ジャイアンとキリング
「そろそろよぉん? みんな、準備はいいかしらぁん?」
ボクたちは村の西側、森につながる林の木の陰にいる。
ここから、森の中に逃げ込み分散してゲリラ戦に突入するという作戦だ。
計6機のサーバントは村を焼き尽くすには充分過ぎるほどの戦力ではあるが、対人という観点では逆にその高すぎる火力が仇となる。
全く手加減ができないのだから、今回のように特定人物の捕獲という目標に対してはどうしても隙が出来てしまうのだ。
こちらの方向で警戒をしているサーバントの1機に襲い掛かり、そちらに注意を引き付けているうちに非戦闘員をそのまま森を経由して近くの村まで避難させ、残った者は王都からの援軍がくるまで遅滞戦闘を行う。
といっても、サーバント相手に生身で勝ち目はないので、出来る事は逃げまくることくらいだけれども。
「デューク、やりなさぁい!」
「あんたから、ファースト・ネームで呼ばれる筋合いはない……」
何か使いどころを間違えているような台詞を吐きながら、狩人さんが火矢を放つ。
それは、300メートルも先の油を撒いた藁に突き刺さり、大きな炎をが燃え上がる!
「流石ねぇん。 これで王国軍が気付いてくれればいいのだけれど……」
「予定された軌道から予定された場所を予定された速度で狙撃するのだ……スコープは必要ない……」
そりゃ弓矢にスコープなんて必要ないでしょうよ……
とにかく、これで王国軍がこの村の異常に気付く可能性が出てきた。
だが、当然奴らも気付いたはず。
「ミランダ、私はこの子たちと行動する。 あのサーバントは任せるわ」
「おっけぇい! 今宵のミニィちゃんは血に飢えているわよぉん!」
……ミニィちゃんというのは、ミランダさんの持ってる巨大な斧のことらしい。
どうもこの緊迫した状況でふざけているようにしか見えないが、実際の所みんなの表情は硬い。
戦争映画の戦地でジョークを飛ばしている場面があるが、アレと同じようなものなんだろう。
ボクもエステルも、さっきからずっと足が震えているくらいなんだから。
木の陰から、ミランダさんを先頭に木こりさんたち男性陣が飛び出していく。
狩人さんは、先ほどの一射が終わるとともに木の上に上っていたようだ。
そして、カレンさんをはじめとした非戦闘員を含むグループは、サーバントが隙を見せるのをジッと待つことになる。
『な……貴様ら、どういうつもりだ!』
機械的なノイズを含む音声がサーバントから発せられる。
と同時に、背中から駆動音が聞こえ、アームの稼動とともに巨大な筒が肩の上に固定される。
サーバントがサーバント足りえる特徴の一つ、魔導兵装だ。
文字通り騎乗者の魔術を増幅・拡張・補助し戦術級、あるいは戦略級の攻撃へと導くことから、その名がつけられている。
サーバントの騎乗に魔法を使える事が前提とされるのは、このような兵装を使う為でもある。
魔導兵装の筒先に、赤い光が灯る。
一番使用者の多い、炎系の兵装だ。
だが、それはまだ発現の直前で留められている。
『大人しくしろ、でなければ撃つぞ!』
だがミランダさんたちは足をとめず、サーバントを取り囲むようにして移動を続ける。
相手を脅威と見なしていないがゆえの警告。
恐らくは捕縛すべきものを巻き込まない為の行動であったそれは、ミランダさんの想定どおりの行動であり……
ヒュッ!
光を纏った砲口を、火を伴った矢が貫いた!
その瞬間、なにも見えず、なにも聞こえないほどの光と轟音が辺りを包み込む。
遅れて、衝撃波がボクたちを襲う。
ボクはエステルが飛んでしまわないよう、後ろからギュッと抱きしめながらみんなに声をかける。
「みんな! 今がチャンス! 森へ逃げるよ!」
粉塵が治まる前に、カレンさんがボクたちの手を引いて動き始める。
「……おまえの仕事は、当分黙っている事だ……」
サーバントを見ながら矢の先にフッと息を吹きかけると、一仕事終えた狩人さんも後に続く。
狩人さんは、発動待機をしている魔導兵装に火矢を放ち、暴発を引き起こさせたのだ。
頭部近くで発生した爆発は、先ほどの台詞ではないがしばらくの間サーバントを沈黙させるはずだ。
爆発による粉塵が舞ったこの視界不良の中、視界と聴覚を奪われた状態では移動するボクたちに気付くことはできないだろう。
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突然の爆発。
その衝撃に、一瞬意識が飛んでしまっていたようだ。
頭からぬるりと血が流れて、目に入ってしまう。
慌てて袖で拭い去ると、モニターを確認するも、光を失ったモニターは何の反応も返してはこなかった。
「くっ……何が起きたというのだ! これでは、何も見えん!」
狭いコクピットの中は赤い警告ランプが激しく点滅しているにもかかわらず、なぜか警告音が全く聞こえてこない。
どうやら、一時的に鼓膜もやられてしまったようだ。
「ふざけるな……! 王国の愚民ごときが!」
ダンっ! とモニターに拳をぶつけるも、痛みを感じたのみで状況に何の変化もおきない。
そもそもがおかしいのだ。
選ばれた者である我々、そして機械兵に対し逆らうものがあってはならないのだ。
これまではそうだった。
少し脅しつけてやるだけで、醜い顔で媚びへつらい、地に頭をこすり付ける。
逃げようとした者は見せしめとして軽く機械の手で払ってやれば、そのまま壁にぶつかって赤い染みとなる。
父母の前で、少女を嬲り犯してやれば、絶望した表情で泣き叫ぶ。
それが正しい愚民共の姿だろうに!
怪我をさせられた分、徹底的にいたぶり殺してやる、などと考えながら、状況を把握するためわずかにコクピットハッチを開放する。
と、その隙間に何者かの手が差し込まれ、破砕音とともにこじ開けられた!
「な……な……なに、もの……?」
「アナタの死神よぉん? さぁ、天国に逝かせてあ・げ・る♪」
死に行く最後、ピンク色のエプロンを着た、スキンヘッドのマッチョがその目に映っていた……
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「もうすぐ森よ! みんながんばって!」
カレンさんの励ましを受けてボクたちは最後の力を振り絞って走る。
もうすぐ林を抜け、森に到達すると言う所で一瞬視界の端に光が見えた。
「っ! お母さん、止まって!」
繋いだ手を引っ張りながら倒れこみ、むりやりカレンさんの足を止める。
「ユーリ! 何が……!?」
その瞬間、少し先の木々が光に包まれ……
1秒にも満たない時間が過ぎた時、そこにあったはずの木々が姿を消していた。
「厄介な……光属性、光弾か!」
光属性の魔法、光弾。 その特性として発動から着弾までが恐ろしく早く、ほぼ先読みでしか避けられないというかなり卑怯な魔法である。
エタドラでは他の攻撃魔法にくらべ威力はかなり落ち、対ドラグーン戦ではその装甲を貫けない為殆ど使われない死に魔法だ。
だが対人に関して、魔導兵装で増幅されたそれは人ひとりを消し去るのに十分な威力を持っていた。
「みんな! 近くの木の陰に隠れて!」
カレンさんが指示を出す。
しかし……それは悪手だ。
(たしかにしばらくは当たらない、でもいずれ隠れている木ごとふっとばされてしまう!)
しかし、実際の所それしか手がないとも言える。
なにしろ、狙われていることに気付いた瞬間に、吹っ飛ばされているのだから。
自他共に認める反射神経を持つボクならあるいは……しかし、今の身体ではそれも難しい。
「お母さん、怖いよ……」
「大丈夫よ、エステル。 すぐにミランダちゃんが来てくれるから……」
震えるエステルを、カレンさんとボクで抱きしめる。
しかし、次第に近づく着弾音がさらに恐怖を煽り続ける。
先ほど1機が撃破されたことが知られたのだろうか。 距離を取り、青い機体は決して林へ足を踏み入れようとはしてこない。
しばらくして、ついにボクたちの隠れている付近への砲撃が始まった。
間髪入れずに光弾が木々を消し飛ばしていく。
そして……
(ダメだ! あと5発でここに着弾する!)
考えろ! 何が最善だ!
この際、全てを救えなくてもいい!
最低限、カレンさんとエステルだけを救えれば充分だ!
奴はこちらの位置が特定できていない。
だからこその絨毯爆撃だ。
それなら……
それなら! 特定させてやれば、いい!
「ユーリ!?」
ボクはカレンさんの腕を振り切って、砲撃が迫る逆の方向へ向かって、林を飛び出した。
「逃げろ!」
ボクだって、決して勝算を捨てたわけじゃない。
奴らが捜しているのはボクだ。
ならば、ボクに気づけば、砲撃を止めるかもしれない。
なぜなら、光弾が当たればボクなんて吹っ飛んでしまうからだ。
案の定、ボクに気づいたサーバントは砲撃を止め、ボクの方を向き直る。
そして、そのままボクの方に向かって一歩を踏み出す。
そうだ、このまま林の中までついてこい!
だが。
サーバントは、こちらに狙いをつけようとしただけだった。
砲口に光が集まり、そして……
ボクは、無慈悲な光に包まれた。