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アフターヒーロー  作者: 望月
第六章 帰還した勇者と一人ぼっちだった妖怪
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第四話 諦めた幽霊と諦めない死者④

「条件に当てはまる記事はあった?」

「いや、見つからなかった。県外の人間なのだろうな。」

「私の記憶がはっきりしていれば、このような手間を取らせずに……はぁ……すみません」


 鈴木が盛大に嘆息した。

 街の図書館で過去の事件を調べてみたが、手掛かりはなしだった。

 学生服は似た物が多いセーラー服で、しかも霊体化の影響で色の判別がつかず、特定が難航していた。

 本当に女学生が事故死したとしたら、どこかに形として残るはずなのに、それが見当たらない。

 図書館に保存されている新聞は県内の物に限られているので、必然的に県外で死んだということになる。

 クルミの部下を総動員させたおかげで、作業自体は一時間で終わったのだが、振り出しに戻ってしまった。


「ふむ、このスズキとやらは最近死んだとみて間違いはないのだな?」

「うん。意識も見た目もはっきりしているのに、存在は希薄。そう何年も留まり続けられないと思う」

「なるほどな。しかしネットで調べても出てこないとなると、隠蔽されたかもしれんな」

「まさか……」

「可能性の話だ。だが痕跡がないとは言いきれん。検索する言葉を変えてみるか……。おい、スズキ」


 クルミは背後でふわふわと浮いている鈴木を一瞥する。

 あの料亭からの移動は可能だった。

 周囲の人間からは見えていないので、浮遊していても怪しまれずに済んだ。

 他の土地に移動できたことから、地縛霊の線はこれで完全になくなっていた。


「貴様の名はスズキで本当に間違いはないか?」

「はい……たぶん……いえ、やっぱり自信はないです」

「死んだ状況で、階段から落下した以外に思い出すことは?」

「なにも、ありません」

「質問を変えよう。貴様は何故あの場所に現れた? 必ず理由があるはずだ」

「……すみません。思い出せません」


 鈴木は申し訳なさそうに言った。

 クルミも無理に問い質したりはしないが、不満げな表情は隠していない。


「私は県外の記事も調べてみるとしよう。一度外に出る。フリーネ、貴様も来い」

「…………」


 返事はない。

 楓は隣でいつの間にか眠っていたフリーネの肩を揺らす。


「フリーネちゃん、起きて。終わったよ」

「…………はっ! ごめん寝ちゃってた! え、終わり?」


 フリーネは時計を見て、時間の経過に愕然とする。

 調べ物に向いていない彼女には、あまりに動きがなく、単純作業が続くそれは、眠りへの誘惑にしかならなかったのだ。


「さっさと出るぞ。寝ているんじゃない阿呆が」

「ええ!? なんであたし!?」

「図書館だ。静かにしろ」

「貴様は残ったところで役に立たん。私の手足として使ってやる。つべこべ言わずに従え」

「ううぇい……カエデちゃん助けて~」


 フリーネは悲痛な声をあげながら、クルミに首根っこを掴まれ、連行されていった。

 図書館に相応しくない光景はお構いなしに、雪乃は鈴木と話し込んでいた。



「幸せな記憶も思い出せないの?」

「はい」

「それは、可哀想」


 雪乃が静かに言った。

 心なしか、寂しそうな面持ちだ。


「いえ、別に辛くはないですし、私もそこまで思い出したいわけではありませんから」

「どうして? 幸せな思い出はあったほうがいい」

「それは……どうせ死んでますし、思い出したところで辛くなるだけです。幸せな思い出なんてないままでいいです」

「でもこの状態は長続きしない。記憶は戻さないといけない」

「そう、ですね。悪霊にはなりたくないですし」


 鈴木を雪乃の純粋な眼差しに耐えきれなかったのか、目を背ける。

 楓としても、彼女にはやる気を出してもらいたい。

 楓達がいくら努力したところで、本人に気力がないと、無事に成仏できるかどうかの保証はない。

 受け入れる余裕がなければ、記憶に押し潰されてしまうからだ。

「街を歩いてみるのもいいかもしれないね。何かがきっかけで思い出すかもしれないから」


 図書館に留まっても意味はないので、楓は提案をした。

 いつまでも喋っていては館内の人に迷惑をかけるし、何より手掛かりさえ掴めば、あとは芋づる式で記憶は蘇る。

 幽霊は感情の塊、必ずそこに想いの源である記憶は存在する。

 一行は図書館を出て、街を巡ることにした。

 凍てつく風が吹き抜けていく。

 寒さで体を震わせるが、ミニスカートの雪乃は、そんなのはどこ吹く風というように、平然としていた。

 夏は辛そうだが、こういう季節は雪女が羨ましかった。

 先を歩いていた雪乃が突然振り返って、立ち止まる。


「私も街のこと知らないから、教えてほしい」


 ならば何故先を歩いていたんだと思わなくもないが、そういうところが可愛らしい。

 楓は快く引き受けた。


「分かった。とりあえず近くから周っていくね。鈴木さんもいい?」

「はい。……私の為に本当に申し訳ありません」

「気にしないで。好きでやっていることだから」


 楓はうっすらと笑みを浮かべて答えた。

 練習の甲斐もあって、最近は笑顔も違和感なくできるようになっていた。

 雪乃も街についてはほとんど知らないので、実質楓がガイドを務める形となって散策を開始する。

 普段なら緊張してまともな案内など出来なかっただろうが、もしも鈴木と二人きりだったら、一人で喋って受け答えしているという奇妙な光景になるので、逆に楓としても安心できた。


「ここは私が通う学園だよ。今日は部活をやってるね」


 最初は清条ヶ峰学園に向かった。

 ネットを挟んでグラウンドで部活動中の生徒を見学する。

 寒空の下でも、練習に励んでいる生徒たちを、雪乃は興味深そうに見ていた。

 グラウンドで走っていた舞が笑顔で手を振っていた。

 陸上部に所属している彼女はめきめきと頭角を現し、大会でも大活躍なのだそうだ。

 楓も応じて、手を振り返す。


「友達ですか?」

「うん。入学した頃からずっと仲が良いの」


 楓は嬉しそうに舞を語る。

 妖怪や異能者のような存在を除くと、初めて出来た普通の人間の友達だ。

 お洒落の仕方や恋愛相談にものってもらい、友達の中でも特別に思っている。

 しかし長々と話しても鬱陶しがられるので、程々のところにして切り上げた。

 次に目指したのは、いつもの広場だ。

 冬になってアイスクリーム屋は姿を消したが、人々の憩いの場として、いつも多くの人がいる。


「この古本屋は国内国外の昔の名作も揃えていて、本を眺めるだけでも楽しいよ。気付くと半日も経っていることもあったから」

「本がお好きなんですね」

「うん。小さい頃は一人遊びが多くて、自然とね」

「私には考えられない。本なんて目が痛くなる」


 道中では和やかな話をしつつ、信号を渡る。

 多くの人とすれ違うが、誰一人として鈴木を視認できていなかった。

 だが、視認は無理でも、ぽつぽつと存在を感じる人間は出てきた。


「何か寒い……」

「冬だし、そりゃ寒いでしょ」

「そういう意味じゃなくて、肩に氷の塊を乗せられたみたいな……それに変な声も聞こえるんだよ」

「ホラーかよ。夏でもねーのに幽霊に憑かれてるんじゃねーよ」

「お前ただでさえ暗くて地味なくせいに、ついでに幽霊とかどうしようもないな」

「つーかそんなことより、さっさとゲーセン行こうぜゲーセン。欲しいフィギュアがあんだよ」

「あ、うん、時間取らせちゃってごめん……」


 前を歩いている和気藹々とした学生の集団でそんな会話が聞こえた。

 感じ取っている学生は他のメンバーと比べると、確かに暗く、集団の雰囲気に馴染めていない様子だ。

 試しに鈴木が人体を通り抜けてみると、体をぶるりと震わせた。

 それでも鈴木を視認することは出来ていないようだった。


「初めてやりましたけど、本当に通り抜けられるんですね。ノーリアクションなのが不思議です」

「霊感が備わってないと、いないと変わらない」

「波長が合う人を探すのもいいかもしれないね。波長が合う人とは共通点があるということだから。何か分かるかもしれない」


 今度は頭部が寂しいサラリーマンの前で、両手を叩いてみるが、返事はくしゃみだった。


「今までは試さなかったの?」

「はい。ただただ眺めているだけです。老若みゃんの……世代を問わず、色んな人をぼうっと見ていました」

「言いにくいよね、老若男女」

「確かに。老若男女は言いにくい」

「はぁ……忘れてください」


 鈴木は眉間を抑えた。

 覇気がなく、風が吹けば消えてしまいそうな存在感の彼女だが、段々と人間味が出てきていた。

 そうこうしている内に、目的の広場に到着した。


「街の広場はいつも人で賑わっているかな。子どもが多いね」

「幸せそうな人が多くて、何より」


 雪乃は広場を見渡し、満足げに頷いた。

 幸福な人間は、彼女の貴重な観察対象だ。

 その視線の先にいた小学生くらいの少年達の声が響いてきた。


「あーあ、全然雪なんて降んないじゃん」

「天気予報じゃ雪だって言ってたのにね」

「これじゃ雪で遊べないなー。どうする? 家に帰る?」


 少年達は悪態を吐きながら、広場から離れて行った。


「そういえば今日は雪が降るって言ってたね。降ってないけど」

「それは残念」


 雪乃の無表情に影が差した。

 雪と共に生きる妖怪だからか、雪が降らないとなると、寂しいらしい。


「雪は私も好きですね。……昔を思い出せないので、何で好きなのかわかりませんが」


 鈴木ががっくりと肩を落とす。

 大げさなくらいのリアクションだが、それ程までに落ち込んでいるのだろう。

 思い出せないというのは、想像するだけで辛い。

 何とかしてやりたい気持ちが、さらに湧いてくる。


「そうそう、フリーネちゃんもよくここに来るよ。冬はいつもの子達も外に出たがらないから、少し落ち込んでる」

「あの赤髪の人ですか。まさに天真爛漫って感じですよね、あの人」

「元気すぎるくらいだけどね」


 楓は苦笑いをしつつ言った。

 ドラゴンの何事も全力を楽しむ姿勢には、頭が下がる思いだ。

 あの行動力が心底羨ましいが、あそこまで曝け出せる勇気はなかった。


「どう? 何か思い出した?」


 雪乃が尋ねた。

 人が多い場所を巡り、少しは感化されているだろうという見込みがあるからだ。

 しかし鈴木は苦い顔を浮かべていた。


「……いえ、何も。はぁ……申し訳ありません」

「そう。残念」


 雪乃が素っ気なく言うと、鈴木は顔色を青くした、ように見えた。

 無表情から放たれるブツ切りの言葉は、心を抉るものがある。

 楓も昔は似たような態度だったので、人のことは言えないが。


「少し休憩しよう。クルミちゃんから連絡があるかもしれないし」


 雪乃の肩を押し、ベンチに座らせる。

 妖怪と幽霊でどこまで通じ合えるか想像もできないが、まずは話してみるべきだ。

 初めて和也と会話したこのベンチなら、不思議と仲良くなれそうな気がした。

 鈴木さんも座ろう、そう言おうと振り返るが――


「あの人、いなくなってる」


 雪乃に言われて気づく。

 確かに鈴木の姿が見えない。

 つい先ほどまで一緒にいたはずなのに、いつの間にか消えている。


「成仏……したわけじゃない」

「うん。消えたというより、遠くに行ったみたい」


 楓も雪乃も冷静に分析をする。

 自由に動けるタイプの幽霊だとは分かっているので、理由さえあれば、唐突にいなくなってもおかしくはない。

 けれども、友好的な関係であった鈴木が何も言わずに消えるとは到底思えない。

 彼女が消える理由、考えられるのは一つだ。


「どこかにあの人を惹きつけるものがあるのかもしれない」

「うん。私もそう思う。前から突然現れたり消えたりしていたと言っていたしね」


 楓達の前に現れたように、またどこか別の場所に移動したのだろう。

 浮浪癖持ちの幽霊は珍しい話でもない。


「早く探しに行こう。途中で放り出すのはよくない」


 雪乃はすたすたと歩いて行く。

 楓も彼女に続く。

 鈴木を探しに広場を出て、一○分も歩いていると、宙に浮かんでいる制服姿の少女が目に入った。

 彼女が見ていたのは、先程すれ違った学生の集団だった。

 ゲームセンターの入り口付近に配置されたUFOキャッチャーで、落胆したり、歓声を上げたりしている。

 その中で地味な少年だけが、しきりに背後を気にし、鈴木のいるところを見ていた。

 ああ、そういうことか、と楓は悟った。

 その時鈴木は楓達に気付き、慌てふためきながら頭を下げた。


「すみません、何故かこっちの人達に吸い寄せられてしまいまして……」

「謝らなくても大丈夫だよ。抵抗しようとしてどうにかなるものじゃないと思うしね」


 ――それに鈴木さんがどうしてこの世に留まっているのか、たった今分かったから。

 楓は心の中で言った。

 おそらくだが、鈴木は騒がしい場所を好んでいる、もしくは執着している。

 だからこそあの料亭に現れ、遠目から眺めていた。学生達に憑いていってしまったのも、楽しそうな雰囲気に惹かれたからだ。

 そして彼女の存在を感じ、声を聞き取ることのできる人物は、「人の輪に馴染めない」性分という特徴がある。

 考察するのも悲しくなるが、楓は初対面の人と話すのが苦手だ。

 女子会の参加者は良い人ばかりだったし、最近は改善されたとはいえ、少なくともあの場では、友人の紹介もまともに出来ず、他者の善意ありきでのコミュニケーションしか取れていない。

 故にフリーネみたいに、物怖じせず誰とも打ち解けられるタイプとは、波長が合わないのだろう。

 つまり、鈴木を楽しい気分にさせれば、問題は解決する。

 賑やかなところで、

 どうやら雪乃も同じ答えを導き出したようで、楓と視線を合わせた。

 と思ったのだが、楓が口を開く前よりも早く、雪乃は鈴木に詰め寄っていた。


「私が満足させてあげる。だから一緒に来て」


 事情を知らない人には、もはや意味深にしか感じられない言葉だ。

 しかし楓も概ね同意であり、鈴木が寂しさを忘れるくらい楽しませてやろうと意気込む。

 その時、楓の電話が鳴った。

 相手は舞だった。


『あ、楓ちゃん? 今日暇だったらさ、家に来ない? 鍋パーティやろうよ』

「突然どうしたの」

「急に暖かいものが食べたくなったんだけど、今日親はいないし、お兄ちゃんと二人きりじゃ勿体ないし、どうせなら人呼んでやろうかなって。親には連絡して許可貰ったから大丈夫だよ。日頃の行いが良いから、結構許してくれるんだなコレが」


 グッドタイミングと口に出して言いたかったが、ぐっと堪える。

 代わりに胸中で、ガッツポーズを決めた。


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