第七話 勇者と父①
青年は大きく息を吸い込んだ。
懐かしい土の匂いがする。
よく知る月が夜空に輝いている。
転移は見事に成功した。
やっと帰ってくることができた。
異世界レルービアから、この地球に。
家族がいる世界に。
「……あの時から変わってないな」
青年――桐生和也はブランコに座りながら呟いた。
召喚される直前、和也は父親と喧嘩をし、家を飛び出して公園を訪れていた。
公園は当時と比べても、大して変化はない。
カラフルに色付けされたタイヤ、柱が錆びているジャングルジム、何故か上向きの水道の蛇口、全てが懐かしい。
数少ない変化は整備されたのか滑り台の塗装が青から赤になっているところだ。
召喚以前の時点で、既に塗装が剥がれかかっていたから、和也がいない内に上塗りでもしたのかもしれない。
色合い的に、まだ塗装されて間もない。
異世界と地球で時間の流れが違う可能性もあるから断言は出来ないが、あれから何十年も経過したわけではないだろう。
試しにゴミ箱を漁ってみると、しわくちゃに丸められた新聞があった。
広げて皺を伸ばす。
「あれから大体四年か。というと俺は一六歳……今年で一七歳」
和也は息を吐く。
本来なら高校に通っている時期だ。
勉強は遅れているし、そもそも義務教育自体終えていない。
だがあまり深くは考えなかった。
和也はここに、日本にいるのだ。
戦争時を思えば、何でもどうにかできるような気がしていた。
それに今はそんなことを考えている時ではない。
まずは家族に会いにいく。
ここが公園なら、家は近い場所にある。
道筋ははっきりと覚えていた。
和也は友人のことよりも、近所の人よりも、最初に家族と会いたかった。
父、母、妹、祖父、祖母、和也の大事な家族だ。
異世界に放り出され、これまで当たり前だったものが、どんなに尊く大切な存在なのか思い知った。
会いたい。
早く顔を見て、話をしたい。
和也は公園を出て、闇夜を駆け抜けた。
どうやって話を切り出そうか。
コマの投げ方を教えてくれたお爺さんの家の前を通り過ぎる。
四年前から考えてきたはずなのに、本番を目前にすると、何もかもが馬鹿らしくて恥ずかしい。
角を右に曲がる。
やはり謝るべきだろうか。直接的な原因は異世界側にあるが、四年も留守にしていたのは事実だ。謝罪をしないと和也の気が済まない。
小さい頃数えきれないくらい足を運んだ駄菓子屋が目に入る。ここを左だ。
もう少しだ。
息切れもせずに、とにかく走った。
心臓がばくばくと鼓動を刻む。
残りは直線だ。
同時に涙で前が遮られてきた。
みっともないところを見られたくないから、乱暴に拭った。
「……あれ?」
しかし。
全速力で回転させていた足が、徐々に弱まり、最後は歩き始めてしまう。
和也の手が力なく垂れる。
そして最後には立ち止まった。
声も出なかった。
『売地』
綺麗さっぱり消えていた。
昔父親にせがんで作ってもらったブランコも、愛用していた自転車も、古いながらも立派に住人を守っていた家も、父も母も妹も、何もない。
草原と化した土地に、現実を告げる看板だけが、無慈悲に突き刺さっていた。
彼の居場所はなくなっていた。
たった四年、されど四年。
この世に変わらないものなど、ありはしない。




