。 お戻りをお待ちしております」
タブレットを取り出しログアウトを選択すると、視界が切り替わり見慣れた自分の部屋が現れる。
ゆっくりとVRヘッドセットを外すと、起き上がって伸びをした。
「んーーー! っと、寝る前にメールチェックしなきゃ……」
目の前のPCを操作してメールをチェックする。
メーラーを立ち上げると、普段ないほどの未読メールの嵐。
大会で優勝した影響が、リアルにまで襲い掛かってきていた。
「お祝いメールばっかりだなぁ……、お呪い? なんの嫌がらせだ、これ……」
案の定、乱華からのメールだったのでそのままゴミ箱へ。
「っと、運営から。 優勝商品について、か……」
こちらはしっかりと中身を確認し、準備していたファイルを添付して返信。
そうこうしているうちに2時を過ぎた所で、眠気を感じたので就寝することにする。
「さて……それでは寝ますか。 明日はしっかり整備しないとなぁ……」
そのまま電気を消すと、改めてベッドに横になる。
機体の整備方針を考えているうちに本格的に眠気が来たので、そのまま眠りについた。
この時はまだ、考えもしなかった。
その明日に、整備どころじゃなくなるなんて事が起こるなんて。
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運命の日。
その日、夏期講習のためボクは家から10分ほどのところにある駅で電車を待っていた。
リアルは夏真っ盛りで、冷房のかかっている駅のホームでも汗が出てくるほど気温が高い。
普段なら、不快指数の高さにイライラしていた所だったと思う。
でも今日は機体のアセンブリ構成を考えるのが楽しく、ボクは放課後のログインが早くこないかとウズウズしていた。
ピロリン♪
「ん……? メールか」
持ち歩いているタブレットにメール受信のアイコンが表示された。
PCと違ってこちらに登録してあるメルアドは知り合いにだけ教えており、その知り合いも普段はPCにメールを送ってくるためこちらでのメール受信は意外と珍しいのだ。
「差出人は……げぇっ、乱華!」
嫌な予感がする。 昨日のお呪いメールを捨てたことに気付いたのだろうか。
なんか厄介ごとのような気がしたので、後で見ることとしてとりあえず無視を決め込んだ。
ピロリン♪
と、今度はショートメールの受信アイコンが表示される。
差出人は、またもや乱華だ。
「……? なんか重要な話か?」
無視を決め込んだ事に若干罪悪感を感じつつ、ショートメールを確認してみる。
【これを見たらすぐ電話しなさい!】
どうやら、本当に何か重要な話だったようだ。
そのまま電話帳を開いて、乱華に電話をかける。
ちなみに、乱華の本名は「らんか」で、リアル幼馴染だったりする。
だからこその雑な扱いなんだけれど、どうも普段と様子が違うのが気になった。
何回かのコール音の後、乱華が電話に出た。
「あ、ユーリ! もー、メール無視したでしょ!」
気付かれていた。
「そ、そんなことより、どうかしたの? もうすぐ電車来るんだけど……」
「ん? あ、今日は夏期講習だったっけ……すっかり忘れてた!」
ちなみに、乱華は同じ学校であり、当然彼女も今日は夏期講習の日である。
……サボり決定のようだ。
「って、そんなことどうでもいいの! あのね、さっきおでんさんから連絡があってね!」
「まてまて、誰だそれ」
そんな愉快な名前の知り合いはいない。
「もー、アースガルズのギルマスじゃない。 忘れたの?」
「忘れたの?って…… あー、オーディンさんのことか。 おでんってなんだ、おでんって」
「オーディンとおでんって似てるでしょ? って、それもいいの! でね、そのおでんさんが言うにはね……」
ちなみに、アースガルズというのは特に大規模PVPで活躍している大手ギルドで、同じ国に所属しているためうちのギルドと共同戦線を張る事が多い。
他ギルドとの調整や作戦検討・連絡はいつも乱華がやっており、実働部隊のボクはアースガルズのメンバーに知り合いは多いが、直接オーディンさんと話をしたことは少なかったと思う。
そういえば、大会の決勝を争った黒い機体の相手、ロキさんもアースガルズのメンバーだったはず……
「電車がまいりまーす。 白線の内側にお下がりくださーい」
と、話しているうちに電車が来たようだ。 一歩下がりながら続きを聞く。
「どうも、アンタが決勝で戦った相手のロキさんの様子がおかしいって! なんか、大会の日アンタの後をつけてたらしくって、注意しようと思ってたら連絡が取れなくなってるって……」
生ぬるい風が頬を撫でた。
めまいでもしたかのように、周りの風景が歪んで見える。
「でね、……じギルドのリアル知ってる子に……したら、アイツを……してやるって……ってたって……」
なんだ? よく聞こえない。
乱華の声を聞きながら、ゆっくりと視界が流れていく。
次第に、線路が目の前に迫ってくる。
……線路が目の前に?
なんて疑問が浮かんだ瞬間、強い衝撃がボクの身体を襲う!
通話中のタブレットが手を離れ、宙を舞っているのが視界の端に映っている。
状況がわからず、衝撃で身動きが取れない中で首を捻ると……
遠くに、手を突き出したまま呆然とこちらを見ている少年の姿が見えた。
そして、ボクは意識を失った。