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琥珀_石祠編_  作者: 蔦川 岬
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−3


 女性陣の片付けが終り、それぞれが退散するまでには日はとっぷりと暮れていた。

 五十嵐いがらし夫妻の勧めで路旗みちはた達は離れの車庫の二階に床を用意してもらい、風呂も夕食も提供してもらった。座敷に布団を丁寧に敷いてもらっていたのだが、一泊ばかりでなく祠の調査期間、五十嵐宅を寝どころにしてくれという夫妻の申し出を丁寧に断った結果が、この離れを借りるという事でようやく妥協を得たのだ。

 車庫の二階といえど、以前は誰かが実際住居にしていたと思わせるほど立派な一部屋だ。今は農作業の休憩室などに使われることはあるのだが、そう考えても建築当初は住居の一部だっただろう造りだった。

 テーブルや食器棚といった僅かな家具などは、本宅にも劣らないしっかりした造りの物ばかりで、路旗達の布団が敷いてあるところは、絨毯が敷かれているフローリングより一段高くなった八畳ほどの畳間だった。

 たまに五十嵐の飲み仲間が、賑やかに酔いつぶれて泊まって行くという話だけあって、下手な民宿より掃除も行き届いていた。


 琥珀こはくが母屋から湯上がり湯気を上げて離れに戻ると、路旗は躊躇いもなく豪奢なテーブルを畳部屋の壁側に押しやって、背中をこちらに向けていた。そこに置いたパソコンに電源を入れて調査書の準備をしていたのだろう。

「五十嵐宅には一人娘の箱入りお嬢様がいるそうだ」

 部屋に入った途端、唐突に言われた言葉に面食らって琥珀は固まった。

「十五歳だそうだ」

 入り口で固まったままの琥珀に目もくれず、路旗はパソコンの画面を見ながらマウスをスクロールしている。

「血液型はB型。十月生まれの天秤座。好きなタイプは尊敬できる年上の人。彼氏の有無、なし。将来の夢は今時にして珍しいぞ、良妻賢母だそうだ」

 淡々と言い終えて、路旗は座ったまま背伸びをした。反応を伺っているようでもない淡白な顔を琥珀に向ける。

「なに情報ですか、それ」

 訝しげに顔を顰めている琥珀を手招いて、パソコンの画面を琥珀に見るよう促す。

「フェイスブック」

「フェイスブック……?」

 区長達に酌を注いで回っていた時に、五十嵐会長には一人娘の〔莉子〕がいるという話を聞いたのだ。現にこの部屋のテレビボードの上には、今の彼女よりは幾分若い、小学生くらいの少女がVサインをして笑っている小さな写真が置かれていた。丁寧なもので、写真立ての裏には『莉子 8歳』と記されている。溺愛ぶりは相当なもののようで、食卓のあるダイニングにも家族写真が置かれていたのを思い出した。

「実に便利で愉快で快適で危険な世の中になったものだ」

 自分の時代はポケベルを持っているか持っていないかという世代だったのに、と嘆き加減で路旗は腰をあげると、着替えを詰めたバックを片手に部屋を出て行った。

 五十嵐莉子いがらしりこ十五歳。

 琥珀はパソコンの画面をまじまじと見つめた。そこには少女の顔写真ではなく、黒猫の写真が乗っている。『始めてみました』の文章が数ヶ月前に書かれたきり、更新はない。

「同姓同名なんじゃねぇのかよ」

 路旗のからかいなのだと思うと、何故か肩の力が抜けた気がして、琥珀はそのまま布団に倒れ込んだ。ふわりとひだまりの香りがして、よく乾かされた布団の暖かみに薄ら眠気さえ覚える。

「どんだけお嬢様だか知らないけど、挨拶くらいするのが普通だろー」

 じっと自分を見つめていた視線を思い出して、今更に眉を寄せる。よくよく顔を見た気はしなかったが、それほどお嬢様という顔つきではなかったような気がする。そもそもお嬢様の顔つきという定義が何なのかは、もっぱら琥珀の個人的な好みの問題なのだが。

 少女のさらりと伸びた黒い髪だけはハッキリと覚えている。黒く長い髪というのは、琥珀の勝手な想像上で、美人という定義に近づく重要な妄想素材だった。

 静かに目を閉じた瞼の残像に、自分を見つめる少女の形がゆっくりと祠の形になっていった。

(ああそうだ、祠の記憶を探らなければ)

 何のためにここに来たのかを釈然と思い出す。

(出来るだろうか)

 常にその不安は琥珀の意識の陰にあった。ほんの手助けの感覚で路旗の依頼を受けていたのだったが、依頼人の家に泊まり込んでまで物の記憶を読むなどというのは初めての事だ。それまでは小さな遺物だとかそういう類いの小物で、路旗の務めている社務所で読む程度だったのだ。

「動かしていいのかわからないものを、ここまで運んでくることは出来ないだろう」

 この話をしてきたときの路旗の顔は、いつものように迷いなく澄んでいた。

「少しでも見えるか見えないか、それは現地に行って確かめてみればいい。どうしても駄目だったら駄目でいいんだ」

 その言葉に背中を押されて、琥珀はここに来た。

(正直、あの祠の持つ記憶はあまりにも薄かった)

 それでも出来るだろうと琥珀は思ったのだ。

 

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