知らない天井
第2部スタートです。
本日より1日1回更新にシフトします。
空気の抜ける音とともに、密閉されていた空間に夕暮れの冷たい空気が飛び込んでくる。
『マスター、お疲れ様でした。 動力機関を停止します』
頭部のツインアイから光が失われ、セラサスは稼動を停止する。
再び白い装甲に戻り、夕日のオレンジに染まった機体から、ボクはゆっくりと降りる。
戦場となった村の西側は半壊し、レッドハースに吹き飛ばされた辺りは特に酷い有様となってしまっている。
「お姉ちゃん!」
エステルが駆け寄ってくる。
どうやらエステルは気絶していただけで、大きな怪我はしていなかったようだ。
「エステル、お母さんは……?」
「お母さんは生きてる……でも、う、ヒック」
エステルの目に涙がこぼれ出す。
でも、生きていてくれた。
それ、だけでも……良かった。
思い出したかのように脇腹の痛みが突き刺さると、ボクは意識を失った。
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「ん……、痛っ!」
目覚めとともに再び痛みが蘇る。
涙目になりながらゆっくりとあたりを見回すと、アリスが微笑んでこちらを見ていた。
「マスター、おはようございます」
「……おはよう、アリス。 あれからどうなった……?」
「後ほど詳細を。 まずは、カレン様とエステル様に報告をしてまいります」
スッとアリスは立ち上がると、部屋を出て行こうとする。
「待って! お母さんは?」
「是、かつ否。 生きていらっしゃいます。 ですが、無事とは言えません。
後ほどお会い頂きますので、まずはご静養を」
そして何も言わず出て行った。
母さんは生きてた。 でも、無事ではないとは……。
いや、それでも。
脳裏に、無残に倒れた村の人たちの姿が思い浮かぶ。
木こりさんは、全く口をきけない人だったけれど、皆の安全のために率先して見回りとかをやってくれるような人だった。
狩人さんは、変な人だったけれど、いざというときにとても頼りになる人だった。
そして、ミランダさんは……
ほんの数日前の、楽しかった日々を思い出して涙がこぼれる。
これでボクは死ねなくなった。
彼らの分まで、今度は寿命が尽きるまで生き抜いてやる。
そして……きっと、仇を討つ。
しばらくして、アリスが迎えにきた。
歩こうとしてよろけたボクを、アリスはあろうことかお姫様抱っこで連れて行こうとする。
「ちょ! この格好は恥ずかしいんだけど!」
「否。 他の持ち方では傷が開きます」
AIに恥じらいと言う感情を理解しろ、とは言わないけれど、一般常識として理解をして欲しいところだ。
3部屋ほど移動した所で、ドアをノックする。
アリスは手がふさがっているので、ボクがノックをした。
「どうぞ……」
カレンさんの声が聞こえる。
最低限、話せる程度には無事という事だ。
ノブを回し、ゆっくりと部屋に入っていく。
部屋には、ベッドから起き上がったカレンさんと、その横でうとうとしているエステルが居た。
「あら、ユーリ。 いいわねぇ、お姫様抱っこなんてされて。
もしかして、アリスさんと結婚しちゃうのかしら?」
「お母さん、ちが……」
「んぅ? お姉ちゃん、結婚するの……?」
「違、痛、ちょ、痛いからからかわないで!」
手をブンブン振った事で傷が引き攣れたらしい。
痛みにまた涙目になる。
「ごめんごめん。 ほら、息吸って。
ヒッヒッフー、ヒッヒッフー」
「お母さん、それ違う……」
以前のようにじゃれ合う。
いつまでもそうしていたいけれど、でも、そんな時間は長くは続かなかった。
「ねぇ、ユーリ。 エステルも聞きなさい」
カレンさんが居住まいを正して、口を開いた。
「お母さんね。 ……歩けなくなったの。 腰から下の感覚がないわ。
でも、生きているだけマシってものよね。 ミランダちゃんなんて……」
「……ミランダさんは、やっぱり……死んだの?」
「腕だけが見つかったそうよ。 身体はきっと……」
覚悟はしていた。 だって、最後にミランダさんのぬくもりに触れていたのはボクだから。
そして、カレンさんのことも。 生きていてくれただけでも、奇跡と思えるくらいだ。
「村の人も大勢なくなったわ。 木こりさんに狩人さん。
広場では、村長さんや薬士のおばあちゃんも。
……でもね、ユーリ。 これは、貴方のせいじゃないからね?」
アリスの話では、ボクは召喚されたわけではないらしい。 だから、ボクのせいではない。
……でも、本当にそうだろうか? ボクが村に来ていなければ、奴らは違う場所に現れたんじゃないだろうか?
「本当に違うのよ? あの男とお母さん、それにミランダちゃんは因縁があってね。
もしユーリがいなくても、私……いえ、村は戦いになっていたわ。
むしろ、貴方が助けてくれて本当に嬉しかったのよ?」
「でも、ミランダさんは……それにお母さんも」
「いいの。 私も、きっとミランダちゃんも悔いはないわ。
ユーリ、だからね?
貴方がどうやってサーバントを手に入れて、どこでアリスさんと知り合ったかは聞かない。
だけどね、貴方はまだ子供なの。 だから、絶対に復讐なんて考えちゃダメだからね?」
「……」
ボクは、カレンさんのその言葉に、頷く事は出来なかった。
「……アリス。 現状説明をお願い」
ボクは自分の病室に戻ると、アリスに説明を求めた。
目覚めたばかりで、全く状況が判らなかったからだ。
なにしろ、この建物自体村にはなかったと記憶している。
「是。 あの日より相対で1日と18時間36分が経過。 現在地は西50kmのウェルチという町になります。
あの後到着した王国軍に保護され、生き残った者はこちらの治療院に収容されました。
敵兵士に生存者なし。 本件に関しては王国より帝国に対し正式に真意を正す旨使者を出したと聞きます。
宣戦布告が帰ってきたという噂もありますので、戦争は避けられないでしょう」
「セラサスはどうなった……?」
帝国の近衛が駆る最新機、それを一蹴できるセラサスは、ボクの眼から見ても現在のこの世界では場違いな性能を持っている。
それ以前に、恐らくはその外観すら、異質なものとなっているように思う。
だからこそ、万一王都軍に見られていれば、新たな問題の火種を生むような気がしてならなかったのだ。
「ご心配なく。 マスター、こちらをどうぞ」
アリスは、シンプルなデザインの腕輪を差し出してきた。
金色のその腕輪は全く装飾をされておらず、埋め込まれたルビーのような石が唯一のデザインともいえる。
しかし、赤く煌くその石の中に、かすかに何かが埋め込まれているように見えるのが不思議だ。
「……これは?」
「セラサスの補助魔導核から移植しました。
この世界に来た際にタブレットが消失しましたので、急遽一部機能をこちらに複製しております。
全ての機能は再現できておりませんが、現在追従モードを発動。 待機中となります」
追従モードとは、いわゆる出ろーガン○ームや、虚数展開カタパルト的なあれだ。
降りた時ドラグーンがそのまま待機してると町中がドラグーンだらけになってしまうため、待機中は自分のホームにある格納庫に待機させ必要な時に召喚するという仕組みだ。
本来はタブレットのメニューから起動し、召喚の際は魔方陣から現れるというなんとも厨好みの仕様となっている。
「追従モードが利用できるってことは、もしかしてボクのホームもこの世界に来ている?」
「不明です。 術式を複製しただけで、内容までは解析出来ておりません。
いずれの空間にセラサスが格納されているか、回答不能となります」
もしボクのホームが存在していれば、この世界で生きるにあたってかなりの助けになるはずだ。
セラサスの装備や素材だけでなく、アバター用の装備、アイテムもかなりの量が保管してある。
なにより、セラサス以外の機体も格納してあるのだ。
先日の戦いを振り返ると、稼働率50%かつ制限のある状態ですら、帝国のサーバント相手に余裕があるほどの性能だった。
ならば、普段使用していない倉庫の肥やしでも、この世界においては充分な戦力になる。
「……セラサスの整備状況は」
「現在、装甲ならびに実弾等の消耗物品、魔力弾倉に関しては資源がないため、補給不可です。
内部の流体魔素繊維についてはある程度の自己修復が可能ですが、
こちらも稼働ごとに流体密度が低下しますので、早急に補充が必要となります」
流体魔素繊維とは、ドラグーンを動かす為の筋肉線維・神経の事だ。
流体であるエーテルを繊維化したもので瞬時に硬化・収縮することで人間の筋肉のような働きをする。
元が流体なので、多少ならば消耗しても他の部位から補充することで自己修復は出来るものの、密度が足りなくなりすぎると当然動けなくなる。
ゲームの時は、それぞれ資源を元に生成して補充することになり、当然高品質なものほど生成スキルや資源も高いものを求められていた。
この世界の場合はその資源そのものが手に入るか、という問題もありそうだ。
そう考えると、なおの事ホームにある資源が必要になりそうな気がする。
「せめて、ボクの魔力とスキルが使えるようになれば、ボクの生産スキルでなんとかなりそうなんだけどな……
と、それだ。 そもそも、何がどうなってるの? アリスがボクをこの世界に送ったって、どういう意味?」
「多少長くなりますが、よろしいでしょうか?」
「うん、お願い」
「それでは。 まず、元の世界。 便宜上現実世界としますが、こちらでマスターは亡くなりました」
「あ、やっぱり死んだんだ。 ……ロキに突き落とされて」
「是。 その際、シュタイクバウアーの言っていた召喚による揺らぎが発生しました。
原因ならびにその時起きていたことについては不明な点が多いですが、セラサスが実体化するのとマスターが亡くなったということは理解していました。
そのため、セラサスの実体化に割り込ませて、その一部としてマスターの身体を構築し、魂を定着させたという経緯です」
「……魂を定着?」
「引き寄せでマスターを指定、その後蘇生魔法で復活させました」
あー、なるほど。
エタドラでは、アバターが殺られるとしばらくの間アバター上に人魂のアイコンが表示される。
で、それが消えるまでなら蘇生魔法でその場復活が出来るという仕様だ。
いつもアリスと二人で素材集めに行くときは、事前に条件付き行動パターンとしてボクが倒れたらモンスターに囲まれた状態で復活しないよう
引き寄せでアリスの近くまで移動してから、蘇生魔法で復活させるよう設定をしていた。
いつもと同じことをしたというイメージなのだろう。
しかし……
「……なんで、この姿なのさ?」
自分の長いエルフ耳を引っ張って上下しながら聞いてみる。
おかげで助かった事もあるし、決して悪いわけじゃないけれど……長年過ごした現実世界の姿でないのはやはり違和感がないわけではない。
「引き寄せられたのは魂のみです。
肉体はありませんでしたので再構築しましたが、あいにくと私は現実世界のマスターを存じません。
そのため、ゲームのアバターを元に肉体を再構築致しました」
「そっか……うん、それはしょうがない。 生き返っただけでも御の字だ、ありがとう」
「是。 その後ですが、こちらの世界に渡った後、後回しにしておりましたセラサスと私のアバターの構築に注力させて頂きました。
マスターがお目覚めの頃にはこちらの構築も完了し、ともに目覚める予定だったのですが……」
「ボクが先に目覚めて、勝手に出て行ったということ?」
「是。 想定しておりませんでしたので、全機能を停止しておりました。 緊急時の為コクピット解放は制御から外れていた事が幸いでした」
というより、世界を渡っている途中でなくて良かったというべきだろう。
どことも知れない所で餓死していたかもしれない。
「マスターの必要とされる時に間に合わず、申し訳ございませんでした」
そう言うと、アリスは深々と頭を下げる。
「いや、アリスのおかげでボクはこうして生きていられる。 お母さんが無事だったのもそうだ。
謝る必要なんて何もないよ」
「ありがたきお言葉。 今後とも、マスターの御為に」
どうやら、この世界でもボクのオペレータとして動いてくれるようだ。
それを抜いても、昔からの知り合いと再会できたという事はすごくうれしい。
この世界に渡る前のボクが、生きていたという事を知っていてくれるのは彼女だけだから。
「それで、ボクの魔法とスキルのことなんだけれど。
今の話を聞く限り、アリスは両方とも使えるんだよね?」
少なくとも、ボクをこの姿にするときにスキルと魔法、両方とも使っているはずだからだ。
「是。 仰る通りです。 現実世界の時と変わらず利用できます」
「そうか、元々アリスはNPCだからショートカットキーとか利用していないもんね……」
「是。 使い方についてご説明差し上げたいのですが、表現に適した語彙を持ち合わせておらず困難です」
アリスにとってはスキルが使える、というのが当たり前だからそれはしょうがないだろう。
ボクもアリスに教えて貰える、などと期待はしていなかった。
例えてみよう。
右手の上げ方を教えてくれ、と言われて、適切にその方法を説明できる人間がいるだろうか?
右肩の筋肉を収縮させて……と言われても筋肉の収縮をどうすればいいかわからないし、
かといってグッと肩に力を入れて、クイッと持ち上げる、などと言われても伝わるかどうか。
だからこそ、知識として魔法の使い方を学んだ人に、使い方を聞きたかったのだ。
「そうすると、直近の目標としては魔法の使い方とホームを探すことかな?
帝国に一矢報いるにしても、武器も使えず補給も出来ない状態ではどうしようもないし」
「よろしいのですか? カレン様からご注意を頂きましたが」
正直、カレンさんをこれ以上心配させたくはないし、エステルもケアしてあげないといけないんだけど。
でも、あのシュタイクバウアーが大人しくボクたちを見逃してくれるとは到底思えない。
それに、ボクはミランダさんたちの事を、決して忘れる事はない。
「お母さんがどう言おうと、奴は絶対に許さない。 でも、その為には力が必要だ。
戦うにしろ守るにしろ、最悪の場合を考えて対抗できる力は早めに手にしておきたい。
もちろん、アリスの力が不足しているってことじゃないよ? このままでは、ボクが弱点になりそうだからね……」
「否。 マスターは私が守ります」
「ボクが守りたいの」
「否。 マスターは弱っちいのですから、守られてください」
「む。 そもそも非力にしたのはアリスだし」
「否。 そんな極振りステータスにするからです。 私は悪くありません」
「身体作るときにちょちょっとステータスをいじってくれればよかったじゃないか!」
「否。 絶対にマスターはロマンが足りない! などと文句を言ったはずです。 私は悪くありません」
「ぐ……」
流石アリス。 AIのくせにボクの性格を把握しすぎている。
実際、全ステータス平準化とかされてたら絶対に文句を言っていた。
命は惜しいけれど、ロマンを失って生きるのも惜しいのだ。
そう考えると何も言い返せない。
結局、舌戦に負けたボクは不貞寝をし、翌日エステルに怒られるのだった。