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アフターヒーロー  作者: 望月
第五章 裏
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第四話 楠俊雄と野槌

 妖怪三大勢力の頭が会議を行うにあたり、楠は分身を駆使し、せわしなく働いていた。

 酒呑童子、九尾、鞍馬天狗、妖怪の大物が勢ぞろいする中で、失礼は許されず、常に緊張感が走っている。

 楠の役目は要人の案内のみだが、文化祭の業務もあるので、休む暇すらない。

 そもそも文化祭と並行するな、と言いたいのだが、所詮は一教師にしか過ぎない楠には、拒否権も発言権もなかった。

 学園長に無理難題を押し付けられても、仕事を放りだしたくない一心で、何とか問題を解決してきた。

 故に今日も、手を抜かず、懸命に仕事をこなす。

 せめて何事もなく、平穏に終わればと願いながら。


「はぁ……」


 人目のない、学園の隅っこにあるゴミ捨て置場で、清掃員に変装した楠の分身体が嘆息した。

 役目を終えた別の分身が消滅し、記憶がコマ送りのようにして、流れ込んできた。

 分身時は意識が別々になっていて、能力が解除されると、オリジナルと分身中の別個体に統合される仕組みとなっている。

 どうやらこの分身体は酒呑童子の案内をしていたらしく、相当の疲れを溜め込んでいた。

 学園に訪れた酒呑童子に文化祭を案内しようとすると、いつの間にか姿形もなく、懸命に探して見つけると、女性を口説いていた。

 楠の責任問題になるので、勘弁してもらいたいのが本音だ。

 観光時間も過ぎ、学長室に連れていこうとしても聞く耳持たずで、寄り道ばかりだ。

 僅かに残っていた黒髪が真っ白になりそうなストレスは、この分身体は感じていた。

 それがどっと他の楠に入り込むのだから、嘆息の一つもしたくなる。


「楠、おつかれさまー」


 フードを深く被った小柄な人物が、ゴミ捨て置場横の監視小屋から出てきた。


「お疲れ様です、野槌さん」

「いやぁ、良い鉄屑だった。ここはオイラの楽園だよ。まさに天職だね」


 野槌は鉄屑を拾い、舐めまわすように手で弄んだ。

 清条ヶ峰学園に拘束された後、E組生徒の住宅警護などの仕事をしていたが、最終的にはゴミ処理係として落ち着いた。

 ゴミの分別から後処理までこなし、美味しそうな物があれば、口に放り込む。

 学園では不気味な清掃員として知られ、彼のいるゴミ捨て場に近づく生徒は殆どいない。

 普段は付近の山で過ごし、自由は制限されているが、気ままに暮らしている。

 牛鬼の集団に属してはいたが、闘争よりも各地の美味しい物に興味があったので、これはこれでアリだと思い、今日も楽しく仕事に励んでいた。


「そっちの仕事はどう? その調子だと、クッソ忌まわしい学園長がまた余計なことでもしてた?」

「いえ、今回は別の方ですね。まあ、いつものことです」

「大変だねぇ」


 楠は野槌と親しげに話す。

 学園の生徒を襲ったという経歴のため、初めは敵意を抱いていたが、仕事を共にする中で、奇妙な情が湧いてきていた。

 主に学園長の愚痴になることが多く、仕事終わりに時々不満を漏らすこともある。


「そもそも何でこの時期に会議をやるんだろね。オイラ、酒呑童子とか顔を合わせられないよ」

「学園の視察も兼ねているみたいですからね。こういうイベントの方が、色々と都合がいいんでしょう」

「そうなのかぁ。とりあえず酒呑童子には会わないようにしないとなぁ。牛鬼さんのことで怒られかねないし。鞍馬天狗もいるんなら気も立ってそうだし怖いよ」


 牛鬼は強者を求めて、志を同じとする仲間と共に全国を流浪していたが、元々は酒呑童子の配下だ。

 酒呑童子が牛鬼を御しきれなかった結果だとしても、仲間だった野槌に被害が及ぶかもしれない。

 学園の庇護下にいる内は安全だが、必ず守られるとはかぎらないのだ。


「まず学園の生徒に害を加えようとしなければ、こんなことにはならなかったでしょうにね」

「……謝れば許してくれるかな」

「どうでしょうか。立花さんが決めることですから」

「もしも許されなかったらどうなると思う?」


 あれから野槌は、楓との接触を避けていた。

 二人に面識はなく、牛鬼の一味としか覚えられていないし、下手に姿を見せて刺激することもないだろうという判断だ。

 だが野槌にも多少の罪悪感はあるので、今日までずるずると引きずっていた。

 対して楠は、冷ややかに言い返した。



「その時は素直に諦めましょう。掃除はしておきますので」

「跡形も残らないだろうけど、お願いするよ」


 楠は落ち葉を箒で掃きながら言った。

 情が湧いたとはいえ、生徒を危険に晒した一味の一人だ。

 あくまで彼らの関係はドライなものだった。


「それで思い出したけど、立花楓はまた襲われたりしてる?」

「いえ、学園長がようやく街の警備に力を入れ始めたので、立花さんを狙う輩も怪しい連中も締め出されていますよ」

「そっかぁ」

「襲われたところを守って、許してもらおうって魂胆が見え見えですよ」


 吸血鬼の一件以来、街全体の警備が厳しくなった。

 学園側は生徒のトラブルに干渉しないのがルールだったが、ここ半年は危険極まりない事件が立て続けに発生し、二年と三年のE組生徒から批判されたのだ。

 文句も改善案も楠がこれまでずっと言ってきたのだから、簡単に受理されるわけがないと思っていたのだが、予想を反し、学園長は素直に応じた。

 裏がありそうで不気味だとは感じている。

 楠があまりに冷たいので、野槌は盛大に息を吐いた。


「あーあ、オイラは死んだらどのくらいで復活するんだろう。牛鬼さんはもう新しくなってるだろうしなぁ」

「あなたはまだ名の知れている妖怪ではありますから、一年以内には生き返るんじゃないですかね」

「どうせ記憶もなくなるから関係ないんだけど、一年なら上等だよ。野槌も捨てたもんじゃないね」


 野槌の声色が明るくなる。

 妖怪は死んでも、いずれ復活する。

 有名であればあるほど復活も早く、無名であればあるほど遅い。もしくはそのまま名前を忘れ去られ、永遠に消えることだってありうる。

 人々の中から消えること、それが妖怪にとっての死だ。

 尤も酒呑童子に遭遇しなければ、こんな心配も無用なのだが、


「げえ! 魔王!」


 素っ頓狂な声を上げ、鉄屑を放りだし、ゴミの山に逃げ帰る。

 視線の先には、銀髪の魔王が仲間を連れ、歩いているのが見えた。

 野槌を半殺しにし、ゴミ処理係になるまでのきっかけを作った張本人だ。

 叩きのめされた記憶が脳裏をよぎり、体を震わせる。

 無数の巨大な手に、両足を引き千切られたのだから、忘れられるはずもない。

 和也には一度爆発から助けられたとはいえ、腹を裂かれた経験があるので、そちらも苦手としている。


「楠は痛い目に遭わされてない? 担任なんてやっていたら体がいくつあっても足りないよ」

「いいや、彼女はそんなことはしないよ」


 楠は、どこか遠くを眺めていた。

 かつて、たった一度だけクルミが楠に頭を下げたことがあった。

 あれは入学以前、顔合わせをして間もなくの頃だ。

 異世界から訪れたということで、前もって最低限のことは知ってもらう必要があった。

 その解説役に、楠が選ばれた。

 自宅以外では不安だろうと配慮し、楠は例の屋敷で地球に関しての常識や知識を教えていた。

 特に掘り下げはせず、簡潔に説明していたのだが、


 ――どうか私に、この世界について教えてほしい


 宝石のような碧い眼が、楠を吸い込みそうだった。

 それほどまでに、彼女の瞳は澄み、どこまでも真っ直ぐで、魅力的だった。

 クルミにとって力とは、超常能力の強さという枠組みには収まらない。

 知識も権力も人脈も、立派な力だ。

 地球の知識が足りないから、クルミは素直に頭を下げ、教えを乞うた。

 つまりクルミは楠が、自分より上だと認めたことに他ならない。

 プライドは誰よりも高いが、自分以上の能力があると認めた者には、敬意を払う。

 そして貪欲にあらゆる力を吸収する。

 逆を言えば、クルミが楠を超えたと判断すれば、途端に尊敬は失われるだろう。

 教師の威厳を保ちたいのなら、常に楠はクルミの上にいなければならない。

 故に楠も勉強を怠らず、研鑽を積み、先生としてクルミに接することができている。

 それが楠の知る、ルーキフェル=イブリス=クルミナレッテだ。


「あの女は人間でも妖怪でもなくて不気味なんだよ。纏ってるモノがオイラ達とは違うんだよ」


 こうは言っているが、魔王に付き従う妖怪や異能者の気持ちも分かる。

 年々力を失いつつある妖怪やいずれ消えゆく異能者からしたら、彼女は新しい風どころか暴風を巻き起こす存在だ。

 灰色の現状をどうにかしてくれるという、期待と予感を思わせてくれる。

 実際に、妖怪や異能者、その他の人材を集めた魔王の勢力は、様々な組織がその動向を窺っているという話だ。

 野槌には、半年やそこらで大規模な勢力を築く魔王の能力や魅力が恐ろしく、むしろ普通に学園で授業を受けていることに違和感しかなかった。


「そうでしょうか。僕には可愛い生徒の一人にしか見えませんが」

「……楠も大概だよね。あいつらの担任は君しかできないよ」


 野槌はゴミの山に埋もれつつ、呆れたように言った。

 楓の例もあるように、妖怪は異物もしくは新しい物をとことん嫌う。

 人間にも見られる性質だが、怪物の彼らはより顕著な反応を示すのだ。


「そんなよく出来た先生の目には、あいつらがどう映っているのか、聞いてみたいな。掃除をしてる君は暇だからいいでしょ?」

「駄目ですね、軽々しく生徒のことは言えませんので」

「別にいいじゃないか。オイラは他の奴に言いふらしたりしないよ。ほら桐生和也はどうなの? 妙にスカした感じのあいつ」

「拘束された一味の中で、最初に寝返った人の台詞とは思えませんね」

「ぐぅ、それを言われると痛いよ」


 野槌はゴミの奥に入り込み、身を隠す。

 言い返せなくて、口を閉ざして逃走したのだ。

 野槌はしばらく引き籠るのを決めたようで、ぴくりとも動かなくなった。


「桐生君か……」


 楠は校舎を見つめ、呟いた。

 人当たりがよく、老若男女問わず交友関係が広い。

 牛鬼の一件から、特に楓を気にかけていて、彼女をよくサポートしてくれている。

 入学当初は勉強が壊滅的だったが、二学期になってからはかなり改善されてきた。

 委員長の仕事もこなし、安定感のある生徒。こんな印象だ。

 ただ性分なのか、危険な問題に首を突っ込むことが多い。

 牛鬼、甲賀忍者、吸血鬼、どれも率先して解決に奔走していたように思えた。

 牛鬼襲撃時は平穏に暮らすことを望み、時々愚痴を漏らしていたが、吸血鬼襲来辺りからは、そんな様子もなくなってしまった。

 半年前、アパートで平和に生活していた和也はどこか無気力だった。

 おそらくは魔王打倒という目的を成し遂げ、根気が削ぎ落とされていたのだろう。

 やる気が戻ったのはいいことだが、理由が理由なだけに、大人としては複雑な気持ちだ。


 しかし和也が望むのなら、どんな道を歩もうとも、出来るかぎりのことはするつもりだ。

 異能者なので、卒業後の進路は自由に決められないが、そこは楠の人脈と上役に頭を下げて、どうにかする。

 和也が安心して勉強できる環境と、決断の補佐すること。

 もし彼が間違いを犯そうとするのなら、体を張ってでも止めること。

 正しい道に導くこと。

 それが楠の役目だ。

 箒を強く握りしめ、落ち葉を掃いた。


「こっちまで飛ばさないでよ」

「申し訳ない」


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