親方、空からサーバントが
その日、ボクとエステルは家の中の掃除を手伝っていた。
どうも朝から曇り空で、いつ雨が降ってきてもおかしくない天気だったため、家で大人しくしていることにしたのだ。
「お姉ちゃん、わたしもハタキやりたいー」
「ダーメ。 エステルがやると物落として壊しちゃうでしょ?」
パタパタとハタキで埃を落としていく。
といっても、ボクの身長では戸棚の一番上には届かないのだけど……
ちなみに、カレンさんは今トイレの掃除中である。
エステルとじゃれあいながら、掃除を続けていく。
と、遠くから馬が駆ける音が聞こえてきた。
「……あれ? うちの村、馬飼ってる人いたっけ?」
「いないよー、馬面な人は一人いるけど」
村長の息子のことである。
クスクスと笑っていると、うちの前で足音が止まった。 そして……
ドンドンッ!
壊れる程の勢いでドアが叩かれた!
エステルがビクッ! としていたので、カレンさんを呼ぶように伝えると代わりにボクがドアを開ける。
そこには、村では見た事のない立派な鎧を着た初老の男が立っていた。
「む……突然の訪問、失礼する。 こちらは、カレン様の邸宅で相違ないだろうか?」
渋い声が頭の上から聞こえてくる。
しかし……カレン様、だって?
見た感じ、この男が着ている鎧は細かい意匠が凝らしてあることからも、かなり地位の高い身分と推測する。
そのような男が、様付けで呼ぶとは……。
「んっ、ゴホン! 済まぬ、急いでおるのだ。 突然の事で警戒するのは最もではあるが、カレン様に取り次ぎ願えないだろうか?」
思ったより長い間カレンさんの事について考えていたようだ。
慌ててカレンさんを呼びに行こうとすると……
「カテドラル卿……!」
呆然とした表情で、カレンさんはそこに立っていた。
「……突然の訪問、申し訳ございません」
男がカレンさんに頭を下げる。
どうやら、カレンさんの知り合いで間違いないようだ。
「……頭をお上げ下さい、カテドラル卿。 今の私は……ただの、この子たちの母です」
カレンさんはボクとエステルを抱き寄せながら、困惑した表情を浮かべていた。
どうやら、カレンさんはただの村人ではなかったようだ。
言われてみると思い当たる事が多い。
カレンさんは、村の外の事に詳しすぎたからだ。
普通、この村で生まれた者であれば村から出ることはない。
村の外の事なんて、それこそ知る方法すらないのだから。
「この子たちが……しかし、二人? ……な、エルフですと!」
ボクの耳に気付いていなかったようだ。 そういえば、と埃をはたくため頭巾を被っていたのを思い出す。
やはりエルフは珍しいのだろう。
頭巾を取ると、カテドラル卿と呼ばれた男はボクの耳をまじまじと見詰めた。
と、視線がエステルに向く。
「……それでは、こちらのお子が 「カテドラル卿っ!」」
話をさえぎるように、カレンさんは声を張り上げた。
「お止め下さい。 ……ユーリもエステルも、二人とも可愛い私の子です」
「……失礼した。 そう、だな。 済まぬな、ユーリ殿、エステル殿」
僅かに頬を緩めて男はボクたちへ謝罪した。
ボクはフルフルと首を振り、謝罪が不要である意を伝える。
そして、ボクたちがカレンさんの顔を見上げると、カレンさんはこちらへ微笑んで目を閉じる。
そして、再び目を開けると意を決したように男へ向き合う。
ギュッとエステルを抱き寄せながら、カレンさんは口を開いた。
「カテドラル卿。 まさかとは思いますが、この子を……?」
「いや、そうではありませぬ。 しかし……」
とここで、男はこちらに目を向けた。
……つまり、子供には聞かせたくない話という事だろうか。
「お母さん。 ボクたち、ミランダさんのところへ行ってくるね?」
「……そう、ね。 後で迎えに行くわ。 ……ごめんね」
コクリと頷くと、ボクはエステルの手を引いて家を出た。
空は先ほどまでよりも暗さを増し、今にも振りそうな天気に変わってきている。
ボクはそれを、不吉なものの訪れであるように感じていた。
「あらぁん! 二人ともどうしたのぉん? こぉんな天気の悪いのに! 雨降ったら帰りびしょ濡れになっちゃうわよぉん!」
相変わらずのキモさである。
しかし、そんなミランダさんの姿に少しホッとしたのも事実だ。
エステルを見るとやはりカレンさんの様子が普段と違った事を敏感に感じているのだろう。
不安そうな表情を浮かべている。
妹の心配を除いてやるのが姉の勤め! ボクはエステルをだきしめ
「やんやん! エステルちゃん、どうしたのよぉ! ほぉら、わたしの胸に飛び込んでお・い・で♪」
だきしめ……
エステルは、あの分厚い胸に飛び込んでいった。
「えっ、えっ!? ど、どうしたの、何があったのよぉ!」
流石にミランダさんも想定外だったらしく、自分で言っておきながらアタフタとしている。
ボクは少しショックを受けながら、珍しく動揺しているミランダさんを好機と捉え、質問を投げてみた。
「ミランダさん、えっと、カテドラル卿? って人、ご存知ですか?」
「……ユーリちゃん、その名前、どこで聞いたのかしら?」
……当たり、か。
ミランダさんの様子が変わったことから、ボクの推測は確信に変わる。
やはり、ミランダさんもあの男の事を知っている。
それに、どうやら二人とも彼の事をあまり歓迎はしていないようだ。
「さっき、突然うちにいらっしゃいました。 お母さんの様子がおかしかったので、エステルとこっちに来たんです」
「そう……あの人はね、わたしとカレンちゃんの昔の知り合いなの。
でも、二度と会うことはないと思っていたのだけれどね……」
「あの人、ずいぶん立派な鎧を着ていました。 多分、かなり身分の高い方なんでしょう。
そのカテドラル卿が、お母さんにへりくだってました。
……ミランダさん、お母さんってもしかして」
「ユーリちゃん? カレンちゃんはね……あなたたちのお母さんよ。 そうでしょ?」
ね? とミランダさんがエステルにウィンクをすると、エステルはコクンと頷いた。
……その通りだ。 カレンさんの過去なんて関係ない。 カレンさんは、エステルとボクのお母さんだ。
それに、もしボクの想像した通りだったとして、何が変わるというのだ。
「……ミランダさん、ありがとう」
「ふふっ、どういたしましてぇん♪ お礼は、ユーリちゃんのあつぅいベーゼで結構よぉん?」
「ロン毛になってから出直して来いハゲ」
照れ隠しでぶっきらぼうに貶してやる。
全く、この人は本当に底知れないな……
ワシャワシャとエステルの頭を撫でると、ニッコリと(怖い)笑顔を浮かべながら彼は立ち上がった。
「さぁて、それじゃ二人に美味しいお茶でもご馳走するわねぇん♪ 少し待って……」
と、ミランダさんが奥に行こうとしたとき、その声が飛び込んできた。
「サ、サーバントだ! 帝国のサーバントが攻めてきたぞーーーー!」