狗のおまわりさん
しばらくして傷が癒え動けるようになったボクは、リハビリも兼ねてエステルと町へ出てみることをカレンさんに提案された。
ずっとこのウェルチの町にある治療院から出ていなかったため、たまにはエステルの気分転換を、という事だ。
……いや、カレンさんのことだからきっとわかっていたのだろう。
ボクが押し潰されないように、だ。
きっとカレンさんはとっくに気付いているのかもしれない。
ミランダさんや、村の人たちへの罪悪感。
帝国への怒りと憤り。
そして、ボクが人を殺したというその事実に苦しんでいることに。
死というものがそれほど遠くない場所にあるこの世界の人たちは強い。
エステルですら、ミランダさんたちのことを事実として受け止め、悼み、過去の物にしようとしている。
だからいつも以上に明るく振舞っているのだ。
ボクは……気持ちの整理に、少し時間が必要だった。
今はアリスとは別行動をしている。
アリスにはボクがベッドで横になっているうちから、この世界について情報収集をお願いしている。
現在の世界情勢、エルフの隠れ里の位置、サーバントの整備……まだまだ知るべきことが山盛りだ。
この町には図書館もあるらしく、今日はそちらで調べ物をするらしい。
「お姉ちゃん、町ってすごいね! 人がいーっぱいだし、お洋服のお店もあるし、食べ物のお店もあるし、それにそれに……」
「はいはい、お店は逃げないからね」
初めての町でエステルはかなり興奮気味だ。
最近はカレンさんにべったりで離れようともしなかったため、久しぶりにはしゃぐエステルを見た気がする。
そんなエステルを見て、ボクも今日は楽しむ事に決めた。
頭巾で擦れる耳の位置を直しながら、ボクは今にも走り出そうとするエステルをなだめて、町を眺め歩く。
このウェルチの町は、王国東部にある町としては比較的大きな町となる。
理由として、王国軍の東方司令部と軍港が置かれており、比較的治安が良く商業的にも発展しているためだろう。
今ボクたちがいる中央広場も、屋台のような店が円を描くように立ち並んでおり、それぞれから活気の良い客引きの声が聞こえてくる。
人通りも多いためエステルと手を繋いではぐれないようにしているが、これでも昼の混雑を過ぎて少し落ち着いた状態である。
「串焼きだよー! ワイルドモアの肉を甘辛いタレで焼いた、絶品串焼きだよ!」
「ホワイトバスと卵のサンドはこっちだ! 歩きながらでも食べれるよ!」
なんだか美味しそうな食べ物の屋台が結構ある。
これまで村の素朴な料理を食べ慣れてきたけれど、こういういかにも異世界! っていう料理には心惹かれるものがある……
「……ワイルドモア……ホワイトバス……」
ふと横を見ると、エステルが涎を垂らしながら先ほど声をかけてきた屋台を見つめている。
女の子がしちゃいけない顔になってる!?
「……1つずつだからね」
ボクは妹には甘いのだ。
「まいどっ! 7テラのお釣りね!」
お釣りを受け取ると、ポシェットの中の財布にしまいこみ、いけない顔のままになっているエステルに串焼きを一本差し出す。
「お姉ちゃんっ! 大好きー!」
「どういたしまして。 お洋服につけちゃダメだからね?」
一言注意して、アツアツの串焼きを口に運びながらお金について考える。
串焼きが一本150円くらいと考えると、1テラ=100円が相場だろうか?
物価はエタドラとそう変わらないようだ。
ちなみに、このお金の出所はアリスである。
どうやら、アリスはインベントリを利用できるようで、クエスト報酬や戦闘報酬をそのまま持っていたようだ。
この世界では、インベントリは小型のポシェットで表現されていた。
ただ残念なのは丁度大会の少し前、地獄の素材集めツアーの際の不要素材の売却でお金がインベントリの上限に達したため、ホームにお金を保管してしまっていたという事だ。
今の手持ちは10万テラ。 生活するには充分だが、ドラグーンの資材を購入するには不安のある金額である。
なにしろドラグーンの維持にはお金がかかる。
それも、性能を上げる程にその補修素材の値段も入手難度も高くなっていくのだ。
消耗物品も多岐にわたり、装甲から魔導兵装の触媒、実弾……
場合によっては、壊れた部分の装甲を買えずパッチワークみたいになった機体もそれほど珍しくない。
ボクだってイベントの時はセラサスを使用するが、普段の狩りでは廉価な装甲で狩りに特化した専用機を用意していたくらいだ。
この前の村の襲撃の際、アリスが王国軍の到着の前に帝国の各機体から魔力弾倉を回収してくれていたので、何度かはそれで起動できるだろう。
しかし、その後を考えると早急に魔力弾倉の販路を得るか、ボクが魔法を使えるようにするかしないとセラサスが起動すら出来なくなってしまう。
「お姉ちゃん、美味しいね!」
久しぶりに何の憂いもないエステルの笑顔を見て、癒されたボクは微笑みながら串焼きの最後の一口をほおばった。
「ん……お姉ちゃん、可愛い」
ボクたちは庶民向けの洋服屋に居る。
先日の戦いで荷物も持たずに保護されてしまったため、ぶっちゃけボクたちは着るものがないのだ。
一応、治療院の人が1着ずつは用意してくれていたが、それだけを着ているわけにはいかない。
というわけで、服を買いにきたのだが……
どうしてこうなった。
「あぁん! この子ったらもうなんでも似合っちゃうなんて!
こうなったら、幼さと淫靡のギリギリのラインを攻めてみちゃったり……」
「いや、普通のワンピース下さい」
「な! そうか、その手があったわね! 普段は清楚なワンピースの少女。
しかし、フワッと風のいたずらがスカートを巻き上げると、
そこには妖艶な、女と少女の境目を表現する黒いレースのローライズ……
や、やるわね!」
「誰もそんな事想像もしていないんだけど……」
「クッ、負けていられないわ! 貴方の想像を超える新しい服を絶対に用意するから!
今からデザイン書いてくるから、待ってなさいよねっ!」
目がイッてしまっている美人の店員さんは、ドドドドッと効果音がしそうな勢いで店の奥に引っ込んでいった。
「お姉ちゃん、このお洋服可愛い」
「……この服、この子とお揃いで。 あとサイズのあうドロワーズ下さい」
別の店員さんに声をかけて、普通の服を購入した。
あの店員さんの暴走を受けて、かなり値引きしてくれたのは有難い。
ボクたちが店を出た後、店から「あああぁぁ……」と呪われそうな泣き声が聞こえてきたので、
ボクはエステルの手をしっかり握って足早にそこを立ち去った。
さすがに、毒牙にかかるにはボクもエステルもまだ若すぎると思うんだ。
「エステル、楽しかった?」
治療院への帰路で、たずねてみる。
「ん……楽しかった。 お姉ちゃんは?」
「うん、楽しかったよ」
手をギュッと握って大きく振る。
そろそろ遅くなってきたので、治療院に帰ることにしよう。
と、急に辺りが騒がしくなってきた。
どうやら、捕り物のようだ。
小汚い格好の男を、簡素な鎧を来た男たちが追うのが見える。
ときおり追う方の男たちの手が淡く光り何らかの魔法を放っているところから、恐らく騎士団に追われているのだろう。
と、一瞬辺りが暗くなる。
空を見上げると、巨大な影が空を舞っている……王国のドラグーンだ。
帝国機と異なり、何かの生物の外殻を利用しているのだろうか?
昆虫のような節目のある装甲を外装としていたり、半透明の翅が高速で動いていたり……と有機的なデザインとなっている。
その独特のフォルムは、実はボクにとっては見慣れたものだ。
ネームドやレイドボスのモンスターのドロップアイテムは加工するとドラグーンの装甲として利用ができた。
その、ボスドロップの装甲を用いたドラグーンにそっくりだったからだ。
ちなみに、その外見から通称「オーラバトラー」と呼ばれて一部の人は好んで使っていた。
性能的にも悪くないんだ。 鉱物系の外装より軽く、対魔性能も高かったりする。
その分物理防御が弱い傾向にあるので、ボクのセラサスと同様回避主体の運用をされていたものである。
ドラグーンは、逃げる男の目の前に着陸すると、左手を男に向けた。
その左手に黒い光……という形容しがたいものが集まり、魔導兵装の発動準備が整う。
って、魔導兵装!? 町中でぶっ放すのか!
エステルの手を引いて逃げようとするも、間に合わない。
しょうがないのでエステルを抱きしめ、背中をドラグーンに向けるようにする。
ボクの身体を盾にするのだ。
……しかし、想像していた衝撃は発生しなかった。
ゆっくりと振り返ってみると、巨大な黒い檻に男が捕らえられている。
なるほど、闇の檻か。
この魔法は、対象を闇でできた檻で拘束する。 檻の格子は闇属性の刃となっていて、触れた者は切り刻まれてしまう。
本来は、対象を閉じ込めた後檻を収縮させ格子の刃でバラバラにしてしまったりとか、
闇の槍を連結させてアイアンメイデンごっこしたりとか、とにかくえげつない攻撃方法に繋げる。
もっとも、レジストできるのでイマイチ使い勝手は宜しくない魔法でもある。
騎士団の男たちが檻を取り囲むと、その黒い檻は解除された。
そのまま男を捕縛し、引っ立てていく。
どうやらこれで捕り物は終わりのようだ。 ドラグーンも再び空に舞い上がり、騎士団の男たちと同じ方向へ駆けていく。
「さすが騎士団ねー、おかげでこの町は安全だわ」
「あぁ、特に団長のドラグーンがすごいやな。 帝国が攻めてきたってあのドラグーンには勝てんだろうよ」
野次馬も解散のようだ。
口々に騎士団をほめながら立ち去っていく。
「お姉ちゃん、あの騎士さまかっこよかったねー!」
エステルがキラキラした眼でボクに感想を告げる。
ボクは……しかし逆に、冷めた目線でドラグーンを追っていた。
どうにも、言葉に出来ない何かが胸に残るのだ。
と、誰かがボソッと吐き捨てたその言葉が、ボクの心の中を代弁した。
「ケッ、たかが泥棒ごときにドラグーン持ち出してやりすぎだろうがよ。
あのデカブツがぶっ壊したそこの道路、誰が直すってんだ。 面倒かけやがって……」
そうだ。 別にドラグーンを引っ張り出す程のことでもないだろうに。
こんなことにドラグーンを出すなら、もっと重要な、そう……
「今更言っても仕方のないことか……帰ろうか、エステル」
「ん!」
せっかくの気分転換は、最後の最後で若干のしこりを残すこととなってしまった。