君の見る現実は私の見る夢物語
高嶋未帆は、仕事が終わり、家に帰って一段落してから、眠りについた。はずだった。
目が覚めるような感覚に陥ると、いつの間にか知らない場所いた。
これは夢だ。そう思えるほどに、辺りは真っ暗で、足元には何の感覚もない。しかし立ったり歩いたりすることは可能。ということで、これは夢だ。そう断定した。
しかし謎なことが一つある。何故、夢を見ているのに意思があるのか、ということだった。
まぁ、そんなこともあるだろう、と未帆は片付けた。
意思のある夢など初めてな未帆は、興味津々で歩き進めた。
最初に湧き出た興奮は、上司が怒られているときのようにあったが、今は何もなく、ただ途方にくれて歩いていた。
すると、見計らったようにポツン、とした灯りが目に入る。
夢の中だが、何故か足が疲れ切っていた未帆には、とても嬉しかった。
ファミレス、カフェ、住宅。そんなところがある光だと期待し、願い、歩いた。
希望の光と信じて、ずっと、歩みを進める。
そして、光源までたどり着く。
やけに小さいが、店のようだ。看板に書いてある店名を見る。
【悪夢レストラン】
悪夢?まさにこの夢のことではないか?この夢は私に苦痛を与えるだけな気がするので恐らくそうだ。
未帆はそう考えた。
この店に入ることは自分が逆に苦しむ気がする。安息などどこにもなく、ただ自分にとっての苦痛が、身体を蝕んでいくような、そんな気が。
いや、そんなことはない。未帆はそう自分に言い聞かせた。
そうして未帆は、入るのを躊躇う前に、店の中に入る。が、店員がいない。
あるのは机と椅子が一つずつ。そしてカウンターが無意味に置いてあるだけだった。
机と椅子がワンセットになっており、カウンターの周りに椅子はない。おまけに酒すらも。
そんな風に店内を見ていると、声をかけられる。
「いかがなさいましたか?お客様」
いつの間にいたのか、羊の面を被った、体格が女性っぽく、声は無機質な機会音という、恐らく生物が立っている。
未帆は話しかけようとするも、謎の羊面が話してしまう。
「メニューをどうぞ。」
そういって、丁寧に差し出してくる。
そして、メニューに目を通そうとするが、白紙である。いや、右下に小さく一文だけ書いてある。
『あなたには、不思議なメリーさんの話をお話いたしましょう』と。
よく意味が分からなかったため、質問しよう羊面のほうを見た。
未帆は驚き、悲鳴を上げそうになった。
それはメニューを渡す前と打って変わって、口角の上がり具合が半月になるくらいまで上がって、目も細まっていて、とても不気味だった。
まるで、言葉すら上げさせぬかのようだった。事実、未帆は声が上がらなかった。
そんな未帆に構わず、羊面は「それでは、ごゆっくり」と言って、未帆の後頭部を持ちながら、額を叩く。
何を?と思った。刹那、映像が脳内に流れ込む。
まるで、記憶が呼び起こされるみたいに。
* * *
『僕は今、屋敷の前にいる。屋根は紅く、まるで血の色のようだ。
庭には芝生があるだけで、他には何もない。そんな殺風景な屋敷の前にいる理由は分からない。
ただ、誰かに呼ばれた気がするのだ。
不審に思いながら屋敷を眺めていると、自分の意思とは関係なく、足が動いてしまう。
だが、以前からそれを行っているかのように、足は抵抗の色を見せなかった。
屋敷の中に入ると、冷たく、暖かい、とても気持ち悪い空気が迎え入れる。
綺麗に整理された家具、屋根の色と同じカーペット、そして無数にありそうなほどの扉の数々。埃ひとつない床は、先程まで誰かが掃除していたかのように綺麗だった。
特に気になるものもなかったため、入って一直線にある扉を開けてみる。
一歩足を踏み入れると、肉の腐ったような臭いと、鉄の臭いが鼻を襲う。
あまりの強烈な臭いに耐えきれず、部屋から出ようとする。が、いつのまに閉まっていたのか、施錠もなされていた。
部屋の中を見渡すが、窓もなく、換気扇もない。
なんとか脱出できないものかと頭を抱えていると、電話がなる。どうやら自分の携帯電話のようだ。
電話なんて滅多にしないので、不審そうに思いながら電話に出る。
「もしもし…?」
「私、***さん。い*、家の*えにい**」
「え?」
ところどころ聞き取れなかったところがあるため聞き返してみるも、電話は一方的に切られていた。
そして再び、電話が鳴る。
「私、メ**さ*。今、へ**前にいるの」
そう言うと、また切られてしまう。
ん?今『へ』って言ったか?『前』、とも・・・。
次の電話を待つも、なかなかかかってこない。
自分の仮定としては、これはメリーさんからの電話。電話がかかってきて、最後に電話で後ろにいる、と言われ、振り向いたら死ぬ、という話だ。
その仮定が間違っていなければ、もう最後の電話がかかってきている筈である。
都市伝説の話だ。そんなことが現実でありえるわけがない。そう諦めて、彼は振り向いてしまいました。
すると、目の前には無数の人形が彼に向かって、紅く目を光らせていた。
そして人形が一斉に話し出す。
『ねぇ、私たち、ずっと貴方の後ろで、私メリーさん。今、貴方の後ろにいるのって、言ってたんだよ』
話終わると、間髪入れずに人形達が鋭利な刃物で襲いかかる。
即死だ。彼は親不孝だったことを心の中で詫び、この世を去った。
STNニュース速報です。
今朝3時、****県各地に、行方不明となったと思われる少年の身体の一部が260等分されて見つかったそうです。
今まで似たような犯行の手口が続いており、彼が丁度、260人目の被害者ということです。
警察は、この犯行は不可能だ、と言っており、捜査は断念されました。
以上、ニュース速報でした。
* * *
「お客様、楽しんでいただけましたでしょうか?因みに、このメリーさんの話はここでしか聞くことが出来ません。お客様はラッキーですね」
未帆は羊面を睨みつけていた。何がしたいんだ、そういった意を込めて。
「これで、私の仕事は終わりでございます。もうお客様に会うことはなく、安全に、元の世界へ戻ることができますよ」
羊面は穏やかな口調で言った。
「あ、一つ忘れていることがありました」
羊面は最後の仕事を忘れていたようだ。早く元の世界へ戻りたい未帆としては、最後のミスは非常に鬱陶しいものだった。
「次に私の仕事をするのは、このような顔の人かもしれませんね」
羊面は、面を外す。
未帆は正気を失うところだった。
その顔を、忘れることもできなかった。
* * *
私、高嶋未帆は、あの夢を見た後、全ての歯車が狂った。
仕事を切られ、家族、彼氏が突然死。そして未帆自身も、交通事故で死んでしまった。
死ぬ間際、あいつの顔が頭に過ぎった。
あの顔は確かに自分の顔。面を外した後の声も、自分のものだった。
未帆が死んだ後、あいつと同じ運命を辿るのかと、死んだ後自分がなされる処分について考え込んでしまった。
そして、未帆は息を引き取った。
▽ ▽ ▽
私は、羊面となっている。これから自分が客に何をするか、話の読み込ませ方、そればかりが頭に浮かぶ。
自分の運命は決まっていたのだと、もう散々悩んで知ったから。
おっ、客が入ってきた。その様子をカウンターから覗き見てみることにする。こいつが次の犠牲者…いや、面を被る′′モノ′′か。
人を人として見れなくなった彼女…もとい′′狐面′′は、誰も来なかったこの店に、新しく誰かが来たことを、幸福、というより、恍惚としていた。
そろそろ見ているのも飽きた。さぁ、′′お客様′′に店を案内しなければ。
そういって狐面は、新しい客の前に来た。
そして客に、最後から数えて数回になるであろう言葉を放つ。
「いかがなさいましたか?お客様」
とね。
次にこの夢を見るのは、この作品を読んでしまったあなた自身かもしれませんね