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琥珀_石祠編_  作者: 蔦川 岬
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椿色の恋2


 少年の言葉をこの耳に聴いたかのようなこびり付きを感じて、琥珀こはくは静かに目を開けた。

 同時に少女が馬と出逢った時の、あの例えようもない喜びが琥珀の胸にしっかり刻まれている。

 まるで自分が少女の中に取込まれでもしたかのように、少女の内々の感情がそのまま伝わって来たのだ。

「あの方と、逢えた」

 上擦った音を伴った言葉が、琥珀の喉を突いて出た。

「どの方だい」

 路旗みちはたの声を境目に、琥珀の周りの景色に突風が吹く。それも一瞬のことで、瞬きをひとつした後は静かな杜の中の風景が何事もなかったように、目の前には湿り気を帯びて黒々とくすんで見える祠が変わりなくそこにあった。

 どれくらい時間を要したのだろうか。木々の間から差し込んだ僅かな光が、枯れ始めた草に煌めきを乗せていた。靄は既になくなり、肌寒くも爽やかな朝の風景だ。

 しばらく琥珀は無言のまま、息苦しいまでの喜びを自分の中に収めきれずに持て余していた。誰の物でもない、祠が持っていた記憶にある少女の感情だ。

「亡くなった少年の、生まれ変わりと逢いました」

 途切れ途切れに琥珀は伝えた。今も琥珀の見聞きした少女の高ぶった感情が、全身を支配して小さく奮えている。その感情が生々しい程にリアリティで、当の琥珀は自分が誰なのか判らなくなりそうだった。

「おさきさんという少女は、亡くなった馬湧村の長男の生まれ変わりと出逢ったんです」

 自分を抱きしめるように両腕を身体に回し、琥珀は荒ぶる息を懸命に押さえながら小さく告げた。ダウンコートの感触と手の甲に感じる大気の冷たさが、現在に居るという仄かな安堵に感じる。

「……彼は栗毛の額に、白い椿の花の模様の馬になってお咲さんと再会したんです」

 路旗を振り返って琥珀は続けた。

 見て来た事をそのまま伝え、あまりのリアルさに思い出しただけでも鳥肌が立つ。

「何年後の時間差なんだい、それは」

「ほんの数ヶ月です。少年が亡くなってから梅雨が明けて間もなくです。一年経っていません」

「随分早い生まれ変わりだね。俺が知っている宗教論の輪廻転生以外にも他論があるのかな」

 温度違いにも首を傾げた路旗にヤキモキした琥珀は、否応無しに片手で顔を押さえて足早に路旗の前をすり抜けた。

「とにかく喉が渇きました。車に戻っていいですかーー俺、今にも彼女に感情が持って行かれそうなんです」

「構わないよ、急ごう」

 その場から逃げるように、琥珀は車のある駐車帯まで引き返した。祠のある場所から少しでも遠ざかると、幾らか現実へ戻って来ているような気がしたからだ。

 茶色や黄土色の木立から抜け出た瞬間、見えたアスファルトの色が目に入った。

「ああ」

 どっと脱力感が襲ってくる。

 路旗の車のグレーや、ポールの赤と白。追い越し禁止の黄色い中央線。そして何台か通り過ぎた車の色。

 現在の色だ。

「大丈夫かい、ここに横になって」

 ステーションワゴンのボンネットに寄りかかった琥珀を、路旗は後ろから抱きかかえるように助手席に導いた。シートを倒して車内の天井を眺める形になって、ようやく琥珀は心を落ち着かせることができた。

「路旗さん」

「どうした?」

「路旗さん」

 琥珀は静かに路旗の手を握った。

「これは路旗さんですよね、俺は俺ですよね」

 呻くように呟く。

「そうだよ。これは路旗サンの手で、この手を掴んでいる君は磐田琥珀くんだよ」

 いつもの飄々とした答えが聞こえてきて、琥珀は追い払うように手を振りほどき安堵した。

(現実に戻って来た)



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