もう何も恐くない
今回ちょっぴり残酷表現があります。
ご注意下さい。
「さぁ、早く! 今のうちよ! 森まで逃げればなんとかなるから、そこまでは休まないで!」
カレンさんの指示で皆が走り続ける。
恰幅の良いおばちゃんズはさすがに辛そうだけれど、ここはなんとかがんばってもらうしかない。
ボクはカレンさんと一緒に殿を勤めている。
なんとか2機は運良く倒せたけれど、次の1機が倒せる保障はない。
遠くから逃げている背中を狙い撃ちされたら、それで終わりだ。
だから、最悪ボクが盾になるつもりなのだ。
もちろんカレンさんは反対したけれど、無理を通させてもらった。
ボクは無力だったから逃げていたけれど、出来ることがあるならばやりたいのだ。
そもそもがボクが原因であるなか、出来る事すらしないで後悔はしたくない。
ただ、一つ問題が……
「お姉ちゃん、ミランダちゃん遅いねー……」
「もうすぐ来るよ。 だから、エステルはそろそろ……」
「やっ!」
ボクからエステルが離れないのだ。
どうもさっきのようにボクが勝手にどこかに行ってしまうのが怖いらしい。
無茶をしたのは反省している。
け、決してカレンさんのお説教が怖いわけじゃない。
「あぁん! カレンちゃん、無事だったかしらぁん!」
ようやく、林の方から最近になって見慣れ始めたスキンヘッドが見えた。
ミランダさんを始め、多くの人が無事だったらしい。
「ミランダちゃん! 待ってたわ、急いで!」
カレンさんが森を指差し叫ぶ。
しかし、心なしか安堵の表情が見える。
恐らく、これで村人の多くは助かるだろう。
しかし、やはり動けない年取った人達は連れてこれていない。
多くは家の地下室に隠れているそうだけれど、村長を始めとする重役達は広場に集まっていたと聞いている。
人質ではない。
みんな、死ぬ覚悟なのだ。
元々、有事の際にはそうすると決めていたのだという。
まだこの村に来て間もないボクには判らない、何かがそうさせたのだろう。
正直な所、そんな村人達の生死はわからない。
しかし、あの狂った騎士ならばきっと……
やめよう。
申し訳ないけれど、今は助かる事だけを考えよう。
そろそろ誘導が終わったようだ。
非戦闘員は皆森に入り、戦闘部隊もそろそろ森に到着する所だ。
ボクたちも急がなければ……
「待たせたわねぇん! さ、それじゃスタコラサッサよぉん!」
冗談めかしたその台詞に、普段笑わない狩人さんまでが微笑を浮かべる。
ミランダさんの伸ばした手にボクは手を差し出し、一緒に森に向かって駆け出し
『やぁ、親愛なる王国の愚民諸君。 こちらは行き止まりではないかね?』
閃光。 破壊音。 爆風。
「あ……あ……」
これは……なんだ……?
吹き荒れる破壊の嵐の中、レジストに成功したボクだけが血塗れで立っている以外、周りの様相は一変してしまった。
抉れた地面、なぎ倒された木々……そして、人、だったもの。
あれは、木こりさんだろうか? ハハ、いつものふんどしはどうしたんだよ? 下半身ごと置き忘れてるじゃないか。
狩人さん、いつも俺の背中に立つなって言ってたじゃないか。 そんな恰好じゃ、どっちが背中かわからないよ。
みんな、みんな死んでしまった!
繋いだままだった手から、ミランダさんの手の温もりを感じる。 ボクはギュッと繋いだ手を握りしめる。
……そうだ! ミランダさんは!
振り返ると、そこにはミランダさんがいた。
いや。
ミランダさんの、手だけがいた。
「は……ハッ、ハ……ゲボォッ!」
こみ上げてきたものを思わずぶちまける。
静かになった空間に、ボトボトと胃の中のものを戻す音だけが響いて、そして止まる。
『ほおぅ、なるほど。 確かに魔法が効かないのだね。 錯乱した部下の戯言と思えば、なるほどこれは面白い』
見上げると、そこには赤い、血のような色をしたサーバントが煙を吐き出す砲口をこちらに向けていた。
こいつが……こいつが、村のみんなを!
憎悪がボクの心を支配する。
血で視界が真っ赤に染まり、赤く変わる世界にサーバントが溶け込んでいく。
『クハ、怖い、怖いなぁ。 そんな見るだけで人を殺せそうな目をキミのような少女にされると、死んでしまいそうだよ。
さて、どうやらキミが私の探し人のようだ。 多少私もスッキリしたことだし、大人しく着いてきてくれると嬉しいんだがねぇ?』
魔物が捕食しようとするかのように、赤いサーバントのコクピットハッチが開く。
そして、嫌らしい笑顔を浮かべた男が降りてきた。
ゆっくりとボクに近づくと、右手でボクの髪を掴み無理やり上を見させる。
「うん? エルフか? 召喚したのは人間のはずだが……まぁ、いい。 持って帰れば判るだろう」
と、その瞬間男はボクの髪から手をはなし飛びのく!
そして、先ほどまで男がいた空間に鉈が突き刺さる。
「こ、どもに手をかけようとする、とは……。 幼女は愛でるもの……触れてよいものでは、ござらんよ……?」
倒れた木の陰から、村長の息子さんが姿を現す。
だが……彼も全身に傷がないところがない。 特に、右目はもう……
「なぁに心配はいらんよ。 大事な探し物だからな。 最悪、四肢をもぐくらいな事で、それほど悪いようにはせんよ。
だが……貴様はいらんな!」
男は手をかざすと、無詠唱で魔法を発動する。 生まれた4本の氷の矢は村長の息子さんの四肢に突き刺さり、その場に固定してしまう。
「がぁっ!」
「やめておきたまえよ。 せっかく拾った命、動けばまた捨てることになるからねぇ。
……さて、まだゴミがいるようだ。 先に大掃除をしなければいけないねぇ、クハ、クハハハ」
男の視線を辿ると……カレンさんと、エステル、それにカテドラル卿が居た。
エステルは気絶しているようだけど、大きな怪我はなさそうだ。
「おやおや。 なんでこんな愚民の巣に貴方がいるのでしょうね、カテドラル子爵。
ここは曲りなりにも、王国の領土内ですよねぇ?」
「……貴様がそれを言うのか、シュタイクバウアー!」
「私は皇帝の命を受けてここにいるのですよ。 なにせ近衛なもんですからねぇ?
しかし、貴方は違う。 昔はともかく、今は没落伯の腰巾着でしょうに……
……っ! なるほどなるほど、これは面白い! 面白いなぁ、これは!」
男……シュタイクバウアーの視線が、カレンさんに向く。
「まさか、貴方が生きているとはねぇ。 なるほど、それでカテドラル子爵ですか。
とすると、そちらの子が……これはいい、壊れたサーバント分の失態を取り戻してなお、お釣りがきそうだねぇ!」
「やらせん!」
カテドラル卿が剣を抜き振りかぶる。
だがシュタイクバウアーは、やはり無詠唱で氷の矢を放ち、カテドラル卿を後ろへと吹き飛ばす。
「急所を避けたか。 これだから、騎士相手は嫌いでねぇ。
下手に抵抗しない、愚民どもを殺すのは楽しいんだがねぇ!
さ、次は貴方の番ですよ、カレン様。 昔のよしみです、楽に殺してあげましょうねぇ?」
再び氷の矢が現れ、そして……
「効かないよ!」
ボクは目の前に飛来した氷の矢を手で払うようにレジストする。
「元気な子供だ。 良いことだねぇ。 しかしねぇ、子供はもっと従順でないといけないなぁ?
私は騒がしい子供は嫌いでねぇ!」
今度は氷の矢が倍の本数で飛んでくる。
だがそれもレジストしていく。
辺りに砕け散った氷のかけらがキラキラと舞い飛び、落ちていく。
パァンッ!
甲高い音が聞こえ、ボクの身体がグラリと揺れた。
脇腹が熱い。
「ユーリ!」
舞っていた氷のかけらが視界を晴らした時、男の手には薄く煙を吐く小型の銃があった。
「……え?」
脇腹に触れた指の先から、ドクドクと血が流れ出るのがわかる。
景色が歪んだと思ったら、どうやら倒れてしまったらしい。
「これで静かになったねぇ? 流石に魔法そのものは効かなくても、魔法銃の実弾は効くようだねぇ?
さて、カレン様。 大人しくその子供たちを渡せば、見逃して差上げましょう。
我ながら優しいですねぇ? 一応ねぇ、過去に仕えさせて頂いた恩は忘れていないのですよ?」
「何が! あのような事をしておいて!」
「だからですよ! 裏切られ、犯され泣き叫ぶ貴方を踏み台にしたことでこの地位に手が届いた!
これを恩と言わず、なんというのでしょうねぇ!」
あぁ、ダメ、だ。
「ユーリも……エステルも、渡さない!」
愉悦に浸り、隙を見せたシュタイクバウアーにカレンさんがナイフを突き込む!
ダメだ、カレンさん……!
ナイフは心臓に向かい、そして……遮るように突き出されたシュタイクバウアーの手を切り裂いた!
そんなことをしたら……!
「っ!? この……貴様ぁっ!」
シュタイクバウアーは右手の魔法銃をカレンさんに向け、そして……
カレンさんが、崩れ落ちた。
「クソが……大人しく従えばいいものを1度ならず2度までも……
そんなに私と遊びたいんですかねぇ!」
口から涎をまき散らしながら、シュタイクバウアーは倒れたカレンさんに蹴りを入れる。
「いいでしょう! それなら、貴方も一緒にご招待しましょうかねぇ!
娘たちの前で犯してやれば、さぞ楽しいショーになるだろうしなぁ!」
そこまで……そこまで人の尊厳を踏みにじれるのか!
ボクは立ち上がろうとするも、痺れたように身体が動かない。
カテドラル卿も、他の誰も立ち上がる事すらできない。
ただ、シュタイクバウアーの下劣な振る舞いを見ている事しかできない。
そして、シュタイクバウアーがカレンさんに手を伸ばしたその時だった。
ヒュンッ!
鋭い風を切る音が走り、辺りに静寂が戻る。
カレンさんとシュタイクバウアーの間に人影が現れるとともに、
ドサッ! という音が響く。
落ちたのは……シュタイクバウアーの、左手だった。
次の瞬間、カレンさんとエステルを抱えた人影が、ボクの方に走り寄る。
それは、美しい少女だった。
「遅くなりまして申し訳ございません、マスター」
腰まで届く銀髪がサラサラと風になびき、赤い瞳がボクを見つめていた。