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秘密の図鑑

作者: 鵤牙之郷

読む度に思うのですが、ナイトミュージアムっぽいです。

 学校の帰り。

 俺は康平に、家に来ないかと誘われた。別に予定は入っていなかったので行くことにした。

 友人の家に行くのなんて何年ぶりだろう。どうせ学校で会うんだから、わざわざ家に行かなくても、そして呼ばなくても良いだろう。それが俺の考えだった。

「なぁ、どこまで歩くんだよ?」

「もうちょい、もうちょい」

 9月になったが、まだ外は蒸し暑かった。出来ればすぐに涼しい所に入りたいのだが、何でも康平の家は山の麓にあるらしいのだ。そこまでは駅を出てからずっと上り坂を登らなければならない。

 あまりに暑いのでイライラしていた。康平がこの坂を見せて「コクリコ坂」と言ったときは思わず叩いてしまった。

 坂を上り始めて10分。遠くの方に、木造の如何にも古そうな屋敷が現れた。あれがコイツの家なのか? 思ったより大きいではないか。初めは疑っていたが、門の隣につけられた石の表札に【園田】と書かれていたのを見て、本当にコイツの家なんだなと実感した。

「ようこそ、爺ちゃんの家へ!」

「は? 爺ちゃん? お前の家じゃねぇのかよ!」

「ええ? 言ったじゃん、爺ちゃんの家に案内するって」

「聞いてねぇよ」

 俺が聞き忘れていたのではない。コイツは本当に、肝心なところを飛ばして俺に伝えたのだ。こういうことは前々からあった。

 とはいえ断る必要も無いので、康平のあとを歩き、彼の祖父の家に入った。中には庭があり、大きな松が植えられていた。屋敷には縁側があり、爺さんはそこで爪を切っていた。髪は禿げ上がり、反対に白いひげが腰当たりまで伸びていた。腰が痛いのか、1回爪を切っては腰を摩り、切っては摩りの繰り返しだった。

「爺ちゃん!」

「うん? おお、康平か! よく来たのぉ!」

 よく漫画や何かで見るような光景だ。物語に登場しそうな祖父と孫だ。俺も挨拶すると、爺さんは深々とお辞儀してきた。やめておけば良いものを。今のお辞儀で、爺さんは更に腰を痛めたようだった。

「入れよ。面白い場所があるんだ」

 と康平。彼が面白いと言ったものは殆ど面白くない。

 靴を脱いで、細い廊下を真っすぐ進む。すると、目の前に木製の引き戸が現れた。康平が開けろとせかすので、試しに開けてみると、そこには真っ白な便器が設置されているだけだった。

 康平を睨むと、彼は必死に笑いを堪えていた。

「トイレ、どうすか?」

「いいよ別に」

「わかったわかった! ごめんごめん。さぁ、こっちだ」

 今度こそ、その面白い場所とやらに案内してもらえるのだろうな? 不安だったが、次はちゃんと目的地に連れてきてくれたようだ。真っすぐ行くと通路が左右に分かれているのだが、壁の所に木の扉が取り付けられている。先程と同じような引き戸だが、何やら鍵がついているようだ。なるほど、秘密の部屋か。

 康平がわざとらしく咳をすると、その引き戸を勢いよく開けた。

「ジャジャーン! どうだ和馬!」

 何ということはない。そこはただの物置だった。棚がいくつも置かれ、その中、上、そして床にも大量の書類や本が積まれている。

 これを見て何を面白いと感じれば良いのだろう。おそらくTHE MANZAIの審査よりも難しいだろう。

「入れ」

「は? お前馬鹿か? この暑いときにこんな所に入ったら死ぬじゃねぇか!」

「死なないって! 中に扇風機あるから! ほら、来いよ」

 仕方なく、俺もその汚い物置の中に入った。中はそこそこ広く、学校の教室の半分ほどはある。物置以外にも使い道があっただろうに。外からだと棚は3つしか見えなかったが、奥にはもう3つほど置かれている。そこもやはり大量の書類に占領されているが。

 先に入った康平は何かを探している。その前に扇風機を回してもらいたいのだが。そんな俺の気持ちを他所に、「あったあった」と、1冊の古いノートを取り出した。表紙にはマーカーペンで「マル秘」と書かれている。マジックペンではなく敢えて見辛い黄緑のマーカーで書いてあるところを見ると、これは彼が書いた物だろう。

 ここに来るまでかれこれ1時間。俺はこんな物を見るためにここまで来たのか?

「見てみろよ、園田博士のUMA図鑑を」

「何が博士だよ、お前生物のテスト30点だったじゃん」

「うるせぇなぁ、痛いとこ突くなよ。まぁほら、見てみろって」

 言われるがまま、俺はその“図鑑”を見てみた。

 ほうほう、一応図鑑になっている。各ページが汚い線で5つの枠に分けられており、その中に生命体の絵と説明文が書かれている。絵も文も、何もかもこのエセ博士が書いたものだ。

「すごいだろ、文章は英語なんだぜ?」

 説明文の一部を抜粋すると、


 KAPPA:KYUURI GA DAISUKI DATO IWARETEIRU.


 と、こんな感じだ。

「ばーか、これローマ字って言うんだよ」

「まぁまぁ。これ書いたの小学生の時だし」

「ええっと、カ……ああ、カッパか。カッパ。キュウリが大好きだと……おい、お前はこれを見せるために連れてきたのか?」

「お前読み方が間違ってるよ。カッパァ、キュウリガダイスキダト……」

 と、外人が日本語を読んだ時の真似をしながら文を読んだ。そして、自分で喋ったことに対して自分でウケていた。大ウケだった。俺は学校の成績なんて関係ないと思っていたが、あれは正しいんだなとこのとき初めて悟った。

「な、ほら、面白いんだよ! 他にもほれ、アタマニハ オッサーラガ アルゥ」

 ばかばかしい、と、トイレに行こうと廊下に目をやった瞬間、思いも寄らぬものが俺の目に飛び込んできた。

 外から入ってくる夕日の光に照らされたそれは、濡れていた。緑色の体に、アヒルのような口。手足にはヒレがあり、甲羅を背負っている。そして頭には皿が乗っかっている。

 キュウリを齧りながら、ソレは俺を見つめていた。そして何事も無かったかのようにスタスタと物置の左手にある通路へ進んでいった。

「おい、待て。待て!」

 ふざけた音読をする康平を止め、図鑑をぶん取った。

 カッパ。今見たものと同じ特徴を持つ生き物。下手ながら、文の左横にはカッパと思われる生き物の絵が描かれている。皿、ヒレ、そして甲羅……汚いが、確かに特徴を捉えている。

 あれはカッパだったんだ。本物の。

 しかし、なんで急に一般家屋に姿を現したのだ?

「次はこれだな。チュパカブラァ。イキモノ ノ チヲ スウゥ」

 この馬鹿、何という生き物をチョイスしたのだ。

 彼が読み終えた直後、廊下にまた珍生物が現れた。茶褐色の肌に赤い目と長い爪。人間に似て非なる者。チュパカブラだった。

 血を吸われてしまうのでは。そんな心配をしていたが、チュパカブラは首を傾げてカッパが向かった方向に進んで行った。

 もう我慢ならない。俺は康平を止めた。

「何だよ、まだ全部読んで……」

「お前見てなかったのかよ! 今廊下にいただろ!」

「え? 何が?」

「カッパとチュパカブラだよ!」

 俺が叫ぶと、先程の2体が戻ってきて、頭だけ出して中の様子を窺っていた。俺が「来るな!」と怒鳴ると2体は慌ててその場から去って行った。

 さぁ、今のを見れば康平もわかるだろう、と思っていたのだが、こういうときに限ってコイツはよそ見をしているのだ。

「貸せ!」

 俺は再び図鑑を横取りし、その中から極力安全そうなものを選んで音読した。

「ええっと、スカイフィッシュ。高速で移動する」

 読んだあとに廊下を見るが、そんな生き物は何処にも現れない。高速で移動したのかもしれないと、今度は廊下を見ながら読んでみるが、やはり何も現れない。

「言っただろうよ、俺が読んだみたいにやれって!」

「ええ?」

 あの、ふざけた音読を俺もやるのか?

 だが、彼等が現れたのは康平が読んだときだけだ。仕方ない、やるしかない。

「す、Sky fish! コウソクデ イドウスルゥ!」

 何も起こらない。やはりあれは、康平が読まないと現れないのか、と思っていたその時、急にブーンという音が聞こえてきた。康平にも聞こえているらしい。

 どこから聞こえているのだと音のする場所を探していると、康平が「あっ!」と天井を指差している。見ると、そこに30cmほどの何かが浮かんでいる。素早く震えているのか、その姿はブレて見える。

 今のは間違いなくコイツも見ただろう。指をしおりにして図鑑を閉じ、康平の肩を掴んだ。

「わかっただろ? 読み上げた生き物が出て来るんだよ!」

「読み上げた生き物が出……ええっ! スゲェ!」

 変なスイッチを押してしまったらしい。

「え? じゃあカッパとかも出てきたのか?」

 廊下に目をやると、カッパが顔だけ出してこちらを覗いていた。康平に教えてやると、また大声を上げて喜んだ。すると、カッパの顔の下から茶褐色の手が出てきて手を振った。呼んでくれということか。

「チュパカブラもな」

 やはりそうだった。チュパカブラは嬉しそうに頭を出した。

「な?」

「へぇ。俺のノートってそんな力があるんだぁ」

 言いながら、康平は次に読み上げるものを探していた。まぁ出てきた生き物達は特に悪さをするわけでもないし、別に構わないだろう。出てきたときには驚くが。それよりも爺さんが心配だ。あんな光景を目の当たりにしたら、最悪の場合……。

 そんな心配をしていると、隣の男が次の文を読み始めた。

「ツチノコォ! マボロシノ ヘビダァ!」

 その瞬間、部屋の奥で大きな音がした。その数秒後、何やら車輪のようなものが奥から転がってきた。

 ああ、ヘビだ。太ったヘビが自分の尾を噛んで円形になり、転がっているのだ。ツチノコはそのまま廊下へ出て行ってしまった。そういえば、ツチノコが転がって移動するという話を聞いたことがある。

「ああっ、捕まえとけよ和馬! あいつ捕まえて売れば大金持ちだったのに」

「馬鹿、そういうこと考えてるから逃げられるんだよ」

 この非現実的な現象を見てもいつも通りのペースを保っているコイツは、ある意味すごいヤツなのかもしれない。

 さて、そう言えば俺達はまだ扇風機をつけていなかった。通りで暑いわけだ。

 そこで考えた。もし、この図鑑にアイツが乗っていれば、この暑さからも解放される。康平から図鑑を借り、目的の生物を探した。すると、半分ほどページをめくった所にその名を見つけた。

「おい、これ読め」

「え? 雪女? エロいなぁ、お前」

「違うよ、お前わからないか? 暑いだろ、今? なぁ!」

「あ、なるほどね!」

 康平は1度深呼吸をしてから、雪女の欄を外人風に音読した。雪女がUMAに該当するかはさておき、これで暑さから救われる。

 音読が終わるか終わらないかのところで、通路の右側から白い着物を着た綺麗な女性が現れた。肌も白い。雪女は俺達を見ると笑顔で手を振ってきた。隣の男はかなり興奮している。どっちがエロいのかと聞いてみたい。廊下にいる珍獣2体も見とれている。

 雪女は前屈みになると、ふーっと息を吐いた。その息は白く、体感温度がいきなり低下した。これで良い。これなら熱中症も怖くない。そう思っていたのだが、今度は何だか肌寒くなってきた。冬の様だ。今度は寒い。

「もう良い! もう良いから!」

 俺が頼むと、雪女は膨れっ面をして通路の左側に行ってしまった。2体は悲しそうに肩を落とした。

「はぁ、でもこれで、だいぶ涼しくなったな」

「膨れっ面も可愛かったな」

 ひと言も返さなかった。

 涼しくなったところで、康平は新しい珍獣を探し始めた。今度は何を呼ぶつもりだろう。先程調べたところ、この図鑑には生物以外にも古代の道具も載っている。道具なら珍獣以上に害がない。

 隣で康平が声をあげた。新しい何かを見つけたらしい。それを嬉しそうに、声高に音読した。何と言っているのかはよく聞き取れなかったが、何だか嫌な予感がする。読み終えた直後に、地面を揺るがすような、低くて太い感じの音がし始めたのだ。しかも、建物が揺れている。

「お前、何読んだ?」

「え?」

「何を読んだか聞いてるんだよ!」

「ええっと……これ」

 康平が見せたのは、【ノアの方舟】だった。

 気がついたときには、俺は彼の後頭部を平手で殴っていた。

「お前馬鹿か! そんなもん呼んだらここ潰れるだろ!」

「あっ」

「あ、じゃねぇよ! ……あ」

 言葉が出なかった。外の通路から、水が一気に流れ込んできたのだ。今まで呼んだ珍獣達が流されている。カッパは泳ぎが得意だからまだ良いが、チュパカブラは大変そうだ。必死にカッパの足を掴もうともがいている。雪女もあとで流されてきたが、彼女はスカイフィッシュに捕まってなんとか溺れずに済んでいる。ツチノコも体をくねらせて泳いでいる。

 俺達はどうしよう。何か呼び出そうか。いや、もうそんな時間は無い。水はこちらに向かってきているのだ。床はもう全体が浸っている。服が濡れてしまった。

 上からも何か来るようだ。木が折れる音がする。方舟だろう。方舟が上から降りてきたのだ。嘗ては生き物達も喜んだだろうが、今来られては困る。家が、爺さんの家が壊れる。

「和馬!」

 康平が叫ぶ。見ると、正面の通路からひと際大きな波が向かってきている。

 俺達は叫んだ。音楽教師が言う「腹の底から声を出す」とはこのことを言うのだろう。叫んだ拍子に、康平がノートを床に落とした。

 すると、目の前で水がパッと消えてしまった。服も乾いている。水だけではない。上から音も聞こえなくなっていた。廊下を見ると、あの珍獣達もいなくなっていた。

「消えた……」

 ほっとため息をつき、振り返ると、そこにはまだあのノートが。落ちた拍子に閉じられてしまったようだ。もしかすると、ノートが閉じられたから消えてしまったのかもしれない。

 外からは爺さんの声も聞こえる。今までに現れたものは皆消えたのだ。

「終わったな」

「ああ」

「今の、夢だったのか」

「よ、よし。試してみよう」

「それはやめろ!」

 また面倒なものを呼び出されては困る。俺はノートを拾い上げ、棚に無理矢理押し込んだ。

「君! 何をするのかね!」

「うるさい! 博士みたいな喋り方はやめろ! 良いか、もうやめろよ。あんなの他の人が見たら驚くし、それに、あんな音読してたら頭がおかしいヤツだと思われる」

 康平も、今日は珍しく俺の意見に従ってくれた。だがすぐにこう言った。

「でもさ、面白かったよな?」

「ん?」




 それから1週間後。

 俺達はまたあの物置部屋にいた。康平は前回同様外人風の読み方で文章を音読した。すると、通路の左側からこの前の3体……カッパ、チュパカブラ、雪女が出てきた。

「よし、近う寄れ」

 3体が部屋の中に入ってきた。全員が座ったのを確認すると、康平はさらに何度も音読した。すると奇妙な姿の生物が出るわ出るわ。

 あのあと、確かに俺達はノートを外では読まないと決めた。だが、やはり今まで見たことの無い生き物達が出てくるのは楽しかった。そこで、週1でこの物置部屋に行き、彼等を呼ぶことにしたのだ。彼等は特に悪いことをするわけではない。だからどれだけ呼ぼうが構わないのだ。

 友人が書いたただの落書きノート。しかしそこには不思議な力が宿っていた。

 でも、このノートのことは誰にも言わない。これは、この物置部屋だけの秘密なのだ。

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