プロローグ1
「ロックオン警報、攻撃がきます」
感情を含まないオペレータの音声とともに、左の視界の端に赤いエマージェンシーアイコンが点滅する。
右の視界の端には、残り数%まで減ったゲージがこちらも赤く点滅し続けている。
「やばっ! この状況だと……やっぱり切り札を切ってきたか!」
遠くが一瞬白く光ったと思った瞬間、視界を埋め尽くすように、7つに分かれた光の束が襲い掛かる。
7色に彩られたその光は美しく、まるで虹のように青い空を染め上げている。
こんな状況でなければずっと見ていたいのだけれど……
美しいその光は、それぞれが凶悪な破壊力を秘めていることをボクは知っている。
7つの光はそれぞれ不規則なラインを描きながら、帯のような軌跡を残して
格子のようにボクを取り囲もうと近づいてきた。
若干の誘導性能も持ち合わせたそれは、何もしなければボクを貫いて僅かに残ったゲージの残り全てを奪い去ってしまうだろう。
これを回避するには……閉じ込められてしまう前に、その包囲を抜けるしかない!
「くぅっ……!」
素早く左手の指を動かし、コンマ数秒の感覚で小刻みにレバーを動かしながら光の隙間を縫うようにすり抜けていく。
と同時に、右手の指はダダダダッ! と絶え間なくキーの上を乱舞し、尋常でない速度でシールドの展開や装備の変更、インフォメーションの切り替えを繰り返す。
実際には数秒にも満たない時間なのに、何分にも感じる緊張の時が過ぎる。
そして……急速に流れる視界に一瞬クラッとしながらなんとか7色の格子を抜けたボクは、ついにその視界に黒い影を捉えた!
「っ……! 見えたっ!」
急速に近づくその影は、どこか生物的な黒い装甲に身を包んでいる。
しかし、その鎧のところどころはひび割れ剥がれ落ちていた。
そして、ボクが近づいても身動きひとつしない。
……いや、身動き出来ないのだ。
トドメの一撃のつもりで普通なら避けられない大技を放ったはいいものの、それを避けられたがゆえの硬直。
ほんの数秒間動けない、ただそれだけの事だけれど……ボクにとってそれだけの時間があれば!
「もらった!」
黒い影が視界いっぱいに迫ったと同時に、右手でキーを叩きビームソードを選択、そのまま左手のレバーを押し込む!
その動きと連動し、機体は右手に構えたビームソードを逆袈裟に思いっきり振り抜いた!
唸るような音が聞こえた後、ボクの横に影が流れていく。
そして、目の前に雲ひとつない、青空が広がった。
遅れて、後ろの方から聞こえる爆発音。
と同時に、少し甲高い大きな声が、耳に飛び込んでくる。
「決まったぁーーー! ユーリ選手、ギリギリの闘いを制して、見事逆転勝ちだぁーーー! エタドラグランプリ、優勝はユーリ選手! ここに日本最強のドラグーンが誕生したぁーーー!」
割れんばかりの歓声が響く!
周り中からの拍手と喝采で、オペレータの報告も聞こえなくなってしまった。
視界がブラックアウトし、それに併せて上からブースの中に光が差し込んでくる。
ブースの天井が開くと、目の前には巨大なモニターに移るボクの姿。
そして、周りにはスタンディングオベーションで迎える数え切れないほどの観客の人たち。
その皆が、ボクの勝利を称えてくれていた。
汗だくの手の平を見つめていると、次第に胸の奥がドキドキとしてくる。
ひたすら冷静だった戦闘が終わった今になって、ようやく興奮が湧き上がってきたようだ。
つい溢れて出来そうになる笑顔をこらえながらギュッと手を握ると、ボクは手を振り上げて叫んだ!
「……勝ったどーーーーー!」
この日、ボクはVRMMOエタドラの、初めての大会優勝者になった。
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今年の夏は暑い。
例年に比べても温度が高く、ニュースではこの異常気象は何かの大災害の前触れではないか、などと一部で騒ぎ立てているようだ。
とはいえ、今ボクは穏やかな日差しの中、少し草の匂いのする爽やかな風に吹かれながら丘の上の草原で寝っ転がっていた。
季節は春、といっても四季は存在せず、たまたま今いるエリアが春に似た気候に設定されているだけなんだけど。
その丘の上から、見渡す限り緑が広がる景色を眺めるのがボクのお気に入りだ。
そして……広がる青空に、ドラグーン、いわゆるロボットが悠々とその翼を広げ飛んでいくのを見るのがこのボク、早乙女悠裡の大のお気に入りだ。
エタドラというゲームがある。
正式名称は「悠久のドラグーン」、英題の「Eternity Dragoon」を略して一般的にはエタドラ、と呼ばれている。
いわゆるVRMMOで、PVPにも力を入れている今一番人気のVRゲームだ。
むしろ、このゲームのおかげでVR人口が増えたとすら言われている。
剣と魔法の世界で、いわゆるモンスターや、討伐クエストやそれを管理するギルドなどよくあるファンタジーの要素はほぼ網羅されている。
ただ、このエタドラには他のVRにはない大きな特徴がある。
それがドラグーンだ。
ドラグーンとは、先ほど空を飛んでいたロボットであり、つい先日行われた大会でボクが操作していたものでもある。
このゲームでは、VRで操作するアバターをパイロットとして、ロボットを操作し巨大なモンスターを討伐したり、ロボット同士でのPVPを楽しむことが出来るというのが、大きなウリだった。
VRの視界一杯にひろがるコクピット内部のモニター、そこにリアルタイムで浮かぶタクティクスインフォメーション。
左を向けば同じ戦場の仲間がモニターに浮かび会話ができ、また要所でアバターごとに用意されたAIであるオペレータが報告を伝え、時には励ましてくれる。
レバーを握って操作すればドラグーンもそれに応えて動作をするし、軽減されているものの加速とともに感じるGだってここぞとばかりにらしさを表現してくる。
それは商業的には大当たりで、自分自身がロボットを操作するという感覚が子供から昔子供だった人たちまで数多くの人の心を掴み、VR人口の8割はプレイしたことがある、と言わしめるエタドラブームを巻き起こした。
勿論アバター同士のPVPもあるし、アバターも極めれば本来ならドラグーンで対抗する巨大モンスターやドラグーンそのものと生身で対決することだってできてしまう。
残念ながらボクはドラグーンの方に注力しているのでアバターは貧弱なんだけど……
生産職だって負けていない。
アバターの装備からドラグーンの兵器、家から子供のオモチャまで殆どのオブジェクトを制作することができてしまう。
当然、こちらも極めればドロップ品では存在しないような性能の装備をクリエイトできるようになる、らしい。
イベントも豊富で、月に一回は国同士の大規模PVPも開催され、まるでシミュレーションゲームのような戦略レベルの駆け引きだって楽しめてしまう。
RPG、アクション、シューティング、FPS、シミュレーション……
これでもかというくらいジャンルをぶち込んでごちゃまぜにして、それをうまく消化したこれまでにないゲーム、それがエタドラだ。
そして、このボク、ユーリこと早乙女悠裡は、リリース後初めて実施された公式の対ドラグーンPVP大会、エタドラグランプリで初の優勝を手にしたことで一躍有名人となってしまい、街中を避けてフィールドへ逃げ出してきたってわけだ。
「マスター」
ピッ、と電子音が鳴ったのちに感情を含まない声がした。
音の発生源は胸ポケットにしまってあるタブレットだ。
このタブレットはドラグーンのユーザであるドラグナーとなった際に最初に配布されるもので、ドラグーンの呼び出しや騎乗していないときにAIであるオペレータとのインターフェースとして用いられるものである。
つまり、この声はボクのドラグーンのオペレータ、「アリス」からの呼びかけということになる。
これもエタドラのウリの一つと言われている、音声での自立AIとのコミュニケーション。
AIは自分ごのみの性格や外見を設定でき、細かい所では口調から経歴までそこまでするか!?というくらいカスタムが出来るようになっている。
まさに貴方色に染めて、といった感じであり、オペレーターによるミスコンみたいなものも開催される予定だったりする。
で、このオペレーター、画面上でのやり取りだけでなく、アバターとなる素体を用意することでいわゆるペットシステムのようにNPCとしてPTを組む事もできる。
しかも、ウリである自立AIが自分で判断して行動し、また学習して成長していくため、まるで自我を持っているかのように振る舞うのである。
そのため、特にフレンドのいないいわゆるボッチな人たちもパートナーと日常会話や一緒になっての狩りなども楽しめるようになっており、エタドラが他のゲームよりソロ人口が多い傾向にあるのはこのあたりが原因じゃないかなぁ、と思っていたりする。
(といっても、エッチぃことなんかはできないけどね!)
「アリス、何かあった?」
タブレットを取り出しディスプレイ上のアイコンをタップすると、ブゥン……という低い音とともに目の前に少女の姿が現れる。
年の頃は10台後半から20台前半、腰まで届く銀髪がサラサラと風になびき、赤い瞳がボクを見つめている。
肌は透き通るように白く、細身ながらも胸部には二つの丘がこれでもかと存在感をアピールし洋服の布地を張り詰めさせていた。
これがボクのオペレータである、アリスだ。
ちなみに、今年高校3年となるボクより少し年上に設定してあるのは、子供のころ好きだった隣のお姉さんをイメージしたからで……ってそんなことはどうでもいい。
アリスは無表情のまま手にした手帳に目を落とすと、
「乱華様よりメッセージが届きました」
と言いながら指を横に動かし、ウィンドウを表示する。
……無意識に視線がウィンドウから外れるとともに、涼しかった気温がさらに何度か下がったような気がした。
ちなみに乱華というのは、ボクの所属するドラグーンPVPをメインとしたギルドである、
「しゅーてぃんぐすたーミ☆」のギルドマスターだ。
非常に可愛らしい感じの語感を与えるギルド名だけど、ギルドマスターの彼女はそれに相反するように悪辣な作戦で敵味方を混乱の渦に巻き込むことで有名であり、「堕星」「災厄の魔女」「でぃざすたーミ☆」などと物騒な二つ名で呼ばれる事が多い。
どちらかというと頭脳労働担当であるため、前回の大会には参加せず副マスであるボクを優勝させるために試行錯誤の限りを尽くしてくれたので、多少なりとも恩を感じている……ような気がする。
怨だったら感じているけどな!
というのも、大会向けのアセンブリに必要なパーツを揃えるため2日間寝ずにレイドボスのポップを監視させられたり、パーツを組み込んだと思ったら今度はパーツの組み合わせが美しくないとかで染色素材を高難易度ダンジョンの奥にソロで取りに行かせられたり……
彼女の立てた作戦とアセンブリは的確で、確かにそのおかげで優勝できたといっても過言ではないのだけれど、大会が始まるまではむしろ大会出なくていいからお前をPVPで殺らせろ、という感じだったのは内緒である。
ちなみに、彼女の悪辣な作戦を実践しているがためボク自身もそれなりに(悪い方向で)有名になっており、一部では「血吸い桜」という二つ名で呼ばれることがある。
多分、今回の大会で有名になっちゃったから、さらに広まるんだろうな……
「マスター、お読みにならないのですか?」
おっと、読みたくないばかりについつい現実逃避してしまった。
そんな乱華からのメッセージなので、正直不安しか感じない。
「……捨てちゃダメ?」
「否。 そのようにお考えになると予測されていたのでしょう。
メッセージのタイトルが『捨てるな危険』となっております」
なんの危険があるんだか……
ボクは気を取り直し、覚悟を決めてウィンドウに目を向けたのだった。